うじひめっ! Vol.9
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 トイレを済まし、いざ二階の自室へ戻ろうとしたところ。
「あ……」
「お」
 アイヴァンホーにばったり出くわした。
 腕に人化したフォイレを抱えている。まるでぬいぐるみのようだな。
「なに、どうしたん?」
「ああ、姫様の髪を洗って差し上げようと……人化すると、どうしても汚れるものだからな」
 シャワーを使っていいか、と聞いてきたので許可を出した。
「別に浴槽も使っていいぞ」
「いや、遠慮しておこう。私はともかく姫様は脱げんのだ」
「? なんで?」
 ドレスを眺める。ちょっと複雑な構造かもしれないが、別に脱げないってほどにも見えない。
「服に見えますけど、これは皮ですの。脱皮するまでは着たきりですの」
 姫様本人が解説してくれた。ふーん、なるほど。蛆虫も脱皮するのか。
 と、感心しながら部屋に入ると遥香はシェラフに包まってぐーすか寝息を立てていた。
「無防備極まりない……襲われる心配とかしとらんのか、こいつは」
 まあ、してないんだろうな。こいつから襲ってきたことはあっても俺から襲ったことはねえんだし。
 瞼が閉じられてみると、その上に位置する困り眉が異様に愛らしく映る。
 ついつい撫でたくなって手を伸ばす。短い毛のさわさわした指触りがくすぐったい。
 あー、そういやガキの頃にもここを気に入ってよく口づけしたな。眉毛にキスのマユキス。
 俺はいったい髪フェチなのか、毛フェチなのか、どっちなんだろうか。
「いいお湯でしたの」
 どうでもいいことをつらつら考えているとお風呂上がりのフォイレがさっぱりした顔で
 アイヴァンホーに運ばれてきた。アイヴァンホーは俺にフォイレに預けると、
「わたしもシャワーを浴びてくる」と言い残しまた出て行った。
「預けられたってことは、一応信頼されてるのかねえ……」
 腕の中のプリンセスを見下ろす。
「?」
 ドライヤーを掛けても乾き切っていない、
 洗い立ての髪がふわふわとシャンプーの匂いを立ち上らせていた。
 ふむ。同じ匂いでも、母親みたいな中年のアレが醸すものと、
 見た目ちょっと年下の女の子がまとったものとでは雲泥の違いがあるものだな。
 と冷静に判断しているつもりでも、鼓動は高鳴ってバクバクなのだった。
 分かるかい? 洗い立ての髪が放つ、えも言われぬ色気って奴。
 これはアレだ、男心を狂わせますな。
 触ってみると湯の温度かドライヤーの熱か、まだ温かかった。
 油を失った髪が持つ、指で擦るとキュッキュッと引っ掛かる独特のキューティクルも、
 これはこれで。
 匂い、熱、艶、更には銀の輝きを加えたテトラ攻め。
 理性が限界まで引き伸ばされ軋みを上げた。
 ああ――「抱け」と言わんばかりに迫ってきたフォイレへ無造作に叩きつけた拒否を
 今からでも撤回したくなる。
「おいおい、こいつ蛆虫だぜ?」と自分に突っ込んでも、大した抑止力にはならない。
 思わず「よいではないか、よいではないか」と組み敷きたくなるが――やめとこう。
 現在シャワーを浴びてるアイヴァンホーが帰ってきたらまず間違いなく殺されるし。
 そこで寝ている困り眉が起きたら――何が発生するか予測し切れんが、
 とにかく大変なことになるだろうし。
 何よりこいつがイヤがった場合、「イヤがってみせるが本音はOK」なのか、
「本気でイヤがっている」のか、
「くやしい……でも……こんな体じゃ抵抗できない!(ビクビクッ)」なのか判別つけられんしな。
 さて、どうしたものか。早く押入れに放り込んで寝かせつけた方がいいか、と思案してたら。
「和彦さん、背中を掻いてください」
 こんなことを要求してきやがった。

「ほう、背中を掻けとな?」
「はい。アイヴァンホーの指はもう飽きました。深爪なのでさして気持ちよくありませんの」
 もう飽きた、だなんて。フォイレ、清純に見えて割と多情な女。
 しっかしなあ……
「おい」
「はい?」
「恩返しされるのは、俺の方だよな? ……なのに侍従と同じ真似をお前にしろと?」
 一応訊いてみるが、洗い立て銀髪四肢欠落依然としてドレス着て宝冠飾ってる美肌少女は
 きょとんとした表情。
「ええ。苦しゅうないですの、さあ、どうぞ」
 こ、こいつ、人に世話焼き強要させといて微塵の屈託もねえな。
 身体上の理由もあるだろうけど、やっぱりお姫様育ちだ。世間知らずのムードばりばり。
「仕方ねえな」
 別に断るつもりでもなかったのでそっと俺のベッドにうつ伏せになるよう下ろし、手を伸ばす。
 白銀の野原となって背を覆い尽くすホカホカ髪を左右に分ける。
 そして、背中だろうとお構いなしにフリルがはびこっている白ドレスへそっと指先を滑らせた。
「――あふ」
 指が敏感な背筋にでも当たったのか、ぞくっと身を竦ませる。肩甲骨がドレスの布地を押し上げた。
「艶っぽい声を出すなよ。全然似合わないから」
「し、失礼ですの、年頃の蛆をつかまえてっ!」
 揶揄してみたが、正直ちょっと勃った。
 そういえば、どないしよう。こいつらと遥香がいるせいでオナニーができないんだよなー。
 んー、トイレでするのは嫌いだし、どうしたものか。考え考え爪を立ててゆっくり掻いてると。
「あっ……あんっ! ふっ……あっ……ああっ……! らめぇ……!」
 余計な喘ぎを振りまく娘がいて、畜生、わざとやっているのか!?
 加速度的にムラムラしたぜ!?
「てめえ、なに気分つくってんだ、やめろよ!」
「か、和彦さんの指つきが卑らしいですの。邪なことを考えてらっしゃいますね!?」
 逆に抗議を返された。
「ち、ちっが……違うって、そりゃねえよ、俺にロリコン趣味はねえ!」
「私のことなんか興味ないっておっしゃっておいて……爺やが申してました、
 顔は禁欲の修道士を装って、内心は嬲りたくてたまらない性欲を持て余す――
『ムッツリという奴です、これが一番危険』と!」
「ムッツリ呼ばわりかよ! ええい、そんなに言うなら背中掻くのやめていいよな!」
「あ……っ」
 憤慨して歩み去ろうとすると、未練がましい悲痛な声が後を追ってきた。
「そ、その……えっと……か……かい……てほしい……の……」
「あん?」
「か、掻いてほしいですのっ!」
「んー? 何を?」
 聞き返すと、屈辱を押し殺すかのように顎先をふるふるさせ、
「せ、せなかっ! 和彦さんのつ、爪で……っ!
 私の背中を掻いて、気持ちよくしてほしいですの……っ!」
 なに、このいたいけな少女に無理矢理卑語を言わせてるノリ。溜息が出ちゃう。
 脱力して萎え「分かった分かった」と戻る俺に、「こ、今度は声出すの我慢しますから……」と
 微エロな発言。
 かくして背中掻きは再開されたが。
「……んっ……ん、んくぅ……っ! ……ふっ……ふっ……くふっ……!?
 っは……あっ……んんッ!?」
 もう声出していいから。ますますイケナイことしてる気がしてくるから。
 ふう。

 満足するまで掻いてやってから手持ち無沙汰になって、
 なんとなくフォイレの喉を指の背で擦ってみた。
「ごろごろごろごろごろ♪」
「これは蛆虫というよりにゃんこだな……」

 そんなふうにフォイレが恍惚とした表情でうっとりする頃合に
 シャワーを浴び終わったアイヴァンホーが帰ってきて
「貴様ッ!?」ズギャーン!「話せば分かっ……!?」ドキャッ!「やめなさい!」ガシャン!と
 ひと悶着あったが。
 小学生以来机の上に放置していたガンプラ(色の合ってないガズエル)が全壊した他は
 特に被害もなかった。
「くそう、買った塗料を間違えて泣く泣く塗ったのが却って思い出になっていたひと品がっ!?」
「すまんな」
「『ガズアルにすればええやろ』と説得する良治相手に依怙地になって『ガズイル』と名づけた
 捏造MSが……!」
「すまんと言っているだろうが! 勘違いするようなことを仕出かす貴様が悪いのだ!」
「なに逆切れ断罪してんだよ! この出来損ないのオロカメンが! 返せ! 俺のガズイルを返せ!」
 ――なんだか、こうしてくだらないことでぎゃんぎゃん吠え合っていると。
 昔欲しくて両親にせがんで困らせた姉貴ができた気分に陥ってちょっとしんみり。
「黙れ!」
 ドゴッ
「えぽきしぱてっ!?」
 まあ、言い争いを鉄拳制裁で終結させる暴力的なクソ姉貴は今すぐ返品したいところなんだが。
「もうよい、わたしと姫様は寝る! 貴様も眠るがよい!」
 捨てゼリフを残すやピシャリと襖を閉めて外界との連絡を遮断。
 押入れはアンタッチャブルな地と化した。
「やれやれ」
 春樹小説っぽく諦念を表していたところ、シェラフにくるまって快眠していたはずの遥香が
 ぱちっと開眼。
「ねえ、かずくん」
「なんだよ。嘘寝してたのかよ」
「フフー、どうでしょう。あたしが寝たフリしてかずくんに襲われるのを待機していたかどうかは
 藪の中だよ」
「あっそ」
「ねえねえ、あたしの背中も掻いてくれない? こう、寝袋の隙間に手ぇ突っ込んでさ」
「それは掻くというより新手の寝袋プレイじゃねえのか? なんにしろ断る。もう眠い」
「おねがーい。フォイレちゃんよりもイイ声で鳴いてみせちゃるよー?」
 文字通り手も足も出せない状態でもぞもぞと媚びる。それこそデカい蛆虫のようだった。
「バカ言うな。そろそろ電気消すぜ」
「えー、そんなあー」
 軽くあしらうと目尻をぐーんと下げて困り眉を強調し、泣き眉モードに切り替え。
 つぶらな瞳でキラキラといたいけビームを放射してくるが――
「自分がいくつになったと思ってるんだ……十六過ぎた奴にそんな攻撃されても利くかよ」
「ちぇー。昔はかずくんなんかこれで一発だったのにー。納得いかなーい」
 と人間サイズの巨大蛆がじたばた。
 うーん、こういうのをキモ可愛いとか世間では言うんだろうか。
 俺には普通にキモいだけだった。
「ふーんだ。お望みどーり寝てやりますよーだ」
「はいはい、不貞腐れても可愛くないから。素直に寝ろ」
「……けど気をつけな? 朝起きたらあたしすっげぇことしてやっから」
 くっくっくっ、と笑った数秒後、シェラフの中で「zzzzzzz.......」とグッドスリープに入った。
 はやっ。
「……俺も寝るか」
 彼女のハの字眉を見下ろし、なぜか少しだけ癒された気分になりながら。
 消灯してベッドに潜り込んだ。

 この夜を境にして。
 ドすげえ修羅場が開幕するなんてことも、露知らず……

 そして朝が来た。


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