煌く空、想いの果て 第2話
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 最近、翔太君は私を避けている。

 そう、二週間前のあの日からずっと避け続けている。
 わたしこと、風椿梓は翔太君が何で私を避けている理由を常に考えていた。

 それは世界に問い掛けた難題よりも難しく、どんな解答を出しても正解を得ることができない。
 よって、私は昼休み中にその、お、男心とか知るために友人たちに相談に乗ってもらっていた。 
 ずばり、仲良くしていた幼なじみが私を避ける訳を。

「普通に水野君が彼女が出来たからじゃないの? 
 梓みたいにいつもベタベタしていたら、その彼女が嫉妬して別れる原因になるからでしょう」
「し、お、り……!!」

 私は怒気を篭もらせた声で友人である志織に睨みをきかせていた。
 あの翔太君に彼女?
 本当に笑えない冗談だよ。
 もし、恋人とか作ったら、私はショック死するか、今ここで教室の窓から飛び降りるしかない。
 それに、翔太君はいつも私の事を想っていてくれている。
 それがわかるから、私は彼の傍にいたいと思うのに。

「はいはい。どうどう。梓、ちゃんと落ち着きなさいよ。どれもこれも推測ばかりなんだから」
「うみゅ〜。だって、だって、だって、翔太君に彼女が出来るわけないよ」
「そりゃ、あんたがぎっちしとガードを固めているからね。他の女の子が寄ってくるはずないじゃん」
「うん。泥棒猫の家をレクイエムで蒸発させているよ?」
「いきなり、地上から蒸発させなくても・・・」

 そう、学校内、家に他の女の子が寄り付けないように私は厳重に翔太君の隣にいる。
 翔太君に想いを寄せる女の子が勘違いしてくれるように、常に彼女に見えるような位置付けにいるのだ。
「でも、水野のバカが梓を避ける理由は具体的に私にもわからないよ。
 二週間前は教室内で恋人同士のようにお弁当を広げて、あ〜んって食べさせている程に
 バカップルぶりだったのに」
「翔太君は優しいからね。た、た、た、例え、彼女が出来たとしても、幼なじみの私にはちゃんと
 言ってくれるはずだよ」

 翔太君に彼女がいると考えただけで胸のモヤモヤは鋭く突き刺す痛みへと変わる。
 でも、志織は真剣に私の相談に乗ってくれていることに感謝しながら、
 お家から作ってきたお弁当に箸を進める。

「逆の発想で考えると、梓が何か悪い事をしたとか?」
「私のせいで、翔太君の機嫌を損ねたことか……。う〜ん。それは」

 この二週間を思い出してみた。
 俺に構わないでくれと宣言された日から、

 私は本当に必死になっていた。

 翔太君に嫌われるってことは私の存在意義を否定されるのに等しい。
 あらゆる手段で翔太君にコンタクトを取ろうとした。

 朝早くから迎えに行ったり、休み時間になる度に翔太君の後を追い掛けると、
 男子トイレへ速攻に逃げられた。
 昼休みの時間に毎日、翔太君のために作ってきたお弁当を手に一緒に食べようよ作戦で攻撃を仕掛けるが、
 翔太君はダッシュで教室から離脱していた。

 放課後も一緒に帰ろうと誘おうとするが、翔太君の足は速くて、女の子の私には追い付けることも
 できなかった。夕食を作りに翔太君のお家に行っても、鍵はかけられている。
 しかも、居留守を使っているのが丸分かりだけど、翔太君は出てこようとはしなかった。
 本当に酷いよ。翔太君。

「わからないよ。そんなの」

 わかったら、どんなことをしてでも謝りたいと思う。
 頭を下げるだけで元通りの関係に戻れるなら、何でもしてあげたい気分になる。

「でもさ……。梓はモテるじゃん。容姿もいいし、性格は穏やかで癒されるし。
 多くの男子生徒から告白されているじゃないか。
 それで、水野がたまたま告白していた男子生徒と梓の関係を誤解していたらどうなる?」
「それこそ本当にありえない。ううん、絶対にありえない」

 本当に告白してくる男子生徒には迷惑している。
 私には翔太君という将来を決めた相手がいる。
 そのために人生を全身全霊で生きているというのに、他の男の相手をしている時間は私にはないのだ。

「だって、私は翔太君一筋だもん」
「おお。そりゃ、大きく出たね」

 その言葉に私の顔が赤く染まっているのが自分でもわかっていた。
 本当に好きな人の事を語るだけで胸の鼓動が激しく揺れる。
 それが何よりも嬉しい。これが水野翔太に恋をしているということなのだから。

 その後も、志織との恋愛相談に心強く悩みを相談を続けた。
 おかげで私の気力は回復して、今日も頑張って翔太君にアタックできそうである。

 そして、放課後。
 私は今日こそ獲物を狩る恋の狩人になってみせよう。
 だが、ロングホ−ムル−ムの終了直後に勢い良くドアは開かれた。
 そこから現われたのは小柄で細身、猫を思わせるような独特な髪。
 屈託のない明るい笑顔は周囲の人間を虜にしそうな少女だ。

「水野先輩。一緒に帰りましょうよ!!」
 その少女は手を振りながら、翔太君に視線を向けていた。
 このクラスが空気がとてつもなく凍っているのに気付いていないのはあの少女だけだ。

「どうしたんです。せっかく、可愛い彼女が迎えにやってきたんですよ。いろんな場所に寄って、
 一杯遊びましょうよっ!!」
「あ、あ、あ……そうだな」
 クラスメイトの冷たい視線を浴びながら、翔太君は
 居心地が悪いのか逃げるように駆け足で教室を去って、あの少女と肩を並べて歩いて行く。

「おいおい、どういうことなんだ」
「水野君、風椿さんと別れたの!?」
「これはスクープだぞ!!」
 と、クラスメイトのぼそぼそした呟きは私には頭が入らなかった。
 ただ、目の前の光景が嘘のように思えていた。
 いや、何も考えたくなかった。
 すっかりと思考停止していた。

「水野の奴。ついにやりやがったな!! それでいい。これからも適当に生きるなよ!!」
 と、クラスメイトの翔太君の友人である山田って人が自分事かのように喜んでいるのは私には
 印象深く残っていた。
「大丈夫、梓?」
「えっ……?」

 志織が優しく私の頭の上にぽんと優しく手を置いて撫でた。
 そう、これまでぐらいに頭を撫でてくれた。
 他の女の子たちも心配そうに集まって来てくれている。
 私は優しくしてもらった事でようやく糸が切れた。
 頬を伝わって零れていく大きな涙を流して、私は声を殺して泣いてくれた。
 志織が優しく抱き締めてくれると、私は素直にそのまま泣き崩れてしまった。

 わかってしまったんだ。
 私はどれだけ水野翔太を愛しているってことを。
 どんなに愛しても、想いは届いてくれなかった。

 その事に気付かないフリをして、無意味に翔太君を追い回していた。
 彼の気持ちを考えていなかったかもしれない。
 いや、私の想いそのものが彼にとって迷惑なものかもしれない。
 今までの積み重ねていた幼なじみの関係が崩れて行くのが私は恐かったんだ。
 何よりも恐かったのは、私を見捨てて、他の女の子と幸せになることだ。
 それが今、現実のモノになってしまった。

 これは悪夢だよね?
 朝、目覚めると翔太君はいつもと変わらずに私に優しく接してくれて、
 昼休みには私の愛情のこもったお弁当を二人で食べたりして。放課後は一緒に手を繋いで……。
 そんな日常が今まで続くはずだった。
 これからも。

 どうして、こんなことに。
 なってしまったの?
 問い掛ける世界は誰も答えることはない。
 どんな解答を出しても、正解はないのだから

 私はクラスメイトや友達に励まされながら
 傷心した状態で鈍い足取りで家に帰宅しようとしたが、無意識に翔太君の家に辿り着いていた。
 帰巣本能があるのかわからないけど、私の帰るべき居場所はあの家なんだとつくづく思い知らされた。

 翔太君の恋人になれなくてもいい、ただ一緒にいないと私は生きてはいけない。
 一人でなんか生きてはいけないよ。
 でも、拒まれることが恐くて私はあの場所に踏み入れることができなかった。

 時間だけが流れて行く。
 すでに陽が落ちてしまって、周囲はもう真っ暗だった。
 どれだけ立ち尽くしていても、疲れることはなかったけど。
 ふと、水野家の玄関が開かれる。
 私は急いで電柱に姿を隠すようにしゃがみ込み、水野家を睨むように見ていた。
 そこから出てきたのは、あの憎き少女であった。

「私の愛が篭もった手料理は味わって食べてくださいね。
 もう、先輩たら。最初に一人暮らしって言ってくれたら、毎日でも泊まっていったのに」
「いや、泊りはさすがにヤバイだろ」
「冗談ですよ。でも、長い休みとかは同棲生活をたっぷりと楽しみましょうね」
「ああ。そうだな」
 恋人同士のイチャイチャな会話が聞こえてくる。さ
 さすがにこの会話で二人がどれだけ親密になっているのかわかる。
「本当に家まで送っていかなくていいのか。猫乃?」
「大丈夫です。先輩はゆっくりしてください。今日はもう寝た方がいいですよ」
 二人の会話に胸のモヤモヤは最高潮を迎えている。私は抑えきれない想いを抑えるために必死であった。
「先輩。さよならする前にお休みなさいのキッスは?」
「やるのか?」
「やらなきゃ、嫌です」
 や、やめてよ。
 もう、お願いだから。
 わ、わたしの翔太君はこれ以上取らないでよ!!

 私は見た。
 翔太君と猫乃と呼ばれた少女の唇と唇が重なっている。離されるとべったりと唾液と唾液が
 くっついている。
「じ、じ、じ、じゃあ。お休みなさい先輩」
「ああ。気を付けてな!!」

 

 う、う、う、嘘だっ!!
 こんなのって、非道いよ。翔太君!! 翔太君!!
 私はあの女、猫乃を去った道を眺めて人を殺せる程の憎悪を向けていた。
 これほど、人は誰かを憎むことができるのかと恐怖には思わなかった。
 むしろ、この憎悪で殺せるなら、今すぐ殺してあげたかった。

 翔太君が悪いんだから。
 私を、こんな風にした翔太君が悪いんだもん。

 風椿梓は全力で翔太君を惑わす、あの泥棒猫から奪って見せます。
 それが私たちにとって、何より幸せなんだから。


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