Bloody Mary 2nd container 第18話B
[bottom]

 街に帰ってから、事件の一部始終を冒険者の依頼斡旋所に報告した。
 犠牲者が増加していた山賊を退治したとあって、街のみんなから英雄扱いされたが
 俺たちは素直に喜べなかった。

 代償があまりに大きすぎた。
 ベイリン傭兵旅団は事実上の壊滅。宿屋の一階は随分静かになった。
 そりゃそうか。マローネしか残ってないもんな。他に宿泊している者はもういない。
 山道に放置されていた遺体が回収され、後日埋葬される予定だ。
 皆の表情は総じて暗い。
 夕食の席で姫様が気を遣って喋り続けてくれていたが、あまり長続きしなかったし、
 シャロンちゃんにいたっては料理を並べたらすぐに姿を消してしまったくらいだ。
 ……マローネは。ただ黙々と運ばれた料理を口に運んでいた。

 回収されたみんなの遺体を、虚ろな瞳で眺めていたマローネの姿が脳裡に浮かぶ。

「………はぁ…」

 俺は自室で独り頭を抱えた。
 一段落したせいか。手が空いているときは傭兵時代を思い出してしまう。

『戦争に私情を持ち込むな。そのせいで誰かが死ぬことになるぞ』

 師匠から剣を習うとき最初に聞いた教えだ。
 当時の俺は耳を貸さなかったが、今になって骨身に染みた。
 俺のせいで死んだのだ。あの人たちは。

 マローネ……みんなの亡骸を見ても涙ひとつ見せなかったな。
 ショックが大き過ぎたのだろうか。
 茫然と眺めているだけで、喚くことも俺に怒りを見せることもしなかった。
 みんなを死に追いやった張本人が目の前にいるというのに。
 

 ――――――マローネはこれからどうするんだろう。
 旅団のみんなはもういない。傭兵部隊と言っても残ったのはマローネ独りなのだ。
 これまでのような生活はとてもできないだろう。
 俺たちのように斡旋所から仕事を貰って食い扶持を稼ぐのが、無理のない流れかもしれない。
 そうだな。とりあえずマローネとこれからのことについて話そう。
 もしあいつが構わないなら、俺たちと……。
 それにマローネが俺をどう思っているのか訊いておきたい。

「―――よし」

 俺は部屋を出てマローネの部屋に向かった。

 

 

 

「マローネ。俺だけどちょっといいか?」
 ノックをしながら声を掛けたものの、反応がない。
 しばらく待ってみてもやはり返事はなかった。
 出直すべきか迷ったが、先延ばしにするわけにはいかない。
「開けるぞ…?いいな?」
 そっと扉を開けて中の様子を窺う。部屋の中は暗い。
 ……もう眠ってしまったのか。そう思ったが。

「お兄ちゃん?」
 蝋燭も灯さず、ベッドに座っているマローネを見つけた。

「お前……明かりくらいつけろよ」
 月明かりだけを頼りに蝋燭に火を灯した。
「ごめんね。考え事してたから気付かなかった」
 蝋燭のおかげで少しマローネの表情が窺い知れたが、やはり様子がおかしい。
 夕方に変だと思ったのはただの思い過ごしではなさそうだ。

「どうしたの?」
 こちらに顔を向けられて俺は一瞬ぞっとした。
 まるで生気が感じられない、操り人形のような不気味な動きだった。

「あ……いや」
 マローネの様子に尻込みしてしまったのか、うまく舌がまわらない。
 …何言い淀んでる。どうして俺はマローネに恐怖を感じているんだ。

「なァに?変なお兄ちゃん。あははっ」
 笑い声も何かに憑かれてるんじゃないかと思うくらい薄ら寒いものだった。
 不安と恐怖で心が掻き乱されそうになる。

 ……とにかく何か言わないと。
 気を取り直して小さく息を吸い込んだ。

「えと……ちょっと話があってな」
 なんとか普段の口調で発声することができた。
 内心ほっとしながら彼女の隣に腰掛ける。

「だから、なぁに?」
 にこにこ笑っている。

「その、さ。これからマローネはどうするんだ?」

「これからって?」
 笑っている。

「旅団が……あぁなってしまって……その、お前一人だろ?
 このまま傭兵を続けるのか、それかどこかで定住するのか……
 マローネがどうしたいのか聞こうと思ってさ」

「そんなの決まってるじゃない」
 笑っている。

「お兄ちゃんと“二人で”暮らすつもりだよ?他はどうだっていい」
 浮かべていた笑みが一層鋭くなった。背中を嫌な汗が伝う。
 ……俺の目の前にいるのは本当にマローネか?

 

「マローネ…?」
 息が詰まりそうだ。
 本当に………どうしたんだよ、マローネ……。

「それより、ごめんね。“約束”守れなくて」

 ただ狼狽する俺を他所に、心当たりのない謝罪をするマローネ。
 油断すると彼女の雰囲気に飲まれそうだ。

 ―――“約束”。山小屋のときもそんなことを言ってたな。
 記憶を辿ってみても全く身に覚えがない。
 いったい何のことなのか尋ねようと口を開きかけたが。

「ねぇお兄ちゃん」
 俺が言葉を発するより早くマローネに呟いた。ぬらぬらとした瞳に自分の姿が映っている。

「な、なんだ?」
 さっきよりも顔が近い。思わず背中を仰け反らせて顔を離した。
 こちらの動揺を知ってか知らずか、ふっ、と口元を歪めて嗤うマローネ。

「……っ」
 マローネから感じる、何か得体の知れないものに俺は恐怖した。

 間違いない。

 今さら確信した。
 さっきから感じる威圧感。
 俺への態度が、山道に出掛ける前と劇的に変化していること。
 そして、不気味とも言える笑顔。

 ……マローネは俺に対して、あまり穏やかでない感情を抱いてる。

(やっぱり、師匠が死んだことが原因か…?そうだとするなら、それは俺の……)

「…ここから国境を越えて、その先の森にね、昔、旅団のみんなで使ってたお家があるんだ」

 何やら話し始めたマローネの横顔を眺めながら、ある考えが俺の脳裡を去来した。

 もしかすると。マローネは俺を恨んでいるのだろうか。
 師匠にも、他の旅団のみんなにも、勿論マローネにだって一生かかっても返せない恩があった。
 にも関わらず俺は戦いの場であんな行動をしたのだ。許されないことなのかもしれない。
 マローネにとって師匠は唯一の肉親だし、長年一緒に旅をしてきた傭兵のみんなは家族も同然だ。

 それを、俺は今日。マローネから奪った。

 独りになる辛さは身を持って知っているはずだ。三年前、嫌というほど痛感した。だと言うのに。
 結果だけ見れば俺がやったことはモルドと然して変わらない。

 ――――――もし、そうなら。俺はマローネに断罪してもらわなければならない。

「そこでさ、あたしたちだけで――――――」

 正直、訊くのはとてつもなく恐い。
 でも、はっきり尋ねないと。ここで訊かなければ後々大きなシコリを残すことになる。

 

「…マローネ」

「え?」
 俺はマローネの声を遮って。

「俺が……憎いか?」
 正面から彼女の眼を見た。

「お兄ちゃん…?」

「俺が勝手な行動をしたせいで師匠たちは死んだ。こんな結果になったのは間違いなく俺の責任だ。
 お前が俺を恨んでるんなら、俺が師匠を殺したと思っているなら………」

 お前の前から消えるよ。そう言おうとした瞬間。

「……違うよ。それは絶対違う」

 マローネの雰囲気がまた一変した。
 腹の底から溢れあがる怒りを精一杯抑えるように震えている。
 てっきりそれは俺に対するものだと思い込んでいたのだが。

「なんでお兄ちゃんがそんなこと言うの?お兄ちゃんは何も悪くないじゃない。
 悪いのは全部あいつでしょ。マリィとかいう女。
 あいつがお父さんを殺した。あいつがお兄ちゃんの幼馴染みを殺した。
 あいつがあたしたちから大切なものを根こそぎ奪ったんだよ!?
 あいつが全部悪いんだ。…あいつが。
 あいつが!あいつが!あいつが!あいつが!あいつが!あいつがあいつがあいつがあいつが
 あいつがぁぁぁぁぁッッ!!」

「お、おい!マローネ!?」
 さすがに動揺した。
 言ってる内容もそうだが、それ以上にマローネがこれほど怒りを露わにしたところを
 見たことがなかった。

「なのにッ!!なんであいつはのうのうと生きてるの!!
 あいつこそがとっととくたばるべきなのにッ!!あたしの前をうろうろッ、
 うろうろとしやがってッ!!」

 突然立ち上がり、手近なところにあった花瓶を叩き割る。
 その拍子に飛んだ破片で切ったのだろう、腕に切り傷を創っていた。
 それでもマローネの激昂を治まらない。
 なおも暴れようとするマローネを落ち着かせようと彼女の腕を掴んだ。

「それは違うぞ!団長は何も悪くない!お前も傭兵なら解るだろ!?」
 
 完全に錯乱状態で、こちらの声がちゃんと届いているのかも疑わしい。

「いやッ、いやッ!離して!!
 どうして!どうしてあんな女なんか庇うのっ!?あいつがみんな悪いのにッ!!」

 

「ああするしかなかったんだよっ!ああしなきゃ俺もお前も死んでた!
 団長は俺たちを助けてくれたんだぞ!?彼女を責めるのは筋違いだ!」

「違うッッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 俺の腕を振り解いて恫喝。

「あいつが全部盗ってっちゃうんだ………
 旅団のみんなも、お父さんも、お兄ちゃんも……あいつがみんな――――――」

 一歩下がりながら俺を睨む彼女の目には、涙が浮かんでいた。

「お願いだから、そんなこと言わないでよ……あいつのこと庇わないでよ……
 あたしには………あたしにはもう、お兄ちゃんしかいないのに……」

 しゃくりあげながら。懇願するマローネを見て俺は黙ってしまった。
 いったいどうしたって言うんだ。何がここまでマローネを追い立てている?
 みんなが死んだことでナーバスになってるだけか?それとも……。
 確かに師匠が死んだ直接の原因は、団長が撃った銃弾だ。
 でも、マローネだって傭兵だ。あの瞬間には無理だったとしても、
 今ならああするしかなかったって解ってるはず。

 なのに。どうしてそんなに団長を目の敵にするんだ。
 とにかく、今のマローネを放っておくわけにはいかない。

「マローネ、聞いてくれ。
 師匠が死んだことで俺を責めるのは構わない。
 …だけど団長を恨むのだけはやめてくれ。彼女は苦渋を飲んで汚れ役を買って出てくれたんだ。
 俺が仕出かしたことの尻拭いをしてくれただけだ。団長に非はない」

 せめて。団長に矛先を向けるのは考え直してもらわないと。
 マローネを説得しようと試みたが、聞き入れるどころか全くの逆効果だった。

「違うッ!!違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うッッッ!!!
 悪いのは全部あの女!!あいつがいたからお父さんは死んだ!!
 あいつがいたからお兄ちゃんは苦しんだ!!
 そうに決まってるッ!絶対そうに違いないんだからッ!!」

 首がもげようかというくらいかぶりを振り、拒絶する。
 もういつものマローネの面影は、そこにはなかった。

「お兄ちゃんはあの女に騙されてるんだよ!!あいつが死ねば騙されてたってすぐに解るから!!
 ねっ!?だからあいつ殺して何処か遠くに行こうよ?そうだよ、それがいい!
 それがいいに決まってる!!」

 一気に捲くし立てる言葉の意味と、マローネから伝わる只ならぬ殺意が、
 俺の理性をも奪おうとする。
 そして。

 

「いい加減にしろッ!!」
 俺もどうすればいいのか解らなかった。本当は根気強く説き聞かせるべきだったんだろう。
 だけどマローネの異常に動転していた俺は、怒声で以って彼女を叱りとばしてしまった。

「あ………」
 さっきまでの言い争いが嘘かと思えるほどの静寂。
 この世の終わりだとでも言うように見開かれたマローネの瞳が、俺を射抜く。
 しまった、と思ったときにはもう遅かった。

「……出てって」
 彼女の瞳は何を見つめているのか、彼女のその表情はいったい何の思いの表れなのか。
 本当にもう。何をどうすればいいのかさっぱり解らなかった。

「早く出てってよッ!!お兄ちゃんなんか大ッ嫌い!!
 出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ!!!!」

「まっ、待てよ、マローネ!いいから聞けって!」
 物凄い力で部屋から押し出される。泣き腫らながらも暗いその瞳は、
 俺の声が届いていないことを雄弁に物語っている。
 結局、部屋の外まで締め出されてしまった。

バタンッ!

 蝶番が壊れるかと思うほどの勢いで扉が閉められ、施錠の音が次いで聞こえた。

「マローネ!おい!開けてくれ!!…マローネ!!」
 乱暴に扉を叩くが、もう二度とその扉が開くことはなさそうだった。

「……マローネ…」
 ほとぼりが冷めるまで待った方がいいだろうか。
 いや。マローネがさっき言っていたことが頭から離れない。
 このまま引き下がると、取り返しのつかないことになりそうな気がする。

 もう一度、扉をノックしようと手を上げたそのとき。

「ウィリアム様」

 誰かの声が俺を呼び止めた。


[top] [Back][list][Next: Bloody Mary 2nd container 第19話B]

Bloody Mary 2nd container 第18話B inserted by FC2 system