お願い、愛して! 第2回
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 あの後、ほとんど耳に入らなかった理恵ちゃんの話がようやく終わって、キョータくんのいるクラスに
 向かった。
 だけど、クラスの扉から中を伺っても、キョータくんの姿は見当たらなかった。
 クラスの人に訊いてみても、分からないとか、見てないとかクラスメイトなのに無責任なことばっかり
 言って。
 いつもはわたしが来るまで待つか、たまに待ちきれなくなってわたしを呼びに来るかのどっちかで、
 黙ってどこかに行ってしまうなんてこと滅多になかったのに。おかしいな、と思って昼休みの間、
 学校中まわって探したけど、結局――見つからなかった。
 放課後も、すぐにキョータくんのクラスに行って探したけどやっぱりいなくて。
 一抹の不安がよぎって、泣きそうになった。
 でも前にも何か用事があってこんなことがあったから、今回も何か用事でもあったんだ、
 って必死に思い直してあまり気にしないことにした。

 ……不安が現実になったのはその次の日だったんだ。

「キョータくん……お、おはよ〜!」
 少し不安を感じながらも、いつものように二階のキョータくんの部屋に向かって大きく
 おはようをした。いつも起こしに行くよりちょっと早い時間。わたしはゆっくり話しながら
 余裕を持って学校に行けるように、その時間をとった。
 一心にキョータくんのいる部屋の窓を見つめる。
 ――ねぇ、早く。早く姿を見せて。早く声を聞かせて。昨日一緒にご飯食べられなかっただけでね、
 一緒に帰れなかっただけでね、もうわたし、駄目になっちゃいそうなんだよ?
 キョータくんの声がないと今日一日頑張るなんて無理なんだから。ね?
 だから早く……。

「先に行ってて、今起きたんだ!」
「えへへ、そんなの待ってるからいいよぉ!」
 いつも、そうだったじゃない。
 待てって言われたら一日中だって……待ってるんだよ?
「…………」
 ……あれ?
「時間はあるんだから、ゆっくりさせてよ」
「え……?」
「急かされたくないんだ。早く行ってよ!」
 え……ぇ?
 わたしが毎日、キョータくんを急かしてたの?
「あ、ご……ごめ……! そんなつもりじゃなかったの……あのっ」
 ――シャー
 キョータくんはわたしの言葉を遮るようにカーテンをしめてしまった。
 ……。
 …………。
「キョータ……くん……」
 残された私の言葉は、小さくなって、曇天に消えた。

 

 ――最近、白河さんの様子がおかしい。
 そんなクラスの男子の噂が耳に入った。白河は瑞菜の姓だ。
 気になったが、訊いたところで教えてくれるとも思わなかったので、そのまま聞き耳をたてた。
 噂によると、元気がない。呼んでも返事をしない。睨んでくることがある。
 たまに目の下に小さなクマができている。など、普段の瑞菜からはあまり想像できない様子のものだった。
 もしかしたら、何か疲れているのかも知れない。
 様子を見に行きたかった。何とかして元気をつけてやりたかった。
 嫌われていると分かってても、今も昔も、何よりも大切な幼馴染であることには変わりないのだ。
 悩みがあったら聞いてやりたいし、辛いことがあったなら慰めてやりたい。
 いつか、あのどうしようもない苦しみの中で支えあったように……。
 だけど、僕のせいで瑞菜の評判を落とすようなことがあってはいけないから、
 今、瑞菜に会いに行くことはできない。
 幸いにも、明日には夏休みが入る。
 僕にとっても好都合だし、瑞菜もこの長期休みでゆっくり休養することができるだろう。

 授業が終わって、瑞菜が来る前にすぐに家に帰り、携帯の着信を確かめると、
 いくつもの留守電やメールが溜め込まれていた。
 宛名は全て瑞菜からだった。時間を確認すると、休み時間や昼、放課に集中している。
 僕は携帯を手に取ったまま、長い間、中身を確かめるでもなく、呆然とディスプレイを眺めていた。
 どれぐらい経ったか分からなくなった頃、胸が苦しくなる想いをしたが、結局中身は確かめず、
 返事を一通だけ送った。
 中身を読んでしまえば、この想いを抑える事ができなくなってしまいそうだったからだ。
 送った一通のメールの内容は、
『夏休みの間、留守にするよ』
 その短いたった一行だった。

 

 どうして? なんで?
 キョータくんが、わたしを避けてる……?
 おかしい、おかしいよね? そんなの絶対へん。
 そんなこと今までなかったのに。まわりの子達が思春期で男女が疎遠になってからも、
 わたしたちだけはずっと一緒だったのに。
 わたし、なにかキョータくんに失礼な事しちゃったのかな?
 あの時、お昼誘いに行くのが遅かったから? そうなんだ、そうなんだよね?
 ごめん、ごめんね……。あんな女に構っちゃったばっかりに。もうこんなこと絶対ないから。
 友達や先生に声をかけられても無視して行くよ。わたしだって本当はそうしたかったんだよ?
 もう良いよね、仲良しぶらなくても。なんか疲れちゃったし。
 それともわたしといるのが恥ずかしくなっちゃったの?
 ごめんね、わたし不細工だから……ごめんなさい。おかしいのどこかな?
 髪? 顔? 胸? お腹? 手足?
 キョータくんが気に入らないなら髪も切っちゃうし、ダイエットだっていくらでもするし、
 整形や豊胸手術だっていつでも受けてあげるよ。ううん、あげるじゃなくて、したいの。
 キョータくんが望むなら、こんな身体に未練なんかない。
 ねぇ、キョータくん……だから……一緒にいようよ。
 こんなお仕置き、耐えられないよぅ…………。他の事なら、どんなことでもしていいから……。
 キョータくん……キョータくん……っ。

 ――ピピピピピ
 うるさい着信音に、わたしはけだるさを感じる身体を起こして、丸テーブルに置かれた携帯を手に取った。
 制服の下に感じる生暖かくて、ぐちゅぐちゅと湿っぽい感触に自慰後の自己嫌悪を煽られ、
 早く寝て全部忘れたいと考えてしまう。

 宛名――キョータくん。
 え……っ?
 キョータくん……?
 キョータくんだぁ……!
 あれだけ送っても返してくれなかったのにっ。

 私は歓喜に震える手を必死に抑えて、すぐにメールを開いた。

『夏休みの間、留守にするよ』


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