とらとらシスター 第32回
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 ベッドに腰掛けて大きく息を吐き、そのまま天井を見上げた。
 計画は全て上手くいっている、順調すぎて自分でも少し恐ろしくなってしまう程に、だ。
 先程の夕食のときに聞いた話によれば青海ちゃんは死んでしまったらしい。
 楽観主義者のママでさえ沈黙したその場の空気はとても重く、あたしはそれに合わせて
 笑いを堪えるのが大変だった。下を向いて肩を震わせていたことと目尻に浮かんだ涙を
 虎徹ちゃんは上手い具合いに勘違いしてくれたから助かったけれども、それがなかったら
 本当に危なかった。
 せっかく進めてきた計画がつまらないことでおじゃんになるの程、興冷めするものはない。
 努力を無駄にされるのも嫌いだし、第一虎徹ちゃんには嫌われたくはなかったから。
 そんな思いで頑張った結果、神様はあたしを選んでくれた。正直なところ、今日一日でこんなにも
 進むなんて思ってもみなかった。早くてもあと二周間はかかると思っていたし、
 こんな状態になるのは更に先だと思っていた。
 やってみたことといえば言葉にするのもつまらない、下らないもの。虎徹ちゃんの常識を
 破壊したときとあまり変わらない。サクラちゃんの嫉妬を扇り虎徹ちゃんに関係を強要させるよう
 仕向けたときと何ら変わりはないものだ。ただ、その方向性を変えただけ。
 今度は嫉妬ではなく怒りを扇る。

 それだけのことだけれども、これは一つ目のように簡単にいくとは思ってはいなかった。
 サクラちゃんが虎徹ちゃんを想っては自慰行為をしているのは知っていたから、
 あたしと虎徹ちゃんがそういうことを見せつければ簡単に箍が外れそうなのは分かっていた。
 それを強く望んでいれば、他人が口火を切れば人は簡単に後続に着く。何も心配などせずに、
 溺れることが出来るのは二年前のことで分かりきっていたから。
 でも、二つ目はそうはいかない。
 だからゆっくりと待っていた、それこそ心が折れそうになる程に我慢や忍耐を重ねて。
 あたし自身が暴れたくなることも一度や二度ではなかった、それこそいつ怒りが爆発しても
 おかしくない状態だったのだ。最終的にはあたしのものになると分かっていても、
 痛みが完全になくなる訳ではない。それどころか、サクラちゃんの依存を増やす為に
 全て絞りとるのを我慢し、虎徹ちゃんが青海ちゃんと仲良くしていることに耐え続けるのは
 辛かった。二人の仲に対するサクラちゃんの怒りと悪意を扇る為に、自身の腹腸が
 煮えくり返るのを表に出さずなだめるのはひたすら苦痛だった。
 その結果、サクラちゃんは爆発した。
 あたしがそうなる前にしてくれて良かった、という思いがある。今のサクラちゃんの様子を
 見たときに安堵したことであたし自身もかなり危ないところまできていたと理解したときは、
 本当に肝が冷えた。だけれども結果は結果、あたしの勝利。

 青海ちゃんは死んだから。
 多分、正確に言えばサクラちゃんに殺されたんだと思う。そう考えることができる材料は、
 山程ある。まず皆が虎徹ちゃんを慰めている中、サクラちゃんはあまり積極的ではなかった。
 どんなに青海ちゃんと仲が悪くても、より近付くために優しい言葉を投げ掛けるのは当然のこと。
 それなのに虎徹ちゃんから一歩引いていた。それは家族の皆に青海ちゃんの死を知らせた
 夕食の時間よりも前に、二人の間に何かがあったということだ。
 それが何かと言えば、多分虎徹ちゃんにばれてしまったということが妥当。
 虎徹ちゃんに対して何も慰めの言わない、ともすれば冷血だと思われるような態度の
 サクラちゃんをかばうように、夕食前に慰められたと言っていたけれども、
 絶対にそれだけではないのはあたしから見てみれば一目瞭然だった。悲しみだけじゃない、
 怯えも混じったような瞳で何度も虎徹ちゃんを見ていれば簡単に理解ができる。
 虎徹ちゃん自身も多分表に出さないように頑張っていたんだろうけれど、
 それでも注意深く見ていればサクラちゃんに対する態度が少し妙なのか分かった。
 どんなやりとりが二人の間にあったのかは知らないけれど、サクラちゃんが青海ちゃんを
 殺したのは間違いなく知っていた筈だ。慰めている途中で青海ちゃんを馬鹿にしたから、
 という可能性も考えたけれど、それだけではあの態度にはならないだろう。ばれるにしても、
 やったことがそれ程酷いことではなかったのならばまだ何とかなったのに。

 つくづく救いのない話だと思う。
 まぁ、あたしには好都合だけれど。
 しかし、殺人かぁ。 心の中でその物騒な単語を、何度か呟いた。
 サクラちゃんも、随分と思いきったことをしたものだ。さっきも考えたけれど、
 例えば軽く怪我をさせる程度ならばまだ何とかなった。それは虎徹ちゃんも怒るだろうけれど、
 取り返しのつかない状態にまではならない。上手く誤魔化せば事故と言い張ることもできるし、
 謝ったりして罪を消すこともできる。けれども、殺人だけはどうにもならない。
 罪を消したりだとか償うだとかを遥かに超越した位置に存在するそれは、
 永遠に消えることなく付き纏う。誰にもばれなくても、それは変わらない。
 本当に、馬鹿な娘。
 あたし個人としては、そこまでして貰わなくても良かった。確かに、もう青海ちゃんが
 虎徹ちゃんに近寄ることはなくなったし、これ以上そちらに心がなびくこともなくなった。
 けれども狂ってしまうのだ、計画が。本来なら暴れるだけ暴れて、単に青海ちゃんを
 引き剥がしてもらうだけの役目だったのに、あろうことか殺してしまうなんて。
 普段はクールぶっているのに、中では相当熱くなっていたらしい。
 日常の中でもそんな一面を見せることも少なくなかったから実際に計画した訳だけれども、
 まさかここまでとは思いもよらなかった。煽る量を間違えたあたしのミスでもあるけれど、
 この予測は不可能だ。

 しかし今回ではっきりと分かった、切れすぎる刃はしっかりと鞘に収めなければやがて
 あたし自身もそれに切られることになりかねない。
 どうしよう、と考えたところで今の状況の滑稽さに気が付いた。
 間抜けすぎて笑えてくる。
 簡単に殺されてしまった青海ちゃんも、
 うっかり殺してしまったサクラちゃんも、
 匙加減を間違えてしまったあたし自身も。
 面白い。

 せっかく邪魔者が居なくなり、サクラちゃん自身もミスをして自分から遠ざかることに
 なったのに、幾つもフォローが必要な部分が出来たということが。
 吐息を一つ。
 これからは、大仕事だ。虎徹ちゃんの意思こちらに向けて依存させたり、
 もしかしたらあたしに向いてくるかもしれないサクラちゃんの棘を抜いたり、
 殺人が表に出ないように二人を説得したり、二人を普通の兄妹に戻したり、やることは沢山ある。
 しかし、それを終えれば虎徹ちゃんは永遠にあたしのものになる。そうして二人で築きあげるのは
 完全無欠に閉じられた、絶対無比の夢舞台。観客も立ち入らせず、役者が役者の為だけに
 踊り続ける理想郷。
 想像するだけで、体が芯の部分から震えてくる。
「あはっ。待っててね、虎徹ちゃん」
 展開が少し早いと思ったけれども、良いことをするのならば早いに越したことはない。
 込み上げてくる笑いを堪えながら、あたしはいつもの如く虎徹ちゃんの部屋へ向かった。


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