白き牙 第7話
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 私は刃をクリスの目の前に留めたままに、私達はお互い睨み合うように対峙してた。
 いや、睨んでるのはクリスの方だけ――。
 其の瞳には敵意と、そして悔しさがありありと浮かんでた。
 そして私はと言うとどうして良いか困惑してた。
 正直このコを殺す様な真似はしたくない。 以前の腐れ姉弟とは訳が違う。
 其の戦闘力を買ってと言うのもあるが、それ以上に私は――。

「とどめを刺したらどうです」
 沈黙を破るように口を開いたのはクリスだった。
 其の瞳には敵意と共に悔しさの色が浮かび、そして涙も滲み始めてた。
「……そんな事しないわよ」
 私は溜息を吐き刃を下ろし鞘に収めた。
 次の瞬間クリスは叫び声を上げる。
「なんですかそれ! 見下してるんですか?! 憐れんでるんですか?!」
「少し落ち着きなさ……」
「ウルサイ! ウルサイ……!」
 クリスは叫ぶと柄だけになったグレイブを放り捨て。 そして――。
「うわああぁぁぁあ!!」
 代わりにあの鉈のような大ぶりの短剣を振りかぶった。

 其の一撃は感情を剥き出しにしたあまりにも直情的で、それ故に直線的な攻撃。
 真っ直ぐ振り下ろされるナイフを紙一重で交わし手首を掴むとそのまま勢いを利用し放り投げた。
 放り投げられたクリスの体が宙に弧を描く。 其の落下地点は――。

 派手な音と共に水しぶきが上がる。
「プハァッッ……!! ゲホッ、ゴホッ……」
 そして湯船からクリスは顔を出した。
 私は湯船の中のクリスに向かい歩を進め、服を脱ぎ湯に足を入れる。

 

「いいお湯ね、クリス」
 湯に浸かると私はクリスのほうを向き口を開いた。
「あ、あなた何をそんな悠長な……! ボクはあなたを殺そうとしたんですよ?!
そんな自分を殺そうとした相手に何呑気な……!」
「細かい事気にしないの。折角の温泉なんだし女同士裸の付き合いで腹を割って話し合いましょ」
 そう言って私が微笑みかけるとクリスは呆れたような顔をしながらも、
未だ視線に敵意を残しながら黙った。

「ねぇ、クリス。 私の事嫌い?」
 私が語りかけるとクリスは相変わらす敵意の込もった視線で睨んできた。
「って聞くまでも無いか。 殺そうとまでしたぐらいだもんね」
 私は笑いながら溜息をつき続けて口を開く。
「けどさぁ、チョット聞いていい? 私を殺せた場合、殺した後どうするつもりだったの?
死体の処理とか、リオへの言い訳とか」
 言われてクリスの表情が硬直した。 やっぱあれは考え無しの咄嗟の行動だったんだ。
 そんなクリスの表情を目にした私は思わず笑みをこぼす。
「笑わないで下さい!……っていうか自分を殺そうとした人間相手に良くそんな風に笑えますね」
 そう言ってクリスは怒りと言うより、呆れた顔を見せる。

「ねぇ、クリス。 アンタは私の事嫌いかもしれないけど、私はアンタのこと結構好きよ?」
「……ハァ?! あなた何言ってるんですか?! ボクはたった今あなたを殺そうとした人間ですよ?!」
 私の言葉にクリスは其の顔に益々呆れの色を強める。
「うん、まぁ確かにそうだし、あれには私も本気で肝が冷えたんだけど。
でもね、やっぱアンタの事嫌いとは思えないのよ」
「……ボクなんかの何がそんなに気に入ったんですか?」
 そう言ったクリスの表情からはさっきまでよりは大分敵意が薄らいでいた。

「そうねぇ、其の前に私が嫌いな人間ってどんなだか分かる?」
「分かるわけ無いでしょ」
 私の問いに尚も仏頂面で答えるクリス。 私はそんなクリスに向かって言葉を続ける。
「私が嫌いなやつってのはね、一言で言えば恵まれてて――そう、才能とか家柄とか境遇とか、
そして其の事に胡座をかいて慢心してたり人を見下してたり、そんなヤツラ。 
若しね、そんなヤツラがあんな真似してたらあそこで刃を止めたりしない。遠慮無く殺してるわ。
って言うか過去に既に殺っちゃってるし」
 言葉を紡ぎながら私は笑ってみせ、そして続ける。
「クリスはさァ、言ってみりゃそう言うヤツラと正反対のタイプでしょ?
其の強さを手に入れるまで一杯苦労して頑張ったんでしょ?」
 このコの躯、さっき見て改めて感じたけど、無駄なく絞られ物凄く引き締まってる。
 それに……全身傷だらけ。 小さいの大きいの、新しいの古いの。
「あ、あなたなんかに何が……何が解かるって……!」
「そうね。 私はアンタじゃない。
ココで安易に解かる何て言っちゃ知った風な口を利くなって怒るでしょうね。
でもね、私もアンタほどじゃないけどこう見えても色々あったんだ」

 私は話した。 コッチの世界に来てリオにも話した事の無い話。
 私が生まれる前に私と母を捨てた父親に当たる男の事。
 暴漢に襲われ純潔を失いそうになった事。
 その時付き合ってた初恋の人が私を見捨てて逃げた事。
 その日以来男に絶望し男に頼らずとも生きていける強さが欲しくて武術にのめりこんだ事。
 嘗めた態度で近づいて人を見下しバカにしてた腐れ姉弟をこの手で殺した事。
 そして話題はリオの幼馴染のコレットの事に。

「コレット……」
「クリスも知ってるの?」
 私が聞くとクリスはコクリと頷いた。
「そっか。 アンタ昔リオと一緒だったときあるって言ってたもんね。
リオと幼馴染のコレットのこと知ってても不思議は無いものね。
ねぇ、クリス。 アンタ、コレットとはどうだったの?」
 私が聞くとクリスは苦い表情を見せる。 そして口を開く。
「ボクは……苦手ですコレットは。幼い頃、遠巻きにボクの事ずっと脅えた視線で見つめてた。
ボクが引き取られ村を離れる日――そのときも遠巻きにボクのこと見てたけど、
物凄くホッとした表情してた……!」
 そう言ったクリスの表情はまるで苦虫でも噛み潰したかのごとき物だった。
「きっとボクのこの顔の傷が怖かったからなんでしょうね。幼い子供の事なんだから
仕方ないのは分かってたけど、でも物凄くイヤだった……あの視線。
自分が物凄く惨めな気持にさせるあの視線が」
 言い終わったクリスの表情はやりきれない思いを抱えてる、そんな感じだった。

「そっか。 ねェ知ってた? あのコってリオと婚約してるってこと」
 クリスの表情がこわばった。
「其の事知った時私物凄くショックだった。 始めてコレットに出会ったとき殺意すら抱いたわ。
でもね、勿論そんな事おくびにも出さなかったわ。 っていうか出せる分けないものね。
だからね、表向きは『オトモダチ』の振りしてたりするわ。 そうあくまでも表向きだけ。
本心は……大っ嫌い!
だって! だって! あのコに何が出来るって言うの? リオに何をしてあげられ るって言うの?!
何も出来やしない! リオが使命を果たし帰ってくるのを村にこもって待つ事しか出来ないくせに!
只幼馴染と言うだけでリオの心を独り占めに出来るあの小娘が私は大っ嫌い!!
あ、勿論こんな事リオの目の前では口が裂けても言えないけどね」
 私が一通り話し終わると、聞き終わったクリスの顔からは先程までと比べ殆ど敵意の色が消えてた。
「ゴメンね色々愚痴っぽい事たくさん言っちゃって。 でもお陰でスッキリ出来たわ。
ありがとね色々聞いてくれて」

 暫らくの沈黙の後クリスは立ち上がり湯船から上がる。
「もう出るの? そうね、あんまり長湯しちゃ湯あたりしちゃうものね。
私はもう暫らく入ってから出るから」
 返事は無かった。 無言で去っていくクリス。
 やっぱそう簡単に心を開いてはくれないのかなぁ……。

 

 私がクリスに感じたもの――。
 確かにこのコの戦闘能力の高さを買ってというのもあるが、それだけじゃない。
 今まで色んな人間と組んだりもした。 でも仲間と呼ぶに値する人間はいなかった。
 どいつもコイツも私達の名声に引かれ実力も無いくせにお雫れに預かろうと、
腹の底で人の事を利用しようと、実力もヘボなら信頼も置けないそんなヤツラばかり……。

 だから……。
 初めてだった……。
 初めてのまともな仲間と言える、初めて頼りに思える、そんなコだったから。
 確かに腹の底で凄い事を隠し考えてたけど……でも。
「あのコ隠すの下手だったわね……」
 しょっちゅう顔に出てたものね、気持が。
 確かに本心は隠してたけど、でも……隠し切れてない不器用な面。
 そして知った。 このコが体に、そして心にも大きな傷を負いながらも逞しく生きてる。
 そんなこのコ――クリスだから親しくなりたいと思えた。

 勿論私が一番好きなのがリオなのはこの世界に来た時から今に到るまで変わってないけど、
だけど好きな相手だからこそ口に出せない、打ち明けられない事もある。
 そしてそんな思いを話せる相手が欲しい――そんな親友にクリスになって欲しいと。
 私は思ったのだった。


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