煌く空、想いの果て 第1話
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 何もする気がおきない。
 あれから、ずっと泣き寝入りを続けて、夜もロクに眠れなかったからだ。
 告白する前にフラれるという、失態を犯した俺は本当に道化師のようである。

 未練がましく、思い出のアルバムを開けて、ありし日々の俺と梓が映っている写真を見ていた。
 二人とも楽しそうに笑っていた。今、思うとこの時が一番楽しかったかもしれない。
 でも、現実は残酷すぎて、梓は他の男のモノになってしまった。
 その事については、梓が選んだ男性なので俺がとやかく言う必要がないのはわかっている。

 だが、感情はそう簡単に納得できるものではない。
 まして、ずっと一緒にいた幼なじみに彼氏が出来たという報告はあってもおかしくはないだろうか?
 そんな風にマイナス思考に陥っては、落ち込んだり沈んだりを繰り返してると

 すでに学校の登校時間である。
 本来なら、幼なじみの梓が家に迎えにやってくる。
 いい加減にやめろと言っているのに、梓は全然言うことも聞かずに懲りることなく迎えにやってくるのだ。
 
 これが日常茶飯事であった。
 もう、梓はもう迎えに来ることはないんだろうな。
 と、過去を懐かしく思っていた時であった。
 
 インタ−ホンの音が壁の向こうから聞こえてきた。
 窓を勢い良く開くとそこにはいつもの日常のように梓が手を振ってニコニコと笑っていた。
 
 
 
 あれ?
 
 どうして?

 梓が俺を迎えに来るんだ?

 すでに恋人がいるはずの梓が俺を迎えに来る必要性はない。
 どちらかというと、交際している彼氏を迎えに行くのが恋愛の王道ではないんだろうか? 
 未だに幼なじみの枠にはまっているようなら、俺ははっきりと言わなくては。

 もう、俺を迎えに来なくていいぞって。

 そうしないと交際している彼氏に誤解を受けて、
 梓と彼氏の関係が俺のせいで亀裂が走るのは良くないことだ。

 両親が海外で仕事をしているために年中一人暮らししている俺は梓に今まで家事や食事など、
 身の回りの事を依存してきたが。これも終わりにしなくてはいけない。
 
 幼なじみの関係にピリオドを打つ。
 それが梓のためでもある。

「翔太君。おはよう!!」
 元気のいい声で朝日の遮光よりも眩しい笑顔で梓は言った。
「もうすぐ、学校だよ。早く支度済ませておかないと遅れるよ?」
「いいよ。もう、いちいち送り迎えとかしなくていいよ」
「えっ?」
 笑顔のまま固まった梓は硬直していた。
「後、もう家事とか食事を作りにこなくていい。正直、欝陶しいんだよ」
「え、え、翔太くん……?」
 その言葉に反応して、笑顔が崩れていき、今にも泣きそうな表情を梓が浮かべる。

 最初からわかっていたさ。
 梓に彼氏が出来たとしても、優しい性格をしているお前はいつもと変わらずに
 俺に接してくるだろう。恋人でもない俺に優しくしてどうする? 

 あれことおせっかいを焼かないといけないのはお前が愛する男だろうが?
 だから、ここではっきりと幼なじみと決別しなくちゃいけないんだ。
 例え、梓を傷つける言葉を俺が言っても心配ない。彼氏に慰めてもらえばいいことなんだから。

 胸に突き刺さる鋭い痛みを無視して、俺は徹底的に言葉を突き付ける。

「もう、俺に構わないでくれ!!」
 梓の反応を見せずに、俺は逃げるように後ろを振り返って、乱暴にドアを閉めた。

「待ってよ翔太君!! どういうことなの!! ねえってば!!」
 取り乱す梓の憔悴した声が聞こえても、俺はただ耳に手を押さえて、聞こえないフリをするしかなかった。

 俺が梓を避け続けてから、もう一週間になる。
 あれほど仲が良かった二人の態度を見て、
 クラスメイトたちはあれこれと噂が流れているようだが、あえて気にしなかった。
 いや、気にしていても、翔太が梓を苛めたとか、梓以外の女に乗り換えたとか信憑性のない噂ばかりだし。

 その時期からだろうか、梓をチラチラと様子を見ていると何故か元気がなかった。
 どこか落ち込んでいるように見えるが、あの彼氏と上手く行ってないんだろうか?
「よう。水野」
「なんだよ、山田」
 いきなり、乱暴に声をかけてきたのは悪友の山田。名前はどういう名前か忘れたがあえて気にしない。

「お前と風椿さん。一体、何があったんだ? クラスであれこれと噂になってんぞ。
 あれほどべったりな新婚さんだったのに。何があったんだってな」
「別に何もないよ」
「それにここ一週間でお前の機嫌が死ぬほど悪そうだしな」
 うっ。さすがは長年付き合いしている悪友。見抜いてやがる。
「よしゃあ。だったら、放課後は俺と付き合え。てめえが欝憤しているモノを聞き出してやるよ!」
「へいへい。山田の奢り決定な」

 すんなりと俺は返事した。
 それから、山田が連れて行った先はカラオケ店。
 真っ先にオ−ダーしたのはアルコ−ル類であった。
 何か親戚の兄ちゃんが働いているらしく、すでに手筈は整っていること。

「とりあえず、飲め。そして、お前の欝憤を吐き出すんだ水野!!」
 匂いを嗅ぐ時点ですでに出来上がっている山田は容赦なく俺と梓の事に聞き出そうとしている。
 心配してくれる友達には隠すことでもないし、ここは正直に言ってしまおう。
「実は……」
「なんだってーーー!!」

 山田にあらゆることを告白した。
 梓が他の男をキスしている所を目撃したこと。
 恐らく、交際している彼氏なわけだが、幼なじみの俺に何も言ってくれなかったこと。 

 彼氏がいるのに朝から迎えにやってきたこと。
 いつまでも、幼なじみの関係じゃいられないと思って、梓に突き放すような態度をしていたことなど。
 今まで他人に言えなかったことを俺はお酒の力を借りて、
 なんでもかんでも喋っていた。
 山田はうんうんと頷きながら、わかるわかると言いながら、コップにお酒を注いでいてくれた。
 その後、お酒を飲みまくった泥酔状態になりがらも、
 男二人で閉店までラブソングを歌いまくるという狂乱のひとときが過ごされた。

 そして、深夜。
 親戚の兄ちゃんらしき人物に肩を貸してもらいながら、山田は俺に向かって叫ぶ。
「水野! 適当に……適当に生きるなぁぁぁぁぁ!!」
 それは某エロゲ台詞だが、山田はそれでも叫び続けていた。
 ありがとうよ。

 ちゃんとお前の魂の叫びは届いてるよ……。
 ようやく、俺は一つの失恋を乗り越える勇気を持てたような気がする。

 深夜。
 自宅に帰宅してみるとテーブルの上には料理とメモが置かれていた。
 俺の家の合鍵を持っているのは梓だけ。
 
 普段から家事や食事をするためにやってくるので、その合鍵を使って、忍び込んで作ったんだろう。
 だから、俺は作ってくれた料理は手を付けずに流し台に放りこんで、水道水で流す。
 
 メモは読まずに破り捨ててゴミ箱へと捨てた。
 梓の誠意を無駄にする行為だが、もう受け取ったら駄目なんだ。
 そう、俺は自分を納得させて、さっさと寝ることにした。

 更にそれから一週間後。
 俺は梓と視線を合わせることなく、ずっと無視を繰り返していた。
 携帯に送られてくる数十件のメ−ルが送られてきたので、メルアド変更
 後、着信拒否に設定を変える。朝早く迎えに来るので、それよりも朝早く起きて、
 さっさと学校に登校。昼休みも一緒に食べようと誘ってくるので、速攻に教室を出ることにする。
 思っている以上に梓は幼なじみとして行動をとるので、その度に俺はヒヤヒヤとしていた。
 噂の彼氏に誤解されるってことは必然的に俺が原因で別れることになってしまえば、
 それはそれで俺の目覚めが悪くなる話だ……。
 でも、彼氏と上手くいっていないのか、梓の顔から笑顔が消えている。
 あんなに明るかった梓が常に落ち込んでいた。
 助けてやりたいが、今の俺が手を差し出すことはできないのだ

 そんな、ある日。
 下駄箱に可愛らしいピンク色の封筒が入っていた。
 中身を開けると、女の子らしい筆跡でこう書かれていた。

 愛しい愛しい水野先輩へ

 私と先輩はきっと運命の黒い糸で結ばれています。
 もし、宜しければ。
 今日の放課後、屋上に来てください。待ってます。

                  猫崎猫乃

 

 

 と、何か痛い内容のラブレターだが……。
 長い人生で初めて、俺はラブレタ−という物をもらってしまったらしい。
 頬がいろんな意味でにやけている。
 失恋を癒すためには、新しい恋ってことか。
 俺は喜び足で急いで屋上へ駈け上がった。

 

 ここは梓とその彼氏がキスしていた嫌な思い出がある場所だ。
 だが、夕日の陽をバックにした少女の姿を見かけるとその事自体がどうでもよくなってきた。

「初めまして。水野先輩。あのラブレターの方は読んでいただけたでしょうか?」
「ああ。読んだよ。運命の黒い糸ってなんだよ」
「それは先輩と私が結ばれる運命を指しているんですよ。
 糸が黒いのは別にわたしが腹黒いとかそういうわけじゃないんです」
 猫乃は優しく微笑した。単にあちらの興味を持たせるためにジョークってことか。
 それにこのような文章を書かれるとどうしても気になって、屋上まで来てしまうだろう。
「わたし、入学してからずっと水野先輩に憧れていました。
 校内では知らない程の問題児で、唯我独尊の道を行く先輩の心強さに惚れてしまいました」

 そりゃ、この学校でいろんなことをやりまくっていたから。
 後輩にそういう目で見られるのは仕方ないことだけど。

「好きです。わたしと付き合ってくださいっっ!!」

 猫乃は首から上まで真っ赤に染まっていた。体全身が緊張してあちこちと硬直させている。
 今日初めて会った後輩が俺の事が好きだと告白してくれた。
 脳裏によぎる幼なじみの梓の姿。
 だが、梓はもう他の男と付き合っているんだ。
 だったら、俺が他の女の子と付き合っても別にいいだろう。

 俺だってすでに終わってしまった恋にしがみ付いてる訳にはいかない。
 新しい恋に向かって走らないと行かないんだ。
 俺たちが乗った列車は途中下車できないんだ!

「付き合ってもいいよ。でも。まだ、猫崎の事はよく知らないし、最初は友達からってのはダメかな?」
「ううん。それだけでも私は大感激ですよ!! もう、一生ついていきます。先輩!!」

 胸に鋭い痛みを突き刺さるが、あえて俺はできるだけ気にしないようにしていた。


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