お願い、愛して! 第4回
[bottom]


 久しぶりの瑞菜の笑顔に、自分の胸が高鳴るのを感じた。
 控えめで上品に通った鼻筋、潤んだままの唇、瑞菜の性格を表しているかのような
 穏やかで綺麗な瞳、そして少しの風でも揺れる柔らかな亜麻色の髪。
 瑞菜の小柄で華奢な身体からは、日光を自分だけ受けていないんじゃないかと思うほど、
 純白の手足が覗かれていた。
 そのどれをとっても、美少女という形容は外れそうにない。
 こんな娘の隣を今まで、あの時の自分が歩いていたのかと思うと、どうしようもなく苛立った。
 瑞菜がどれだけ恥ずかしい想いをしてきたのか、何も分かってなかった。
 恋に揺れて、相手のことを思いやることも、魅力の違いを知ることもできなかったんだ。
 ……いや、それも言い訳にすぎないな。
 ただ単に、辛い時を支えあってきたこと、家族のように付き合ってきたということに執心して、
 いつまでも自分と瑞菜の間には距離など生まれないと、勘違いして来たのかも知れない。
 思わず自嘲してしまうほど愚かでバカバカしい。
 そして人の目や瑞菜のためだなんだのと理由をつけながら、結局は瑞菜に気に入ってもらえるために、
 痩せて、眼鏡をコンタクトに変えて、髪や顔を念入りに手入れして、変な趣味も止めて、
 迎えに来たりしてる。
 嫌われてるっていうのに、諦めの悪いことだ。
 実際本当に隣にいても、瑞菜が不快な気持ちを味わっていないか、さっきまで気になって
 しょうがなかった。
「えへへへ……」
 だけど、そんなものは杞憂だ。とでも告げるように、さっきから異様に上機嫌の瑞菜。
 そんな嬉しそうだとこっちまでなんか嬉しいな……。

「迎えに来てくれて、ありがと」
「いや、俺がこの前自分から言ったことだったからさ」
「え?」
 俺の言葉に瑞菜は少し驚いたように、目をぱちくりさせた。
「……キョータくん、自分のことを『俺』なんて言ってたかな……?」
「あ……えっと」
 返答に困った。確かに以前、俺は自分のことを『俺』なんて言っていなかった。
 だけど、その理由なんて瑞菜に言うようなことじゃない。
「キョータくん?」
「……なんか変か?」
 少し無愛想に言うと、瑞菜の顔が蒼白になった。
「あ、ううん! ちがっ、違うの! 全然変なんかじゃないよっ? ごめんね
 、生意気なこと言っちゃって……。ただ少し驚いただけ、ただそれだけなの。
 ほんとに、ほんとにごめんね? キョータくんのこと悪く言ったわけじゃ、全然ないんだよ?
 そんなこと言うわけないから…………」
「お、おい! 瑞菜、どうしたんだよ? 落ち着いてくれ」
 今にも泣きそうなほど不安げに俺を見つめる瑞菜の、その過剰すぎる反応。
 いったいどうしたんだ?
 俺が一人称を変えた理由は、単に、ある種の今までの自分との決別のような意味合いしかなかった。
 ただ、自分自身に自我を少し強く見せることで、ずっと瑞菜に依存してきた『僕』を
 少しでも消し去ることができるように――。
 結局は矛盾した行動をとってるわけだけど。

 でも今はそんなことより瑞菜のことが気になる。
「嫌わないで? ね?」
 嫌う? 俺が? 誰を? ……瑞菜を?
 有り得ない……。そんなことは昔も、そして今も有り得なかった。
 俺は嫌ってなんかない。嫌ったのは――。
『あの人は……あんまり好きじゃないけど』
 思いかけて、俺は頭を振った。
 瑞菜は、誰かに嫌われることを怖がってるのかも知れない。あの時のことがまだ瑞菜の中で
 傷跡となってるんだ。
「そんなことで嫌うわけないだろ……? 俺がちょっと無愛想に言ったのが悪かったんだよ。ごめん」
「キョータくん……」
 瑞菜は首を横に振って、
「違うよ。キョータくんは悪くないよ? ……えへへ、キョータくん、夏休みが終わって
 ちょっと見た目とかが変わっちゃってたから不安だったんだ。キョータくんは優しいままの
 キョータくんだったね」
 そう言って、瑞菜は少しだけ笑って見せてくれた。
 その微笑みの妖艶なまでの可愛さと綺麗さに、俺は思わず見惚れてしまっていた。

 ――変わったのは、本当に俺だけだろうか?


[top] [Back][list][Next: お願い、愛して! 第5回]

お願い、愛して! 第4回 inserted by FC2 system