Bloody Mary 2nd container 第21話A
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「……黙れって言ってるんだよっ…!」

――――――――ゴッ

 俺は怒りと共に右手を振り下ろした。鈍い感触が腕に伝わる。

 …殺してはいない。
 刃を振り下ろさず、剣を握ったままの拳をモルドの顔面に打ち込んでいた。

「はぁ……はぁ……はぁ…」
 限界値を超えた怒りを無理矢理押し殺したせいだろうか。少し息苦しい。
 だけどその息苦しさに反して、心は軽くなっていた。

 拳をどけると鼻っ柱の折れたモルドの顔が見えた。
 まともにパンチをもらってのびている。

 ……間抜けな顔だ。こんなヤツにさっきまで踊らされていたのかと思うと情けない気分になった。
 どうして殺さなかったのか自分でもよくわからない。
 確かにコイツの死に顔を拝むために剣の修練を積んできた。大切な人たちはコイツのせいで死んだ。
 たとえ復讐を抜きにしてもモルドが今日やったことは万死に値する。
 正直に言ってしまえば……今も心の奥底にある黒い情念が「殺せ」と囁いている。
 だけど、それでも。
 過去のしがらみにいつまでも縛られているのは嫌だった。
 復讐はもうウンザリだとアリマテアでそう思った。
 だからコイツを殺すと決定的な何かを、俺が本当に守るべきだった何かを失うような気がして。
 土壇場で殺意を抑えこんだ。

「……………」

 ……これでいい。
 俺はもう前を向くって決めたんだ。こいつを殺しに来たわけじゃない。
 姫様を助けたかっただけだ。
 姫様が無事なら――――――それでいいんだ。

 

 ひとつ、深呼吸。

「姫様、怪我はありませんか?」
 自分の気持ちに決着を付けて姫様に歩み寄った。

「……ウィリ、アム……」
 彼女の目には涙。
 とめどなく溢れる涙が間もなく頬に零れようとしている。

「〜〜ッ!!」
 涙が零れた瞬間。姫様が顔をくしゃくしゃにして走り出した。俺も手を広げて彼女を迎え入れる。
 俺が一歩、二歩近づく間に彼女はすぐ俺のところまで駆け寄ってきていた。

「ウィリアムッ!!」

 いつものように俺に飛びつく。元気だ、と言わんばかりに。
 それをしっかりと抱き止めた。姫様の温もりが伝わって、
 俺も張り詰めていた緊張をやっと解くことができた。
 そのせいか疲れがどっと押し寄せ、がしゃん、と握っていた剣を取り落としてしまった。

「恐かった…!恐かった…!!」
 泣きじゃくりながら胸に顔を埋めて吐露する姫様。

「もう大丈夫です。もう、大丈夫」
 安心させようと背中を摩る。彼女の肩は震えていた。
「遅れてすいません。怪我はしてませんか?」

「ああ!ああ!きっと…きっとウィリアムなら来てくれると思っておったぞっ」

 やっとだ。やっと守れた。三年前、出来なかったことをやっと。

「俺は姫様の『王の盾』ですよ?どこにだって駆けつけます。
 それより……すいません。俺が姫様から離れたせいで…こんな―――――」
 姫様の肩に手を添えて謝ろうとしたが。
「もうよい」
 俺の言葉を遮って再び俺の胸に顔をうずめた。
「それはもうよいのじゃ。ただ、今はもう少しだけこのまま………」
 今日だけは姫様の気が済むまで甘えさせてあげよう。
 そんなことを思いながら、自分の顔も自然と綻んでいた。

 ……あ。団長が微妙な顔してる。後で何か言われそうだなぁ……
「ははは…」
 彼女に向かって苦笑いを浮かべた。

 

 ―――――あれ…?様子が変だ。
 団長の顔がみるみるうちに驚愕と焦りの表情に変わっていく。
 俺の苦笑いに対しての反応じゃない。

「団長?」

 ――――――? 焦点が俺に合っていない。……後ろ?

「ウィルッ!!」

 ……!!!!!

 長年、団長の隣で死線を潜り抜けてきたおかげか。
 その声ひとつで俺たちに危険が迫っているのを感じ取った。戦慄が全身を襲う。

「きゃッ!?」
 半ば反射的に姫様を突き飛ばし、後ろを振り返った。

 天啓と言うべきか。先に姫様を自分から離したのは正解だった。

 

 そこにあったのは、『死』。

 死を与える者が。

 残った左手で剣を握り締め。

 歪な笑みを浮かべて立っていた。

 気を失っていたはずの、モルドがそこにいた。
 そのモルドが今まさに俺に死を与えようと。腕を振り上げようとしている。

 

 驚きのあまり頭のどこかに異常を来たしのか。その動きが異様にゆっくりに見える。
 いつの間に起き上がっていたのか。右手の出血で動けないだろうとタカを括っていたのが
 間違いだった。
 モルドの持つ剣が夕陽の光を受けて朱色に染まる。見慣れた剣を目で追う。

 モルドが持っているのは――――――団長がいつも帯刀している剣だ。
 今まで幾度となく俺を助けてくれた剣が、今度は俺の命を狙っている。

 反射的に腰に手を回すが、剣の柄を掴むはずの手が空を切った。
「うっ…!?」

 しまった。剣が、ない。

 一本は団長に。もう一本は俺の足元に。俺は今、丸腰だった。
 その間にもモルド完全に振り上げる動作が完了し、刀身に俺の姿が映る。
 それを見ながら剣を拾い上げようと考えたが、到底間に合いそうになかった。

「だからてめぇはガキなんだよ」

 ひしゃげた鼻から滴る血を拭うこともせず。
 俺を見据えて―――――死の宣告。

「死ね」

 ……殺される。直感的にそう理解した。
 宣言と共に振り下ろされるであろう刃から目を背け、俺は瞼を閉じた。

 

 

 ―――――ドンッ

 

 響く轟音。同時にびちゃっ、と何かが爆ぜる。
 いつまで経っても剣が振り下ろされる気配がない。何が、起こった?
「……?」
 静寂が山小屋を支配する中、恐る恐る目を開くと。

「ッ!?」
 モルドの奥歯と舌がはっきりと見えた。
 開いた口からじゃない。そもそも、閉じるべき上顎が無かった。
 ……顎から上が消し飛んでいる。残った体は剣を振り上げたままの体勢。
 もう存在しない脳に血液を送ろうと断面から血飛沫を上げている。

 どういうわけか完璧に王手を取っていたモルドが死んでいたのだ。

 ……がしゃん

 ほどなくしてモルドだったものの手から剣が抜け落ち、静寂に金属音を響かせた。
 そのまま崩れるように遺骸が倒れ。

 そして、その向こうには。

 

 マスケット銃を構えるマローネの姿があった。


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