白き牙 第6話
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 パーティーを組んで実際戦ってみると良く分かる。 このコ――クリスの強さが。
 とてつもない攻撃力を持つ反面凄まじい重量のこの巨大グレイブ。
 ギガンティスグレイブと言うらしいのだが。 実際触らせ貰ったんだけど物凄く重たい。
 こんなもの屈強な大人の戦士だってそうは簡単に振りまわせるような代物じゃない。
 確かにクリスは細い割りに物凄く引き締まった筋密度の高い躯をしてる。
 だが其の強さの最大の秘密はこのコの使える魔法にあった。
 魔法と言っても火炎とか冷撃とかみたいな派手なものでは無く戦士であるクリスならではのもの。
 それはブーストアップつまり筋力増強。 ――魔法と言うより内気功に近いかな?
 昔一時リオと其のお師匠さんの下にいた時其の素質を見込まれ
 戦士団に引き取られていったらしい。
 そこで修行を積み現在の戦闘スタイルに到ったらしい。
 そして其の戦闘そのものも鬼気迫るものがあった。
 やはりこのコにとってモンスターは仇そのもの。
 戦闘の度に其の思いをぶつけてるのだろうか。

 で、現在私たちはと言うと敵モンスターと戦闘中。だが其の相手は三下の雑魚なんかじゃない。
 そう、ウォドゥス以来となる中ボスクラス――魔将軍ロザゥド。
 其の容貌は一言で言ってしまえば――巨大なテナガザル……何て言ってしまうとあれだが
 そんな可愛らしい物じゃ無い。
 其の面構えはまるで骸骨、口に並ぶは剥き出しの牙、くぼんだ眼窩の奥には
 鬼火のような瞳が妖しい光を湛えている。
 全身は柔軟かつ強靭な筋肉と鋼のような剛毛で覆われ……、まぁコレはそれほど問題でもないが。
 何せ私のアルヴィオンファングで切り裂けなかったものなど今まで無かったのだから。
 だが問題はやつの腕とその身のこなし。
 腕が――リーチが異様に長い上に更に其の指先にはまるで刀剣のような鋭い鉤爪が並んでる。
 そして何より其の敏捷性、素早さが半端じゃない。
 素早きもの敏捷なものに対し、ましら(猿)の如しなんて言葉があるがコイツが正にそれだった。

 其の強さは正に魔将軍の名に恥じない本物。
 以前闘ったウォドゥスをも遥かに凌ぐものだった。
 だが、戦況は私達にとって非常に有利に運んでいた。
 そう、こんなリーチが長く素早い相手は私にとって最も嫌な相性の悪い敵。
 私とリオだけだったら苦戦どころか勝てるかどうかさえあやしかった。
 だが今私達には新たな仲間が――クリスがいた。
 確かにヤツの――ロザゥドの全身を覆う剛毛は
 クリスのグレイブの一撃を持ってしても切り裂けない。
 だがグレイブの其の長いリーチによる連携とサポートは私にとって大いに助けとなった。
 クリスのサポートのお陰で私は易々と長いリーチをかいくぐり
 着実に斬撃を加え続ける事が出来た。
 一撃、また一撃とアルヴィオンファングがロザゥドの剛毛を切り裂く度に鮮血がほとばしる。

 そして……。
 ついにアルヴィオンファングがロザゥドの首を捉えた。 鮮血を挙げ魔将軍の首が中に舞う。
 だが直ぐには気を抜かない。 ウォドゥスの時はそれでリオに大怪我を負わせてしまったから。
 あの時は自分の詰めの甘さ、不甲斐なさに自分で自分が許せなかった。
 だから今回は最後まで気を抜かない。
 やがて生首の目から生気が消え、暫らく痙攣してた仰向けの首なし死体が完全に沈黙してから
 やっと気を緩める。
 振り向けば傍らにはリオとクリスが立っていた。
「おつかれさまでしたセツナ」
 そして私を労うかのように優しく微笑んでくれた。 この笑顔で私は全て報われる思いだった。
 私は喜びを其の身で表すように思いのたけを込めてリオに抱きついた。
 私が死と隣り合わせのこの危険な戦いに身を投じられるのも
 全てはリオの為のようなものなのだから。

「ううん。 私一人の力じゃないわ。 リオとクリスが助けてくれたからこそ勝てたのよ。
クリス、今回コイツに勝てたのは本当あなたのお陰によるところが大きかったわ。
 本当にありが……」
 そう言いながらクリスのほうを向き私は思わす息を飲んだ。
 其の目には敵意とも殺意とも言える光が宿っていたのだから。
「いえ、ボクなんて大した事無いですよ。 全てセツナさんの活躍によるものですよ」
 だが次の瞬間にはいつもの笑顔があった。
 一体何なのだろう。 初めて出会ったときもそうだったが時折見せる
 この敵意のこもった眼差しは。
 最初、気のせいだと思ったのだが。 いや、今でもそう思いたいのだが……。

 このコ――クリスは戦闘となるとその戦いぶりは苛烈にして鬼気迫るほど。
 でもスタンドプレーに走ったりせず上手く私との連携を、
 サポートをとても上手くこなしてくれている。
 実際今の魔将軍との戦いなど彼の助けなくしては勝てなかったほどで本当に助かってる。
 戦闘以外のときでも気心の知れたリオには勿論だが私とも上手く付き合ってくれてる。
 それなのに時折敵意や殺意のこもった視線を感じる時がある。
 尤も次の瞬間には微塵もそんな様子は伺えないのだが。

 分からない。 何か私このコに恨まれるようなことが?
 でもそれならどうして戦闘の時あんなに一生懸命健気にサポートしてくれるの?
 

 それから数日後。
 それはある寝苦しい夜のことだった。 寝汗が気持悪くて私は一風呂浴びようと体を起こした。
 丁度現在宿を取ってる村は温泉で有名な場所だったし。
 ちなみに川の直ぐ側で温泉が湧き出てるので川の水で温度調整しながら入る
 そう言うタイプの温泉。
 そして温泉に浸かろうと歩を進めると湯煙の中に人影が見えた。
(誰かしらこんな遅い時間に私以外にも湯浴みなんて……)
 そう思い目を凝らしてみると。 え……?

「クリス?」
 そう、そこに居たのは私達の頼もしい仲間の姿。 だが――。
「アンタ女の子だったの?」
 そう、リオが弟分だと言ってたし、一人称も『ボク』だったので
 てっきり男の子だと思い込んでたが、でも改めて本人から其の性別を聞いたわけじゃない。
 だが目の前の全裸のクリスの胸はささやかながらも――
 そう裸でもなければ分からない程でではあるが確かに女性特有の二つのふくらみがあった。

 そんな事考えてた次の瞬間クリスは突然腕を振りかぶり……
 私は反射的にその場を飛び退いた。
 次の瞬間さっきまで私が立っていた其の場所にはギガンティスグレイブが刺さっていた。
 咄嗟に飛び退かなかったなら今頃私はこの巨大薙刀にも似た武器に串刺しになっていただろう。
 突然のクリスの行動に私は戸惑いと、そして背筋に冷たいものを感じずにいられなかった。

 一体どう言う事?
 察するに今までは女である事を隠してたのにそれがバレて思わず咄嗟にあんな行動を?
 にしてはチョット過激すぎない? 私じゃなきゃ死んでたわよ?!

 だけどそんな事を悠長に考えてられるような状況じゃなかった。
 気が付けば直ぐ目の前にクリスが凄まじい形相で迫ってきてた。
 そして其の手には大振りの短剣――いや其のボリュームは短剣と言うよりまるで鉈……。
 私は咄嗟に抜剣した。
 ≪≪ ギィィンッッ!!! ≫≫
 次の瞬間刃と刃がぶつかり甲高い金属音が鳴り響いた。 そして手に伝わってくる振動。
 このコ本気で私を殺そうと……?

「ちょ、ちょっと待ってよクリス! い、一体何なのよ?!」
 だがクリスは私の問いに応えようとはせず
 尚も凄まじい勢いで短剣を振り回し私に斬りかかってきた。
 短剣とは言っても其の長さは40センチあまり、身幅も10センチ以上はありそう。
 一撃でもまともに喰らえば致命傷に、当たらずかすっただけでも
 ザックリ切り裂かれてしまうだろう。
 鎧も身に纏ってないこの状況でははっきり言って本気で洒落にならない。
「ちょ、チョット待ちなさ……」
 次々繰り出される剣撃は其の一つ一つがすさまじく重たい。
 私の刃は折れたり刃こぼれしたりするような心配の要らない代物だけど
 でも私の腕はそうはいかない。
 受け止めるたびに腕に痺れが残る。
 受け続ければ私の腕がどうにかなってしまいそうなほどだった。

 

「だ、だから落ち着きなさいっての! い、一体何なのよ?!」
 打ち疲れたのかやっと剣撃が少し収まった所で私はまた問いかけた。
「ねぇ応えてよ? 本当にどういうつもりなの? 私何か恨まれるような事でもした?」
 返事は無い。 クリスは尚も鋭い敵意を剥き出しにした視線で睨んでくる。
「若しかして……リオのこと」
 クリスの表情がかすかに動いた。

「確かにボクはリオにいさんの事が好きです。 兄のような存在としてではなく男性として。
 でもね……別にボクが女だとも、この思いをリオ兄さんに打ち明けるつもりもありません。
 だって……」
 そう言うとクリスは長い前髪をかき上げた。 そして其の前髪の下から現れたのは……。
 思わず息を呑んだ。
 前髪の下から現れたのは潰れた目とあまりに大きな傷跡。
 髪で傷を隠してるのは予想してたとは言え、其の傷の大きさは
 予想以上に凄まじいものだったのだから。
「だって、こんな大きな傷が顔にある女、女として見てくれ何ていえるわけ無いでしょ?」
 そう言ったクリスの声はどこか悲しげであった。

「だからね、女としての幸せなんていらない。 只戦士として側にいられれば、そう思ってたの。
 戦士としてで良いから誰よりもリオにいさんの近くにいたいと。 だけど……」
「リオの側には既に私がいた……」
 私がそう言うとクリスは私を睨んだ。
「だから私を殺そうとしたと言うの? でも、それなら教えて。
 何故今まで私を助けてくれたの?」
 そう、ずっと疑問だった。
 このコは仲間になってからと言うもの今までずっと戦闘で私を支え続けてくれてた。
 特に先日の魔将軍との戦いでなどこのコの助力無しには決して勝てなかったほど。

「見極めてたんですよ」
「見極める?」
 私は聞き返した。
「貴方が本当に救世の勇者かどうか」
「それであなたの見解は? あなたの目に私はどう映ったの?」
「ええ、魔将軍を倒して見せた其の手腕、紛れもなく勇者のそれでした。 だから……」
「え?」
「だからボクはあなたを認める訳にはいかないんです」
「ど、どう言う事?」
 い、一体何故? だってこのコは魔族に家族を殺され挙句顔にこんな大きな傷まで負わされて。
 だから魔族は憎むべき仇のはず。
 実際戦闘の時なんか其の憎しみをぶつけるかの如き苛烈な鬼気迫るものだった。
 そんなクリスにとって私が救世の勇者なら仇を討ってくれる待ち望んでた存在でしょ?
 殺意を抱くような相手なんかじゃないはずでしょ?

「醜いでしょ? ボクのこの傷」
 クリスは自嘲気味に声を発した。
「こんな大きな傷が顔にある女、女としてまともな人生が送れると思います?
 今は、今はね混沌とした魔族と人が争ってる時代だからこんなボクでも
 戦士としてなら生きる場所がある。けどね、魔族が滅びたら?
 戦乱が終わったら? ボクはどうすればいい?
 今までそんな事考えてみた事も無かった。 けどねあなたを見て気付いてしまった。
 この時代は遠からず確実に終りを迎えてしまうと。 だから……」
 そう言いながらクリスは手を伸ばし、其の先にあったのは――。
「だからボクはあなたをォォオッ……!」
 言いながらクリスはギガンティスグレイブの柄を掴み引き抜き振りかぶった。
 戦慄が疾った。 今まで幾度となく間近で見てきた。 クリスのこのグレイブの威力を。
 今まで頼もしかったこの巨大な薙刀にも似た武器も今は恐るべき驚異として目前に迫ってた。
 躊躇は出来ない。 避けるとか受け止めるとかそんな甘い考えでは確実に死……。
「う、うわぁぁ!」
 私は渾身の力を込めて一閃した。
 あらゆるものを切り裂く純白の刃が、唸りを上げ目の前に迫り来る
 グレイブの柄を捉え断ち切った。
 今までクリスと共に数多の敵を屠り去ってきた巨大な刃が宙を舞う。
 そしてアルヴィオンファングの刃を返しクリスに向かって打ち下……。
「くっ……!」
 私は其の刃が当たる寸前で止めた。


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