switch / telepathic communication(仮) 第4回
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「空也さん……」

彼とが帰るのを見送った私は少しして自分の家の中に入った。
玄関を開けるなり目の前に仕事着のような調えられたスーツのような、
服装をした年頃年のころ四十前後の男の人が目に入る。
中年特有の頼りなさとかは感じられず、どこぞの会社の重役でもやってそうな容貌だ。
実際、彼は父の最も信頼を置く側近で今は私の世話役をやっている。。
彼は家をよく空ける両親の変わりに私の世話をしてくれていて、実の親以上に信頼している。

「雪乃さま、彼はもうお帰りですか?」
「ええ、先程お帰りいただいたわ」
「まったく、帰るなり私を部屋の隅に押しやって何事かと思えば……
 こともあろうに見ず知らずの男を招き入れて。私としては賛同しかねます」
「わかってます。相変わらず、秋唯は心配性なんですね」
「当然です。世話役を任されたからには私には、お嬢さまをお守りする義務があります。
 そうでなければ、私を信用してくださるあなたのお父上とお母上に申し訳が立ちません」

秋唯は姿勢を崩さず直立不動のまま話している。
この人は悪い人ではないんだけど、若干まじめすぎる人だ。
長い付き合いなんだから、もう少しくだけた態度をとってもいいと私は思うんだけど。

実は私はあの時少しばかりの嘘をついた。
引っ越したばかりのことや、一人っきりだったのも本当だが、
付き人はほとんどいないんだけど、本当は家に私の専属の付き人の秋唯がいた。
彼には無理をいって邪魔されないように下がってもらってたのだ。
更にいえば、帰ろうと思えば自分で帰れたのに空也さんと少しでも長く居たいあまりに
道を知らないふりまでしてしまった。

「大体、あの男はお嬢さまにつりあう様とはとても思えません。
 気づかいも足りないですし、あのようなつまらない男など……」
「秋唯!」

秋唯のあまりの物言いに私は思わず声を荒げていた。
私の強気な態度を取ることなど、滅多にないので思わず秋唯は口をつぐんでしまう。

「空也さんのことを悪くいうのは例えあなたでも許しません」

秋唯は一応何も言わないけど、言いたいことがあるようだがそれを外に出さず、
むっつりした顔のまま背筋を直立のままに伸ばして立っている。

「秋唯。あなたに話したことがありましたね。彼が私のよく話しているあの人です」
「まさか!? あの男が……」

私の発言が余程意外だったのか秋唯は少しだけ驚きの表情を見せる。
普段、無表情な彼が表情に出すくらいだから相当の驚きようだろう。
私は彼のことを相当素敵な人だと話してたからそのギャップにおそらく驚いているのだろう。

そう、私は以前に空也さんとあったことがある。
向こうの方はそれを覚えていないみたいだけど。けど、覚えてなくても無理はない。
だって、二人ともまだ幼い子供の頃だったし、出会った日も本当に短かったから。
けど、私は彼のことを一瞬たりとも忘れたことはなかった。
少し、昔と雰囲気が違ってたけど優しいところはあの時と全然変わってない。
家に招いたのも空也さんだからで他の男だったら絶対に上げたりしない。
私はそんな安い女じゃない。

「私、空也さんのことが好きです。愛してます。愛されたいとも思ってます」
「そうですか」
「応援してくれますよね?」
「はい、雪乃さまが決めたことなら私が横から口を出す必要はありませんから」

秋唯はお堅い性格だけど、無理に自分の意見を押し付けるような人じゃない。
こっちの、言葉に耳を傾けてくれるし、その上で私に助言をしてくれたり、叱ってくれたりする。
だから、私もこうして信頼することができる。

「じゃあ、お願いがあるんですけど、これから私に家事を教えてくれませんか?
 あと料理も。好きな人に手料理の一つも作れないんじゃ、かっこ悪いですから」
「構いませんが……私の指導は厳しいですよ」
「もちろんです。こちらとしても望むところです」

空也さんには私と昔会ったことは黙っておこうかなあ。
向こうから思い出してもらうほうが、こっちも嬉しいし……
それよりも、明日また空也さんに会えるのかあ……嬉しいなぁ。
まだ友達だけどいずれは恋人どうしになって、私は空也さんじゃなくて空也って呼んで、
向こうも雪乃って呼んでくれて一緒に遊びに行ったりお話ししたり
それからそれから――――キャーーーーー!!!!
 明日が楽しみすぎて眠れないよぉーーーー!!!!

「ゆ、雪乃さま……」

恍惚の表情を浮かべたまま、顔を横に振るわ、手をぶんぶん振り回すわ、
千鳥足のようにふらふらと部屋を闊歩してゆくわな今まで見たことのない彼女の奇行に
どうすればいいかわからず、秋唯はその場でずっと立ちすくんでいた。

今日はいろんな意味で疲れた。そうは言っても、悪い意味での疲れじゃないけど。
どっちかっていうと心地よい疲れってやつかな。時間はもう八時過ぎ……
父さんや母さんが帰ってくるとしたら、まだまだ先かな。
その前に、溜まった洗濯物たたんでおかないと。
そんな、どうでもいいことを考えながら夜道をとぼとぼと歩いてゆく。

そんなことに考えを没頭してる最中に肩をポンポンと叩かれる。
普通の人なら十中八九振り向くのが必定。当然、俺もその例外ではない。

「やーい、引っかかったあっ♪」

振り向いた俺の右頬をつつきながら伶菜が無邪気にはしゃいでいる。
こういう子供じみたいたずらをするのがいかにも伶菜らしい。

「なんだ、部活の帰りか?」
「うん、ちょうと今終わったところ」

伶菜はやけにはつらつとした様子で答えてくれる。
部活の疲れなど傍目には感じられない。
けど、年頃の女の子が夜道を一人歩きは見ていて心配になる。
せめて、徒歩じゃなくて自転車で帰れるようにしてあげればいいのに。
そりゃ、伶菜の家は学校からそこまで遠くないけどさ。
あれ? けど、そういや家の学校って許可もらえば別に良かったような気が……

「なあ、家って申請すれば自転車通学の許可もらえなかったっけ?
 夜道に一人歩きは危ないしそっちのほうが楽だろ」
「え……でも、それは……」
「何だよ、そっちのほうが絶対いいぞ」

伶菜はどこか歯切れの悪そうに口をもごもごさせている。
俺そんなに変なこと言ってないよな、何か不満なんだ。

「だって……それじゃクーちゃんと一緒に帰れないし……」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもないの。けど、クーちゃんもこんな時間に珍しいよね」
「ああ、実は色々あってさ。実は……」

そうやって、俺は今日起きたことを全部話した。
河原で雪乃さんっていう変わった人と会ったこと、
そして友達になってくれっていわれて了承したこと。
それはもう、洗いざらい全部。隠したところで別に悪いことしてるわけでもないし。
(大げさだけど)今日は、自分から一歩踏み出したようで調子に乗ってたのかもしれない。

 

「……………………」
「伶奈?」
「ねー、クーちゃん」
「ん、どうした?」
「あのね……あんまり知らない人についてくのって良くないと思うの」
「へ? なんで?」
「クーちゃんは優しいから……わからないかもしれないけど……雪乃さんって人が、
 いい人とは限らないし……もしかしたら、クーちゃんに悪いことしようとしているかもしれないよ」
「そんなふうには見えなかったけどなぁ……」
「…………もういい」
「え?」

夏で薄暗いとはいえ伶奈の顔をうかがえるほどには明るくはない。
けど、伶奈がどこか機嫌が悪くなっているのはわかった。
服の裾をつかんで擦るのは伶奈の機嫌が悪くなった証拠だ。
伶奈が俺のことをすぐに理解できるように逆も然り。俺も伶奈のことを理解することができる。

「もういいのッ! この話しはもうおしまい!」
「おしまいって……」
「いいじゃない! 私がそう言ってるんだからクーちゃんは黙っててよッ!!」

伶奈はそれっきり、まったく取り合ってはくれなかった。
これ以上、追求したって火に油。ますます事態は悪化するに違いない。
触らぬ神に祟りなしじゃないけど、嵐が過ぎ去るのを待つか。

って嵐がすぎるのを待ってたら家に着いちゃったし。

しょうがないなあ。明日、改めてまた謝っとくか。
けど、俺なんか悪いことしたっけ?


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