うじひめっ! Vol.12B(E)
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平成十×年八月×日 ××県××市××町

木更津宅の長男 和彦(十×歳) ――失踪。

気絶から覚めた木更津遥香は、即座に警察へ通報した。

「う、蛆虫の姉妹が! ……いえ、えっと、間違えました。
 外国人姉妹があたしの従弟を攫いました!」

警察は届出の内容から民事的な諍いと見て刑事的な事件性は薄いと判断。
むしろ通報者である彼女が自宅の玄関先で起こした傷害事件の方を重要視する。

しかし、被害者である販売員の女性は頭部を殴打され、包帯姿であったにも関らず、

「――いいですか? まずはじめに壺ありき。壺は神とともにあり、壺こそは神だったのです。
 いわゆるゴッド。ハハ! 神意に以って焼成されし物に頭を割られたところで
 何の罪がありましょうぞや! 脇腹が痛いですよ!」

と目をぐるぐるに回し唾を飛ばして熱弁。
事情聴取した警官は眉をひそめ「それって普通、片腹じゃ……」と指摘するも聞き入れなかった。

果てには両手でバシンバシン机を叩き、
「ああ! 壺なるかな壺なるかな壺なるかな!」
と万歳三唱。

結局、帰り際に警察職員三名に壺を売りつけたのみで被害届を提出せず。
打撲による錯乱も疑われたが、彼女の知人曰く、「もともとああいう人ですから」とのこと。

事件は不起訴となった。

かくして無罪放免となった木更津遥香と、和彦の友人である梨本良治。
両名は警察の対応を不服として、協力し合いながら独自に事件の捜査を開始した。
手掛かりは掴めず、遅々として進まない捜査ではあったが。

一年後、ふたたびの夏――

両名は「蛆虫」にまつわる謎めいた言葉を残して失踪する人々が頻出する地域を発見。
素人活動の域を出なかった捜査は、一気に核心へと踏み込んでいった。

 

山奥に存在する鄙びた村・矢柄平(やがらへい)。
その地にて、ふたりは様々なキーワードを採取する。

 蛆隠し
 シロウジさまの祟り
 壺流し祭り
   etc...

立ちはだかる謎の群れを次々と解き明かし、幾多ものベールを剥いで果敢に真相へ迫った。
降りかかる危機は絶え間がなかった……

「きゃあ!」
刺客として放たれたトゥーシーはあっさり撃退できたが。
「そ、そんな! 眉毛がこんなに強いわけが……!」
「ばっきゃろう、あたしが壺アーツを体得した時点でパワーバランスは引っくり返ってんだよ!」

ツボ=カタを極めたことにより、なんか統計的に見て攻撃効果とかが上がってて無敵らしい。

「『らしい』って何!? アーキタイプでさえ説明になってない技を余計意味不明に
 改変しないでよ!」
「つべこべ言うんじゃねえ!」
ゴスッ
「痛っ!」
「意味不明でも地の文が『無敵』と解説した以上は無敵になるのがインフレのお約束だろ
 ビチグソがァーッ!」
ゴスゴスゴスゴスゴスゴスッ
「痛っ痛っ痛っ痛痛痛痛痛ぁーっ!」
「いいのかあ!? ガード下げちゃってよう! ヘッドがガラ空きだぜい!」
ゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスッ
「 ゲ バ ァ ッ !!」
「ち、ちょっ! 殴りすぎ! いま目と耳と鼻と口からいっぺんに血が飛沫いたぜ!?
 マジでこれ死ん……」

「壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺
壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺
 壺 ! 壺 ! 壺 ! 壺 ! 壺 ! 壺 ! 壺 ! 壺 ! 壺 ! 壺 ! 壺 !
 壺 ! 壺 !
 壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺壺ォォォッッ!!!」

制止する良治の声を掻き消して余りある打撃連射音とともに。
見開きページが四回ほど続いた。
「咲きやがれェェ! そして散れッ!」
ドグシャアッ
車田パースで吹っ飛ばされた少女が真っ直ぐ夜空に吸い込まれていく。
天翔る五体はしかし綺羅星になれず、上昇力が尽きる頂点で一瞬の浮遊感を味わってから、
重力の軛に沿い落下。

 毘沙ァ……ッ

アース・クラッシュ。
十五歳の夏、少女は大地へ還る赤い果実となって弾けた。

 又左衛門尉利家(通称トゥーシー) ――散華(リタイヤ)

苦しまなかったはずである。
「あんたがいたからこそ、あたしはここまで強くなれた……」
遠い目をして、そっと月を見上げる遥香。
「百遍殺してもまだまだ飽き足らねー糞蛆ヘド娘だけど……あんたのことはなるべく忘れないよ!」
地面にへばりついている、ちょっと原型を留めていないモザイク必須の物体から巧妙に目を逸らしつつ。
流れ星をバックに爽やかな笑顔をキメる半透明のトゥーシーへ、直立して敬礼を送った。

三秒後に忘却したことは付記するまでもない。

こんな調子で。
なおも迫る数え切れないほどの妨害を主に撲殺で乗り越え、繰り返された調査。
その成果として、ようやく木更津和彦を発見するが――

何もかも手遅れになっていた。

生きてはいた。
が、辛うじて生きている――それだけだった。

「ああああああああ……ああああああああ……」
もはやいかなる知性も窺えぬ痴愚の呻き。
虚ろな瞳と開け放たれたままに涎をこぼす口。
助けに訪れた友人や従妹の存在さえ、理解できたかどうか。

変色した肉体は生きながらにして腐り――

  ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず

   ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず

 ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず ぶず

噴出する腐敗ガスと、皮膚の下で這い蠢くモノの響きが、ふたりの鼓膜を苛んだ。

「和彦はもう……わたしだけの……苗床」
と、傍らでどこか壊れたような微笑みを浮かべる無鼻の婦人。
嗅覚の欠如ゆえか。周囲に漂う――吐き気を催すおぞましい臭いすら、
一向に気に留める素振りを見せない。
「ああああああああ……ああああああああ……」
両の腕にしっかりと抱かれて、黒く澱んだ血を垂れ流す和彦。
彼は、壊疽した全身を絶えず内側からうねうねと波打たせている。

犯され、貪られ、蝕まれ、縛られ続ける半死半生の囚われ人。
もはやそれは一個の愛玩物にして食糧でもある――肉塊だ。
人格の余韻など、どこにあろう。

遥香と良治はただ鼻と口を覆い、呆然と立ち尽くすしか他に術がなかった。

「お願いだから! 姉様と和彦のことはそっとしてあげてちょうだい!」
死亡確認されリタイアしたはずのトゥーシーがちゃっかり紛れ込み、悲痛の叫びを上げる。
無言のまま、とりあえず遥香は再生怪人をブチのめす要領で壺を振るい、シバキ倒しておいた。

後年。
彼女たちは駆けつけたときに見た和彦の姿を決して忘れまいとして。
すべての経緯をまとめ、共著で一冊の本を出版する。

タイトルは――

 

 

大ベストセラー

 

耳を澄ませば、あの音が今も……


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