とらとらシスター 第31回
[bottom]

 戸が開く。
「すいません、遅くなって」
 微笑みながらサクラが部屋に入ってくる。
「気にしないで」
「すいません。でも私、兄さんのそんな優しいところも好きです」
 頬を僅かに赤らめながら言うサクラの姿は、とても可愛い。たったそれだけの仕草なのに
 思わず愛しさが込み上げてきて、ベッド横のカラーボックスの上にペットボトルとコップを
 置くのと同時に抱き締めた。背後から抱き締めているにも関わらず表情まで分かるような
 慌てぶりに、つい口から笑いが漏れる。
「ちょっと、展開早いですよ?」
「ごめん、つい」
 抱き抱えたまま離さずに、ベッドへ腰掛けた。多少妙な感じがあったらしくバランスが
 少し崩れたものの、そろでも拘束は解かなかった。
 僅かに聞こえた甘い抗議の声に答えようとして、しかし止めた。
 体温が欲しくなったから、とは言わない。せっかく慰めてくれたのに自分から掘り出すような
 ことはしたくないし、それをしてくれたサクラに対しても失礼だ。だから、言葉の代わりに
 抱く力を強くする。サクラが好きだと言っていた少し強めの力に応えるように、
 頭を僕の胸板へと擦り付けてくる。普段はまるで虎のように思えるような部分が多いが、
 こうして甘えているときはまるで猫のようだ。
「兄さん」
「ん?」
 囁くような声での呼び掛けに、聞き取りやすいよう顔を下げる。
 一瞬。
 かすめるようにして唇を重ねた後、サクラははにかみ、
「言葉を出したりするのだけが、唇の役目じゃないですよ?」

 それに同意するように今度は僕の方から唇を重ねると、サクラの舌が割って入ってきた。
 口内全体を味わうように満偏なくしゃぶり、ねぶり、吸ってくる。更にそれだけでは
 満足出来ないとでも言うように、舌に絡み付いてきた。それを自分の口内へと引き寄せ、
 互いに内部を確認しあう。唾液を交換し、飲み込むとサクラは不釣り合いな程に
 艶めいた笑みを浮かべてこちらを見つめてきた。
「兄さんの、美味しいです」
 言葉に応えるようにもう一度唇を重ね、サクラの中へと唾液を流し込んだ。
 わざとらしく音をたてながら飲み、まだまだ欲しいとばかりに潤んだ瞳で顔を覗いてくるのが
 何ともいやらしい。
 気付けば僕は、シャツの中へと手を滑り込ませていた。きめ細かく滑らかな腹部を撫で、
 軽く臍の辺りをこじると擽ったそうに身をよじらせる。そのままなだらかなラインの脇腹を経て、
 肋骨の線をなぞりつつ、指先が乳頭のところまで辿り着くと甘いだけではない声が漏れてきた。
 既に硬くなり始めている乳首を転がすように擦り、耳を甘噛みすると泣くような声と共に、
 サクラは大きく身をくねらせた。
「あの、はしたない女だと思わないで下さいね? その、下も」
「何を今更」
 可愛いなぁ、と言いながらスカートの中へともう片方の手を滑り込ませる。
 下着の上から割れ目をなぞり、僅かに浮き出た突起を摘む。それだけでクロッチ部分に
 愛液が広がるのが、指先の感覚で分かった。

 初めてではないけれどそれでも、僕の愛撫で感じてくれているというのが嬉しい。
 念入りに続けていると湿った感触だけだったものが、指先に絡み付くようになってきた。
 下着をずらして中に指を差し入れるとそれで達したのか、抱く腕に強い抵抗が来た。
「挿入れても良い?」
 尋ねれば返ってくるのは、首の僅かな上下の動き。それによって胸板に打たれる頭部の弱い力で
 サクラの存在を感じながら、シーツの上に横たえらせた。そして下着を膝下まで降ろすと
 硬くなっている僕のものの先端を当て、馴染ませるように僅かに上下になぞった。
「あの、兄さん。こんなときに、しかも自分で言うのもアレですけど」
 何だろう。
「今こうしていて、青海さんはどう思うでしょうか?」
「サクラはどう思う?」
 我ながら質問を質問で返すことを卑怯だと思いながらも、訊いてみたくなった。
 青海のことを嫌っていた、と言うよりも単に敵対していただけだったサクラの意見だからこそ、
 興味を持った。今こうして名前を持ち出してきた意味が知りたかった。
 僕の言葉にサクラは少し黙り、
「正直、妬いてると思います。私がその立場なら、きっとそうですから」
 そうだろうなぁ、と僕も頷く。
「でも、最後には笑いますよ。自己肯定じゃないですけども、やっぱり最愛の人が笑っているのが
 一番ですから」
 やはり、そうなんだろうか。
「青海さんもあんな悲惨な死に方でしたけど、きっと大丈夫ですよ」
 待て。
 突然覚えた違和感に、心臓が高鳴った。

「体はバラバラに砕けても、心は綺麗なままです。きっと天国で見ていてくれていますよ」
 こいつは今、何て言った。
 何故サクラは青海があんな死に方をしたことを知っているのか。僕は青海が死んだことは話した
 けれども、それがどんな風だったのかは言っていない。それなのにこんな発言を
 出来るというのはおかしい。
「虎桜」
「何ですか、改まって」
 本人が嫌がるので普段は使わない、本当の名前で呼ばれたことに少し疑問の表情を浮かべながらも
 赤く染まったままの顔で尋ねてくる。
「何で、青海がそんな風に死んだことを知っているんだ?」
 知る方法は大きく分けて三つになる。
 一つ目は、人から聞いたりビデオなどの媒体から情報を得る方法。端的に表現すると、
 間接的に情報を仕入れることだ。だけれども、僕はサクラに言っていないのでこれは違う。
 他人がサクラに教えることもまず有り得ないので、これは該当しない。
 二つ目は、実際にその光景を目撃した場合だが、これも違う。第一、これは一つ目にも
 当てはまることだが、知っていたのなら僕の事情が察せられる筈だ。
 しかしさっきの発言の前までのことを言うのなら、サクラは何も知らなかったということが
 前提でなければ僕に事情を聞くということは成り立たない。つまり、どちらにも該当しない場合
 でなければ成り立たないのだ。
 だから、残るのは三つ目。

 自分が青海を殺した犯人だった場合だ。そうすれば知らなかったふりをせざるを得ないから、
 これまでのことにも筋道が立つ。
 僕はサクラを睨みつけるように見て、
「何故だ?」
 再度尋ねた。
「……それは」
 目を背けるサクラを見て、溜息を一つ。
「殺したな」
 底冷えするような声が漏れてきた。
「あの、兄さん」
 追いすがってくるようなサクラの声を無視して、体を離した。つい先程まで心地良いと感じていた
 サクラの体温までもが、忌まわしいものに思えてくる。股間の先端部分に付いたぬめりを
 取ろうとしてティッシュを取ろうと身を屈めたところで、弱い抵抗が来た。
「兄さん、その」
「何だ、虎桜」
 シャツの裾を掴んでいる手を振り払うように、少し距離を空けながら振り向いた。
 視界に入ってくるのは、血の気が引いて青ざめた顔。怯えているような、今にも泣きそうな色を
 浮かべたそれは何とも痛々しい。事情を知らない者が見れば誰もが庇護欲を掻き立てられる
 であろうその表情だが、僕には別のものに見えた。
「その」
 サクラは何かを言いかけ、しかし言わずに視線を床へと向ける。
 数分。
「出てけ」
 しかし、サクラは下を向いたまま動かない。
「頼むから、出ていってくれ」
 今度は少し強めに言葉を投げ掛けた。サクラは体を小さく震わせると、漸くベッドから降りて
 歩き出す。ふらつきながら僕の横を通るときに何かを呟いたようだったけれども、
 それは聞こえなかった。
 数秒。
 何かを言いた気な悲しそうな表情で僕を見ていたが、結局サクラは何も言わずに部屋を出た。
 僕一人が残った部屋は、何故かいつもより広く感じる。それは、多分芝居だったとはいえ、
 僕を慰めてくれた妹が意思を持って隣に居てくれたからだろうか。
「どうしろっつうんだよ」
 僕は溜息を吐き、ペットボトルの水を飲んだ。それは何故か、妙な味がした。


[top] [Back][list][Next: とらとらシスター 第32回]

とらとらシスター 第31回 inserted by FC2 system