死の館 第7回
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――奏
狂犬はためらう事なく、真っ直ぐ私たちの所へと向かって来る。その目には殺意が満ち溢れていた。
敦「アブねぇ!」
敦也君がえりっちを庇う様に、狂犬の飛び付いた軌道からそれる。
確かに、足が不自由なえりっちを庇うのは賢明な判断だが………
(私だっているのよ…なんで私も助けてくれないの?…)
そんな黒い感情がこんな時にも浮かぶ。私は庇ってもらえなかった、助けてもらえなかった。
私も足を怪我したら守ってもらえるかな?
グガァ!
再度狂犬は敦也君に飛び掛かる。だが、次は逃げずに、右の拳を犬の頭に叩き付けた。すると……
ギャインギャイン!
予想以上にのたうち回る狂犬。その眉間には、深々とガラスが突き刺さっていた。シャンデリアの破片だ。いつの間に拾ったのだろう。
狂犬はそのまま大量の血を流し、ビクビクしながら動かなくなった。白目をむき、絶命していた。
敦「はあ……死んだか。……大丈夫か?絵里。」
絵「う、うん、ありがとう。」
またえりっちを気遣う。足が不自由だからってそれはないよ。………私だって!
「あっちゃん…ドウシテ?」
その時私の思いを言葉にした人が居た………

――美保
信じられなかった。あっちゃんが私ではなく、他の女の子を庇ったのが。私だって危なかったのに。
敦「大丈夫か?絵里。」
まただ。まただ。またあっちゃんは私以外の女の子を心配している。その子だって殺人鬼かもしれないのに。
そうよ…なら、私が守らないと……私の近くに居させないと。
美「あっちゃん…ドウシテ?」
フラフラと近付き、あっちゃんの腕をつかむ。この安堵感を誰にも渡したくない。
あっちゃんが守ってくれるのは私だけ!
美「ドウシテ?ナンデ!?……絵里ちゃんだけ庇うなんて……私も、私も襲われたんだよ?
怪我しなかったかって…心配してくれないの?……そんなにこの娘が足手まといなら、
置いてくればよかったのに!!」
それで……殺人鬼に殺されちゃえばいいのに。もう黒い感情はおさえがきかない。
美「絵里ちゃんはホールに戻って一人で待ってて。もう私のあっちゃんに守ってもらえるだなんて
甘い考えでついてきたら迷惑……足手まといなの!!」
敦「美保!」
パン!
……はたかれた。アッチャンに初めて叩かれた。ナンデ?私、間違ってないのに!!
あの女が邪魔なだけなのに!

――明
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
あの勢いのまま走りきり、狭く、暗い部屋まで入ってしまいました。…でもここなら大丈夫。
殺人鬼が混じっているかもしれない部員も此所がわからないだろうし。
なにより鍵がついているんだから、安心です。一呼吸して、落ち着こうとする。
「うぅ……」
さっきのグロテスクなビジョンが瞼の裏に浮かんで来ますが、なんとかふり払う。
もう、信じられる人なんていない。
帰りが遅くて親が心配し、救助隊の人が来てくれるはずだ。それまでここでたえていればいいんだ。
「よしっ…大丈夫。大丈夫。」
そう前向きに考えると、気持ちが楽になる。ただじっと待つのも辛いので、
近くにあった本棚から何冊か抜き出し、読もうとする。と、その本の間からなにか紙切れが落ちた。
拾って見るとそれは、おそらくこの洋館の地図だった。持っていれば便利だろうし、
一応ポケットにしまった。
「よいしょ……これ、なんの本だろう?」
埃のかぶったカバーを払うと、『Diary』の文字が浮かんだ。
「日記?……この洋館の人の?」
悪い気もしたが、今は好奇心が勝っていた………


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