いつか見た夢 第2話
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 いつもは身体が重いだけの朝も今日はすがすがしく感じる
 幸せ・・・・初恋は実らないと誰かが言った
 あのときの私はなにも答えられなかったけど・・・・
 今なら言える・・・・そんなことない!
 私は手に入れた・・・・彼の心を
 軽い気持ちで大学まで向かう途中ケータイが鳴った
 メール?・・・・・
〈幸治くんに手をだす女はみんな私の敵
 これ以上幸治くんに近づいたら・・・・殺してやるから〉
 私は恐怖よりも呆れを感じた
 彼は大学内でも女子の人気トップ5には確実に名があがるであろう有名人
 空気を読むのがうまいのかな?
 最初は彼のそんなところに憧れたのかも
 私はその正反対だから
 憧れはすぐに好意に変わった
 なぜかって?ないものを持っているからお互いに補い合えばいい
 そう思えたの彼は私にないものを持っている
 でも私も彼が持っていない物を持っているはず
 私は分けてあげたい・・・・彼に私のなにかを
 だからこのような嫌がらせなど安易に想像できた
 ようやく大学内に着いた
 彼は・・・・居た・・・・でも、私の指定席の彼の隣に知らない女性が居た
 何かを話している・・・・なんだろう?この気持ち・・・・
 怖い?彼が私から離れるのが?
 答えは否・・・・もっと違う気持ちだと思う
「どう?付き合ってみない?」
「・・・・・・」
 なんの話をしてるのかな?
 当の幸治さんは上の空・・・・
「聞いてるの?」
「あ、ごめん・・・・」
 女の人の声に幸治さんはようやく意識を戻したみたい
「もしかして、好きな人とかいるの?」
 いかにも遊び人という風貌の彼女は幸治さんに胸元を強調するかのように近づいた
「キミは魅力的だけど・・・・・ごめんね」
 幸治さんは申し訳なさそうに断った
 当然よね・・・・あなたには私・・・・私にはあなた
 昨日そう誓ったものね・・・・
「そっか、ごめんね・・・・邪魔して」
「そんなことないよ」
 彼女に気を使う必要なんてないと思いますよ?幸治さん・・・・
 どうしたんだろう?私・・・・さっきから
 人を愛するって・・・・難しいのかもしれませんね
 わからないことだらけ・・・・
 けど、幸せが先立つ・・・・
「おはようございます・・・・幸治さん」
 彼女が退いてすぐに私はいつもの指定席の幸治さんの隣に腰掛ける
「お、おはよう・・・・」
 少しぎこちないかな?
 気にする必要なんてないですね
 少し不安そうな目が私に向けられる
「どうかなされましたか?」
「ん・・・・なんでもないよ」
 すぐにいつものような笑みを私に向けてくれた

「じゃあ・・・・また明日ね」
 つながれた手が次第に離れていく
 少し切なかった・・・・
「また明日会えるから」
 私の気持ちを察してか幸治さんはやさしくそう言ってくれた 
 あなたは本当に人の気持ちを読むのが得意ですね
「はい・・・・明日逢えるのを一日千秋の思いで待っています」
「おおげさですよ・・・・お嬢さん」
 くすくすと笑みあって手を振ってその場を後にする
 家について私はまずポストの中身を確認した
 新聞と・・・・あれ?
 はがきを手にしたとき私は違和感を感じた
 濡れている・・・・雨なんて降ったかな?
 はがきを取り出すと私の視界に紅が広がった
 なに・・・・これ
 新聞のほうを見てみると新聞自体が黒くて気づかなかったけど・・・・真っ赤に染まっている
 恐怖を感じた私は急いで鍵を取り出して家の中に入る・・・・
「・・・・・・」
 無言の間・・・・私はなにも考えられなくなった
    ぽつぽつ・・・・・ぽつぽつ
 天井まに染み付いたその血が小さな粒を作って床に落ちる
 床には天井から落ちた血の雫が作った粒があたりをまるで絵の具で塗りつぶしたように赤に染めていた
「シャオ?」
 いつもなら帰って来てすぐに擦り寄ってくる飼い猫のシャオの姿がない・・・・
 私は震える脚を引きずるようにして自分の部屋に向かった
 なにも・・・・ない・・・・・シャオは?
 振り向いた瞬間私は一瞬で我を忘れた
「お父様・・・・?」
 ドアのすぐ横に血まみれのお父様が胸にナイフを刺されて横たわっていた
 壁にはこう書いてある・・・・・

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
 壊してやる!壊してやる!壊してやる!壊してやる!
 殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!』

 私はもうなにも考えられなくなってその場にしゃがみ込んだ
 しばらくしてシャオが私のベットの下から恐る恐るといった感じの足取りで出てきた
「にゃ〜ん」
 擦り寄ってくるシャオを撫でて私はようやく我を取り戻した
「お母様?」
 お母様は?冷静さを取り戻し私はそう呼びかけるが当然ながら答えはない
 

 お風呂場にはいない・・・・・台所にも・・・・・庭にも・・・・
 振り返り戻ろうとしたときだった
 ケータイが鳴った・・・・
「は、はい・・・・」
 震える手で私が電話に出ると
〈菜穂ちゃん?帰ったの?今日は早いのね・・・・〉
 お母様だ・・・・よかった、買い物にでも出てて助かったのね
 安堵の息が自然に漏れた
「お母様・・・・大変なの・・・・お父様が!」
 事を伝えようとしたときだった母さんの声色が変わった
〈どうしたの?・・・・・・え!?〉
 ガタンと何かが倒れる音がした
 ガラスの割れる音・・・・
 私は窓の向こうの暗闇の中で電気に照らされて唯一見える部屋に目をやった
 雨がぽつぽつと降り出してきた
 聞いたことがある・・・・この音
 私は倒れた食器棚に目をやった・・・・・食器が割れて散乱して赤に染まっている
〈だ、誰なの!〉
 あ、はははは・・・・・・小さな笑い声がした
 すぐになにかを投げつたような音と共にお母様が叫んだ
〈きゃ、きゃーーーー!!!!〉
 な、なに・・・・・・
 食器の散乱する場所に不自然に人が通ったような後がある
 ところどころにあたりを飾っていた物が壊れて落ちている
 それは投げたことが予想できるほどにバラバラに落ちていた
〈がふ!・・・・・ぐふ!・・・・・あ・・・・・ぐ〉
 聞いたことのない音と共に母の悲痛の叫びが聞こえだんだんと弱くなっていく
 あ、はははは・・・・・さっきよりも大きな笑い声がした
 次第に母の声が消えていく
 がちゃん・・・・電話の落ちる音が聞こえた
 電話の置いてあったところに目線を移すと・・・・
 電話が台から落ちてピーという音を立てている
 その下にはおびただしい血が・・・・・
 ご・・・・ご・・・・ご・・・・・なにかを引きずる音がした
 階段を降りる足音がするとその音はぴたりと止んだ
〈どうした?大声出して・・・・〉
 私の顔から血の気が引いた・・・・父の声だ

〈な・・・・・・がふ!〉
          だっだっだっだ!
 なんの音?・・・・・水の滴る音・・・・がすぐに聞こえてきた
 がたん・・・・膝を折って地面に付いたときのような音がして
 また今度はなにかが倒れる音・・・・
        ご・・・・・ご・・・・・ご・・・・・
 あの音がまた聞こえてきた・・・・
 今度は・・・階段を登っているの・・・・・?
 ぐさ!なにかを裂く音がした
 違う・・・・刺す・・・・音?
 浮かんだのは私の部屋の光景・・・・
 また水のようなものが滴る音がした
 そして今度は階段を降りる音・・・・
      ご・・・・ご・・・・ご・・・・ぎし
 またあの音だ・・・・それと・・・芝生にないかが落ちた音?
      ま・・・・・さか・・・・・
 雷鳴が響いた・・・・電気の光だけだった暗闇をその光が一瞬だけど照らした
「お母・・・・・さま?」
 家の外装の壁を赤く染め母はまるでキリストのように両手を壁に押し付けられて
 その胸にナイフを刺された格好で姿を見せた・・・・
    〈く、ふははは・・・・あ、ははははは!〉
 ケータイの向こうでこの世のものとは思えない声が響いた
    〈壊してやる・・・・あなたのことも・・・・・〉
 冷え切ったその声はいまその瞬間に人を殺したものの声には聞こえなかった
 通話が切れる・・・・・
 私は震える指でケータイのボタンを押す
〈・・・・菜穂?どうしたの?〉
「た・・・・すけ・・・・・て」
 最後の力で私はそう言うと意識を失った


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