Bloody Mary 2nd container 最終話A
[bottom]

 夕陽に照らされている姿が、まるで返り血を浴びて紅く染まっているかのようで。
 不安に心が掻き乱される。 
「マローネ…?」
 どうしてここに。そう云いかけたが、その言葉が舌に乗ることはなかった。

「先に――――――――かったのはマズかったかな…?」
 構えていた銃を軽く下げて何か呟くマローネ。
 その様子に俺は違和感を感じた。わずかに本能がざわついている。

 原因は彼女の眼だ。父親を亡くしたばかりとは思えない、射抜くような瞳。
 その眼を見て俺は警戒を解けなかった。
 どっどっどっど、と心臓の鼓動がやけに五月蝿い。

 ――――何、やってるんだ?俺は。なんでビビッてるんだよ。
 もう敵はいないだろ。張り詰める必要なんかどこにもない。

「た、助かったよ、マローネ」
 自分の異変にかぶりを振りながらマローネに礼を言う。だけど声は少し震えていた。
「……ギリギリセーフだったね」
 安堵の笑み。
 …いや。やっぱり何処か変だ。
 どうしてそんな冷たい眼をしている。どうしてそんな眼で姫様を注視しているんだ…?

「マ、マローネ…?」
「ごめん、お兄ちゃん。“約束”はもうちょっとだけ待って」
 約束…?心当たりがない。何のことだ?

 俺が訝しくマローネを見ても彼女は姫様を眺めているだけだった。
 絶対に変だ。山道で襲われてから今までの間にいったい何があった?
 オークニーに来てすぐあたりから変だと思っていたが、今のマローネは明らかにおかしい。

 俺と目が合ったマローネがふっと目を細めて嗤った。………どこかで見たことのある笑顔だった。

「大丈夫ですか!?」
 団長たちが駆け寄ってくる。
「え、えぇ…」
 俺はマローネから目を離すことができず、ただ呆然とそう答えるだけだった。

「ウィル?」

「あ、はい。平気です、どこも怪我してませんよ」
 これ以上心配かけまいと努めて明るく返事をした。

「す、すまぬ。わらわがこんなところで抱きついたばっかりに――――」
 姫様が申し訳なさそうに視線を伏せて謝罪。
 馬車に隠れて山道まで付いて来てしまった件もあるのだろう。本当に済まなそうだった。

「姫様のせいじゃありません。油断した俺が悪いんですから」
 こうべを垂れて俯いている姫様の頭を、労わるように撫でた。

「…とりあえず街に帰りましょう。このことを斡旋所の方に報告しなければなりませんし」
 団長が落ちている自分の剣を拾い上げる。
「――――そう、ですね」
 団長の提案で小屋を離れることにしたが、心のざわめきが治まる事はなかった。

 

 

 

 オークニーへの帰路の途中。
 私は前を歩くウィルとマローネさんの背中を眺めながら考え込んでいた。

 ―――――あの眼。
 彼女の、私と姫様を見るあの瞳は、見たことのある眼だ。
 いや、正確には“経験したのことのある”と言った方が正しい。
 殺意と嫉妬に支配された瞳。
 そう、アリマテアで私が姫様に向けたのと同じ瞳だ。
 経験者ゆえか、同じ匂いのする者同士だからこそ直感ですぐ理解した。

 彼女は。マローネさんは確実に私たちを殺そうとしている。
 単なる秘めた殺意じゃない。そう遠くない未来、その抑え難い殺意を爆発させるだろう。
 宿のバーで彼女に怒鳴りつけられたとき、
 こうなるのではないかと心のどこかで危惧していたけれど。
 よもやこうも早く予感が的中するとは思わなかった。

 前を歩く二人の様子はどこかぎこちない。と言うかぎこちないのはウィルだけだった。
 それに比べ、マローネさんの表情は明るかった。…気味が悪いほどに。
 ウィルがその様子に眉根を顰めていることを彼女は気付いているだろうか。
 自分が今、父親を亡くしたばかりの少女とは思えないくらい明るいことに気付いているのだろうか。

「マリィ」

 不意に姫様が隣まで来て話しかけてきた。前の二人には聞こえないくらいの小声で。
「気付いておるか、あやつのこと」
「……ええ」

 姫様もマローネさんの様子に気付いたらしい。
 当たり前と言えば当たり前か。
 城で私に同じ眼を向けられた姫様ならマローネさんの様子が
 おかしいことにすぐ気付くのは当然だろう。

「まったく……ウィリアムも業の深い男じゃな。
 あの者に言い寄る娘は過激な連中ばかりじゃ。嘆かわしい」
 そう言いながら乾いた笑いを浮かべる。
 ……自分は違うみたいな言い方しないでくださいね?マリベル王女。

「……と。じゃが流石にこれは笑い事では済まされぬ。捨て置くのはあまりに危険じゃ」
 顎に手を当てて考え込む姫様。
 捕らえられていた疲れからか顔色は優れなかったが、平然としている。

「そんなこと言って……私には余裕があるように見えるんですが」
 姫様のそんな様子を見てしまうとさっきウィルに飛びついたのも
 演技なんじゃないかと疑ってしまう。

「これで二度目じゃからな。誰かのおかげで…恐怖で前後不覚になるようなことはなくなったわ」
 責めるように半眼で睨まれ、私はそっぽを向いて「あはは」と笑うしかできなかった。

「で、どうするのじゃ」
 真剣な表情に戻って前の二人を見る。

「以前の私なら“殺られる前に殺る”を実行していたところでしょうけど―――――」
 ウィルを見ながら嘆息。
「仮にマローネさんを殺したとして。ウィルは『はいそうですか』と黙っているはずがありません。
 ……かと言って、わけを話したら今度はきっと自分を責めます。
 最悪の場合、私たちとも別れて旅をするかも知れません」

 ……それに。
 彼女の父親を殺してしまった罪悪感もある。
 マローネさんをここまで追い詰めてしまったのは私が原因だ。
 チクリと胸の奥が痛んで顔を顰めた。

「……意外じゃな。おぬしが恋敵に情けをかけるとは思わなんだぞ」
 私の様子を窺いながら茶化す姫様。

「まさか。私はただウィルに嫌われたくないだけです」
 可能な限り軽口になるようにそう言った。
 ウィルに嫌われたくない。…そう。それだけ。
 彼女を殺すしかないだとしたら私は迷わない。ウィルに危険が及ぶと解れば、
 ためらいなくマローネさんを殺すだろう。
 だけど他に方法があるなら、私は―――――――

「じゃからと言ってわらわは黙って殺されるのは御免じゃ」
 きゅっ、と唇を噛んでマローネさんの背中を見つめる。

「それは私も同じです。
 マローネさんを説得…というと少し変ですが……とにかく彼女と話してみるつもりです」

「話が通じる相手と思うか?」

「それはわかりませんけど。
 ―――――ですがやってみないことには」
 ウィルが私を助けてくれたように。
 私が彼女を説得できるかわからないけど、やってみる価値はある。

「じゃがおぬしが失敗したときのことも考えねばならんぞ」
 姫様の表情からは既にいつもの小生意気な印象は消え失せていた。
 ……まったく。油断ならない。年相応の少女を遥かに越えた、一国の王女の顔になっている。
 この程度で動じないのも、本来なら国を束ねるはずだった器ゆえなのかもしれない。

「えぇ。マローネさんも殺さずこちらにも被害が及ばない、
 何かいい方法があればいいんですが………」

 かなり都合にいい話ではあるけれど。
 少なくともウィルにこれ以上辛い思いをさせたくない。

「そういうことでしたら、私に考えがございます」

 黙考している最中に。
 私たちより、やや後ろを付いて来ていたシャロンさんが静かに提案した。


[top] [Back][list][Next: Bloody Mary 2nd container 第18話B]

Bloody Mary 2nd container 最終話A inserted by FC2 system