疾走 第13話
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「さくちゃん」
 呼び止められたのは、階段を降りて、廊下を歩き出そうとした瞬間だった。
 その声の主の正体を、生方は即座に理解する。
 なにせ自分の中学からの友達であり、さっきまで屋上では、
 この少女の話題で彼と話し合っていたのだから。
「あ、あれれっ? いたり、あんたもトイレだったのかなっ?」
 すぐに振り返ると、そこには予想していた彼女の姿が。
 中学から、せめて髪型だけでも活発に、という理由でずっとポニーテールだった少女。
 それも昨日までだった。ばらした髪の毛は生方が思ったよりもずっと膨大で、
 腰の辺りまで広がっている。
 普通のロング――だが、随分と雰囲気までもが変貌していた。
 垂れた前髪で片目が若干隠れていたりなど、なんとなく、大人びた印象が強く前面に出ている。
「私は、さくちゃんを探してたんだよ……随分と、長かったから」
「あ、そ、そうなんだっ! ごめんねえ、ちょっとお腹の具合が……っ」
「その割には、走って教室出ていかなかったっけ」
「あぐぅっ……」
 困ったように、生方は耳の裏を掻く。
 彼女の行動力と快活さは美点であったが……いかんせん、根っこが純粋なのである。
 演技などは得意から縁遠い分野だったし、もとより嘘吐きの才能がからっきしだった。
「ねえ、さくちゃん。トイレって、あれ嘘でしょ」
「ううんっ? そ、そうだねえ、嘘か真かと選択を問われればまあ、えっと……そのぉ。
 あ、あははっ」
 笑うことは生方が話題をそらす手段としては、一番優れている選択だった。
 まさか黙って友達の彼氏と密会をしていたなどとは、口が空気くらい軽い彼女でも
 吐き出せぬ理由である。
 生方が誤魔化しの笑いを浮かべる、その前方。
 瀬口至理は――まるで人形ではないかと想起してしまうほど、無機質な両目で、彼女を見据え。

 

「さくちゃん、あのね……一つだけ、忠告」

 

「――の……けくんに、……したら、……す、からね」

 

 何かを、言った。

「うえっ? な、何って言った、いたり……? ごめん、聞こえなかったさ」
 生方には、至理の口が動いていたことしかわからなかった。
 至理は人形の眼球をやめると――ぱあっと、咲き誇る花が如く、微笑む。
「ううん。なんでもないよ。……それよりも、早くお昼食べよ」
「っ……そ、そうそうっ! ささ、急ぐよいたりっ」
 至理がなにを己に言ったのかはさておき、この話が流れてくれるのなら、
 生方にはどうだってよかった。
 手を引っ張って、瑛丞を連れて来たときよりは遅めに、駆け出す。
 生方に引っ張られながら……じっと、至理は生方の後頭部を睨む。

 

 ここを鈍器か何かで殴ったら。
 私のエースケくんに近寄るメスを、殺せるかな――。
 それはきっと、爽快な行動だと思えるのです。
 私には。


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