switch / telepathic communication(仮) 第3回
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「はあ……」
「あの、本当に申し訳ありません」
「ああ、別に気にしなくてもいいよ」

心の中で聞こえないように密かにため息をつく。
今日はついてないなあ、と思わずには入られない。
この状況を恭介にでも話せば間違いなくアイツは、
『うらやましいぞ、コンチクショウ!!』などといってラリアットとかを
手加減無しに俺にお見舞いするかもしれない。
下手すれば、追撃がくるかも……だが、俺はそんなに嬉しくはない。
まあ、とにかく彼女を送り届けるのが先決だ。
雪乃さんから、家までの目印になりそうなものを聞いて地元ならではの土地勘を頼りに、
そこを探しだし、彼女が見覚えのあるところまで送る。
そこまで行けば家を見つけることもなんてこともないだろう。
それで、なんとか彼女を家まで送り届けることが出来た。

「でか……」

とりあえず、そうつぶやいてみる。
とにかくデカい、何だこの家は? 簡単に言うと俺んちの軽く三倍はでかいぞ。
庭も広いし家も同じくらいに大きいし、
それになんというか庶民の人とは違う独特の敷居の高さを感じる。
無意識の内にこちらに引け目を感じさせてくれるような……とにかくそんな感じだ。

「今日は本当にありがとうございます。わざわざ、送ってまでいただいて……」
雪乃さんは礼儀正しくお礼を言ってくる。
俺はそれを見届けたらさっさと帰ろうと歩き出す。
雪乃さんは何か言いたげにこちらに目をやっていて、
それに気づいて俺も彼女のほうに目を向ける。
「あ、良かったらお茶でも飲んでいきませんか?」
「いや、別にいいよ。そっちも迷惑でしょ」
「いえ、私はそんなことないですから」
「あー、でも……」
「もしかして、ご迷惑でしょうか?」

そう言って、雪乃さんはしぼんで枯れた花のようにシュンとしてしまった。
見るからに元気もない。落ち込んでるのが目に見える。
瞳も心なしか潤んでいる気が、なんか悪いことした気分だ。

「いや、そんなことはないけど」
「本当ですか?」
「うん、まあ……」
「そうですか、それじゃ来てください♪」

彼女の表情が一瞬にして変わっている。
ニコニコしながら俺は彼女の家に招かれていた。
ってか、さっきのはもしかして嘘泣き? もしかして俺、騙された?
そんなことを考えてる合間にいつの間にか腕をつかまれ引きずられ、
家の中へと半ば半強制的にご招待されていた。
まあ、当然ながら家がでかけりゃ部屋は広い訳で……

メディア越しに見えるような装飾品だとか美術品だとかが徘徊している
セレブのような家でもないようだ。
なんだか、清々しいというか開放感があるっていうか、
普通の家からは一線を画してる感は否めそうにないけど。
パッと見て普通の家を限りなく快適に豪華にしたような様子だ。
まあ、考えてみれば家のそこらかしこに高いもんばっか置いてたら
危なっかしくてしょうがないよな。
そして、そんなところにくれば田舎から上京してきた人のごとく
キョロキョロと辺りを見回してしまう庶民の一員である俺。

「どうぞ、楽にしててください。今、お茶をいれてきますので」
「あ、いえいえ、どーぞおかまいなく」

反射的に何故か敬語を使ってしまう。
もしかしなくても、かなり緊張している。
けど、そんな緊張をはるかかなたにぶっ飛ばす音が静かな室内に鳴り響く。
ガラスが割るような耳をつんざく甲高い音。
音のしたほうへ向かってみればそこらかしこに散乱する陶磁器のかけら。
どうやら、食器を落としてしまったみたいだ、さっきの音もこのせいか。

 

「あー……その、大丈夫? 怪我してない?」
「だ、大丈夫です。その、今、片付けますので……痛ッ!」

慌てて割れたカップを片付けようとしたせいで、
雪乃さんは指を軽く切ってしまったみたいだ。
俺は割れたところを歩くのは危ないので遠回りしながら彼女に駆け寄っていく。

「えっと……ちょっと見せて」
傷口はそこまで、深いとはいえない。まあ、放っておいても明日にはふさがるとは思う。
とはいえ、子供の擦り傷程度に軽いものでもないので一応消毒くらいはしておいたほうがいいかな。
「ちょっと来て。あ、そっちは破片が散ってるかもしれないからこっちに歩いてきて。
救急箱とって来るからそれまで傷口を洗い流しておいてよ」

そう言って、彼女を台所の流し台へと誘導する。
怪我をしたときは基本的に清潔な水を使って雑菌や汚れを洗い流しておくのが良い。
よくある、つばつけときゃ治るってのは大きな間違いだ。
あれは、殺菌力もあるけど雑菌も豊富にいるのである。

「救急箱ってどこにある?」
「それなら、向こうの部屋の戸棚の上に」
「わかった」

救急箱があるっていう隣の部屋にたどり着く。
戸棚は……っとあったあった。これのことか。一番上の段と。
上の段からシンプルな木でできた箱を取り出す。
意外にもそれは別になんの代わり映えもしないただの箱だ。
ってゆうか、金持ちそうだからってこんなものにまで金をかけるわけないだろ。
そんな、偏見にみちた考えを頭から取り去り、俺は急いでこの部屋から出ていく。

 

 

 

「〜〜!!」
「染みるだろうけど、ちょっと我慢してて。
後、乾いたから絆創膏はっといてね。ここに置いとくから」
「はい」

「割れたこれどこにおけばいい」
「えっと、それはその箱の中にでも」
「ここにある、ほうきとちり取り借りるよ」
「あ、どうぞ」

彼女の手当てをすませた俺はテキパキと割った食器の後片付けを済ます。
こっちも伊達に親が共働きで帰りが遅いわけじゃない。
自分で飯を作ることだってあるし、掃除洗濯をすることもある。
俺がやんないと家はそこらのテレビに出るような大家族の家みたいになってるだろう。
片づけが終わったら、後は彼女の手伝いをしてようやく一息つけるようになった。

「ふぅ……」

せわしなく働いたせいか疲れを取るように紅茶を口に運ぶ。
ちなみにこれ、ティーカップのような安物じゃなくてちゃんとした茶葉から取ったやつみたい。
入れ方はさっぱりわかんなかったけど、彼女に色々聞いて教えてもらった。
自分でやったのは、雪乃さんのなんだか手つきが危なっかしかったからで、
怪我でもされるとこちらが困るからだ。
紅茶なんて飲む機会なんてあんまり無い俺に味の品評なんて出来るわけもないが、
一応おいしかったと記しておく。

 

それで、あの雪乃さん? あんまり、凹まないでもらえますか?
そりゃー、あれだけ惨事を起こして、あまつさえ後始末を客人である俺なんかがやったら、
面目丸つぶれなのかもしれないけど。

 

「なんていうか、元気出せば? 別に家事が出来なくたって死ぬわけでもないし。
それに俺の場合、親がいないから仕方なくやってるからこういうことに慣れてるだけで……
普通の奴はこんなに手際がいいわけないぞ」
「ありがとうございます。でも、なんだか情けないです」

そういうと、彼女はますます枯れてしおれた花のように元気をなくしてしまう。
ああ、選択肢を間違えたか!? これじゃ、慰めにもなってない。
とにかく、この話題からは離れといたほうがいいな。また、いつ地雷を踏むとも言い切れんし。
とりあえず、何か別のことを話したほうがよさそうだ。

「あのさ……」
「はい」
「なんで、俺なんかを家に呼んだりするわけ?」

会話の内容としては完全に赤点かもしれんが、これくらいしか思いつかなかったので、
何もないよりはマシかと言ってみた。それに、興味もある。

「もちろん、送ってもらったお礼をしたいからですけど」
「それにしちゃ、無用心すぎない? 見たところこの家、今君一人しかいないようだし。
年頃の男を家に上げるなんて無防備じゃないかってことだよ」

俺の問いに少しだけ場が沈黙に包まれる。
もしかして、また選択肢を間違ったか!?と思ったが彼女は意外と普通に答えてくれた。

「もしかして、不安だったのかもしれませんね」
「不安?」
「父も母もいつも仕事ですし、引っ越したばかりで御付きの人も今日はいないんです。
少し、落ち着かないくて。誰かを家に呼んでれば気がまぎれるかな、って。
こんな、理由で申し訳ないんですけど……」

そう言って、雪乃さんは俺に苦笑してみせる。
俺はそれに特に「そっか」と生返事くらいしかしなかった。
けど、なんとなく気持ちはわかる。
誰だって、一人でいるのは寂しいもんだと思う。
もしかして、散歩に出てたのもその気持ちを紛らわせすためなのかもしれない。
人間は一人では生きていけないって、色んなところでよく言われるが
俺は生きていけないことはないと思う。
ただ、楽しくはないだろう。

「あ、もちろん入れる人はちゃんと選びますよ。
誰でも入れるってわけじゃないですから」

慌てて訂正するように付け加える雪乃さん、ふしだらな女だとでも思われたくなかったのか。
ということは、必然的に俺は彼女のお眼鏡に適ったってことになる。

「それじゃ、俺は信用できるってなんだ……」
「はい」
「どうして?」
「あなたがあの子たちと遊んでいたとき、優しそうな目をしてたから。
それに、あの子たちもあなたのことを、とても慕っているようですし
悪い人ではないかなと思ったので」
「……君はもうちょっと、人を疑うということを覚えたほうがいいね」
「そうでしょうか?」
「いや、そうだろ」

彼女の問いに即行で返事を返す。
いくらなんでも、それはないだろうと思う。
ちなみに、雪乃さんは「これでも、人を見る目はあるんですよ」等と
言ってたが、黙殺しておいた。
人事ながら悪い男に騙されそうで入らぬ心配をしそうだ。
ふと、時計を見ればもう結構な時間帯。さすがに、これ以上ここにいるのは不味いだろう。
帰ろうとする胸を伝えると、丁寧に雪乃さんは律儀にも玄関の門まで送ってくれた。

「あの……」
帰ろうとする俺に彼女はおずおずと呼びかける。
「何?」
「もし、よろしければ、また遊びに行ってもいいですか?
も、もちろん、ご迷惑でなかったらなんですけど……」
しどろもどろになりながらも彼女はこちらを伺うように尋ねた。
どこに?とは聞かなくてもわかる。けど、そんなに言うのをはばかることだろうか?
何にしてもあの物怖じしていなかった、彼女らしくないといえばそうだ。
また遊びに来てもいいか? つまり、友達になりたいってことなのかな?
俺の頭じゃそのくらいしか考えられない。

「友達になりたいってこと?」
「は、はい。もちろん、ご迷惑でなければなんですけど」
「………………いいよ」

今の俺に気兼ねなく付き合える友達といえば伶菜と亮介くらいしかいない。
友達の友達つながりも以前は合ったけど、それも今はない。
俺が皆に気を許せずに距離を縮めることが出来なかった。
他にも色々理由はあるんだけど、結局原因は俺にある。
そのせいで、二人には迷惑をかけたこともある。

 

もしかしたら、これはいい機会かもしれない。
確かに伶菜や亮介との関係は心地いい楽なものだと思う。
けど、それに甘えちゃいけない。逃げ場所にしたくないと思う自分がいる。
だから、俺は変わらなくちゃ……いや、変わりたいと思って彼女の返事に答えた。
何もしない奴が何かを成し遂げるなんてできる筈もないから。
それに、雪乃さんはそんなに悪い人じゃないと思う、少なくともあのチビが懐くくらいだし。
俺も友達になりたいと思うしいい友達にもなれると思う……自分勝手な意見かもしれないけど。

 

向こうから、こちらに歩み寄ってくれてるんだ、だったらこっちもそれを応えればいい。
勇気を出せよ、香月空也。そうして、自分にを叱咤激励する。

「多分あの時間には俺、いつも河川敷にいるだろうから。
来たくなったらいつでも遊びにくればいいよ……」

他にいうことはあるだろうか、そう思って気づいたんだがそういえば
彼女に自分の名前を名乗ってなかった気がする。

「えっと、俺の名前、香月空也っていうから。一応、自己紹介ってことで」
「それじゃ私も……神崎雪乃っていいます。よろしくお願いしますね」
「知ってるよ。ってか最初に言ってたし」
「アハハ、言われてみればそうですね」
「それじゃ、また明日……ってことかな?」
「はい、それじゃまた明日に」

そうして、俺はほぼ暗くなった夜道に自宅への岐路についていった。

 

 

「空也さん……」

 

 

どこか含みをもったように自分の名前を呼んだ雪乃にその時、空也は気づきもしなかった。


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