白き牙 第3話
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 リオからこの世界の事を教えてもらって分かった事の一つ。
 人間ってやつはどこの世界でもそう変わるものではないらしい。
 この世界に魔王が現れた切っ掛け。 それは一つの王家での色恋沙汰に端を発しているらしい。
 其の国の王位継承者でもある第一王子に嫁いできた花嫁。 コレが大層美人だったらしく
 第二王子までもが惚れてしまった。
 どうしても花嫁を手に入れたいと望んだ其の第二王子はあろうことか悪魔の力に頼った。
 悪魔を引き入れ結果邪魔者の第一王子を消す事に成功したものの、事はそれで終わらず悪魔たちは
 その機に乗じて国の全てを乗っ取ってしまった。
 一人の女を巡る騒動が国家を滅ぼし、果ては魔族までをも引き寄せてしまったと言う事。
 どこの世界でも傾国の美女と言うやつはいるらしい。
 そしてその日以来そこは魔族の侵略拠点となり、城は魔王城と化し現在に至る。
 更に付け加えるとこの世界には幾つかの王家が――国家が存在している。
 そして魔族によって乗りっ取られた国はその中でも最大の勢力を誇る宗主国であった。
 この事実は他国に野心をも抱かせることになった。 すなわち魔王を打ち滅ぼした国は
 次なる宗主国となれる、と。
 愚かな事である。 その様な野心のぶつかり合いのお陰で一つに纏らねばならぬはずの人間同士が
 ばらばらで結果魔族の思う壺。
 其の各国の思惑はやがて私の冒険にも影響を与えることになる。

 最初の頃は私の事をどの国も信じてなどいなかった。 それも当然であるこんなどこの誰とも
 素性の知れない女の事など誰が信じる。 まぁ別に信じて欲しかったわけじゃないけど。
 実際今まで何人もの偽者の『伝説の勇者』が現れてはことごとく散っていたらしいのだから。
 それが一変したのはある日のこと。

 

「この塔に魔将軍がいるのね」
「ハイ、魔王の腹心の部下の一人――魔将軍ウォドゥス。
 今まで何人もの名だたる戦士、騎士、魔導師達を返り討ちにしてきた恐るべき敵です」
 私にとって第一になすべき事はやはり打倒魔王。 本音を言えばリオと恋人同士になる事こそ
 私にとっての最優先事項だけど、とりあえずコレが当面の課題。 共同作業によって絆を
 深めていくって効果もあるしね。
 魔王配下には数人の強力な魔将軍が居て、各々が結界を張っていると言う。
 即ちそれら魔将軍を打ち倒し結界を解かない事には魔王城へ攻め入る事も出来ないと言うのだ。
 其の手始めにこの塔で結界を張っている魔将軍を倒す為に来たのだ。

「で、どうするの? 正攻法で行くのなら塔に侵入し最上階まで登っていくってことよね」
「はい。 でも塔の中には間違い無く魔物がひしめいています。 それだとおそらく最上階に
 辿り着くまでかなりの消耗が予想されるでしょう。 果たしてそこまで私の魔力が持つかどうか……」
 私は塔を見上げた。塔には幾つもの窓が見える。
「ねぇ、リオ。 あなた飛翔魔法使えたわよね。 それであの窓まで飛んでいって中に進入できない?」
 そう、リオが使える数ある魔法の中には飛翔魔法がある。 それほど長い時間飛べるわけではないが
 塔の最上階に到達するには十分であろう。 私を抱えれば其の分時間も制限されるが
 それを差し引いても多分大丈夫。
「確かに私も出来ればそうしたいです。 ですが以前にも同じ事を試みた魔導師が居たようです。
 しかし塔の周囲に飛翔封じの結界が張ってあるらしく試みは無駄に終わったとのことです」
「結界……ね。 でも私達にはこれがある」
 そう言って私はアルヴィオンファングを鞘から抜きはなった。
「アルヴィオンファング……。 成る程、試してみる価値はありそうですね」
 リオがそう言うと私はニッと笑ってみせる。 様々な力を秘めたこの武器には魔封じや結界を
 無効化する力も幾らか備わっている。
 さすがにこの塔が魔王城を護る結界を無効化するほどの力は無いみたいだが、それでも若しかしたら
 飛翔封じぐらいは無効化出来るかもしれない。
 私はアルヴィオンファングを装備した右手を高く掲げた。 そしてリオは片手を私の右手に沿わせ、
 そしてもう片方の手で私の肩を抱く。 体を密着させた状態でリオは意識を集中させて詠唱を始めた。
 直ぐ耳元で唱えられる其の詠唱の響はどこか神秘的で、まるで遠い異国の唄のように
 私の耳に心地良く届き陶酔感すら感じさせる。 僅かに感じられる吐息が少しこそばゆく、
 でもとても心地良い。
 やがて詠唱が終わると足元から地面の感触が少しづつ消え、やがて私達の体は上空に向かって
 一気に急上昇する。
「やった! 成功よ!」
 私は思わず歓声を上げた。
「ハイ! このまま一気に最上階に突入します!」

 そしてダイレクトに最上階の魔将軍の間に突入! 
「魔将軍ウォドゥス覚悟! 其の命貰いうける!!」
 目の前で玉座に座るモンスターに向かって私は叫んだ。 策が上手く運んだ事と、
 先ほどまでリオと密着してたお陰か私のテンションは異様なまでに昂ぶっていた。
「人間風情ガ図ニに乗リオッテ!! 返リ討チニシテクレルワ!!」
 モンスター――魔将軍ウォドゥスは咆哮を上げた。
 その容貌は装飾の施された鎧に身を包んだ角の生えた漆黒の人狼と言った風体。
 そして燃え滾る石炭のような眼は並みの騎士や戦士など一睨みで呑まれてしまいそうなほどの眼光と
 威圧感を放っていた。
 成る程、流石に魔将軍と呼ばれるほどの魔物。
 容貌、そして其の身から発せられる威圧感からして今までのモンスターとは訳が違う。
 だがコチラの体力も気力もリオの魔力もほぼ満タン! 加えて異様にテンションも昂ぶっている!
 全く負ける気がしない!
 私は床を蹴って斬りかかった。 合わせてウォドゥスも抜刀する。
 人間の戦士なら両手で扱うような巨大な剣を片手で軽々と振り回す。
 おまけに其の剣速も並じゃない。 完全武装の重戦士でも真っ二つに出来そうなほどだ。
 周囲を見渡せば白骨に混じって真っ二つにされた鎧が転がっている。
 確かに今まで誰も敵わなかったのも頷ける。
 だけど私だってこの世界に来たときの自分じゃない。 これまでに幾多の死線を潜り抜けてきたんだ。
 剣撃をくぐりぬけ懐に飛び込み様に一閃!
 アルヴィオンファングがウォドゥスの鎧を切り裂き瞬間鮮血がほとばしる。 だが浅い。
「キサマァッ!!」
 ウォドゥスの顔に驚愕と怒りの色が浮かぶ。 おそらく鎧の強度に相当自信があったのだろう。
 刻まれた幾多の細かい刀傷から幾多の剣戟を防いできたことが伺える。
 だが如何に強固な鎧もこのアルヴィオンファングの前では無意味。
 自信と誇りを傷つけられたのか、逆上したウォドゥスの剣速が更に速度を増した。
 そのスピードにかわすので手一杯になってきた。 チョットヤバいかも。
 そう思った瞬間かわし損ねて体勢をくずしてしまった。 
 私が体勢を崩した其の隙をウォドゥスが見逃す筈も無く大剣を大きく振りかぶった。
 だがウォドゥスが大剣を振り下ろそうとした瞬間其の顔面に火球が炸裂した。
 其の拍子に今度はウォドゥスに隙が生まれる。
「ナイスフォロー! リオ!」
 私は其の隙を付きウォドゥスに一撃を加えその場を離脱する。
 致命傷には至らなかったものの今度のは結構深く入った。
 完全に私に意識が集中してたウォドゥスにリオは完全に意中の外だったのだ。

「ギ、ギザマァァァ……!!」
 腹から血を滴らせ怒りの眼で睨むウォドゥス。 苦痛と怒りに顔を歪ませ腹の傷を押さえている。
 形成は完全にコッチに傾いた。
「ふふっ、作戦通りっ。 さぁ! 一気に畳み掛けるわよ!!」
「はい!」
 そして私は刃を構え一気に切り込む。 合わせてリオも火球を打ち出す。
「オノレ! オノレ! オノレェェェ!!!」
 咆哮を上げ怒りをあらわにして大剣を振り回すウォドゥス。
 だがその剣速は鈍り、更にはリオの魔法攻撃が気になって意識の集中も乱れている。
 結果私の剣撃が一撃、また一撃と傷を負わせていく。 そして……
 袈裟懸けに一閃。 私の放った渾身の一撃はウォドゥスの体を真っ二つにした。
 遂に倒した! 今までの雑魚とは明らかに違う魔王軍の幹部クラスの強敵を!

 

「やったよ! リオ!」
 私は嬉しさのあまりリオに向かって駆け出した。 この瞬間を、この喜びをリオと分かち合いたい!
 抱き合って全身で喜びを分かち合いたい! だけど次の瞬間……
「危ない! セツナ!! ヤツは未だ……」
「え……?」
 あろうことかウォドゥスは真っ二つにされ頭部と片手だけになったその体で、其の残った片手で
 跳躍して襲い掛かってきたのだ。 完全に虚空をつかれた私は反応できない。
 やられる! そう観念した。 だが……。
「くっ……」
「リ、リオ?!」
 リオが咄嗟に身を呈してかばってくれたのだ。 だが其の結果リオの肩にはウォドゥスの牙が深々と……。
「う、うわあああぁぁぁ!!! リオ!! リオ!! この犬畜生がああぁぁぁっっ!! よくも!
 よくもリオにいいぃぃぃ!!!」
 大切なリオを傷つけられた怒りで逆上した私は、リオの肩に喰らい付いてる犬畜生に向かって刃を
 突き刺す。 顔面に刃が深くのめりこみ其の衝撃で目玉が血飛沫と共に飛び出す。
「離れろ! はなれろ!! この犬畜生がああぁぁっっ!!」
 私は立て続けに犬畜生の頭に向かって刃を付きたてる。 そしてやっとリオの肩から外れると
 其の頭に向かって思いっきり踏みつけた!! 何度も!! 何度も!!

「落ち着いてくださいセツナ! ボクなら大丈夫ですから!」
 リオに抱きすくめられ私は我に帰る。 足元にはミンチになった犬畜生の首だったもの。
 そして其の血と脳みそで穢れた私の足……、そんな事は今どうでもイイ! リオ! リオは?!
「リオ! 大丈夫なのリオ!!」
「はい、私なら大丈夫です。 だから……」
 そう言ってリオは微笑んだ。 本当は物凄く痛いくせに、それなのに私に心配かけまいと……
「全然大丈夫じゃないじゃない!! ああ……肩からこんなに血が……! 私の、私のせいで……。
 あああぁぁぁぁ!! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサ……」
「だから大丈夫ですってば。 ほら……」
 そう言ってリオは自分の肩に回復魔法を掛け始めた。 柔らかな光がリオの肩の傷を癒していく。
 やがて光が消える。
「治った……の? もう……痛くない……の?」
「ハイ。 もう大丈夫です。 だから……うわっ」
「良かった! 良かった……! もしリオの身に何かあったら、私、私……。
 うわあああぁぁぁぁ〜〜ん!!!」
 私はリオに抱きついた。 そしてその胸で思いっきり泣いた。
 そしてそんな私をリオは優しく抱き返してくれる。
「ありがとうございます。 そんなにも心配してくださって……。 それよりもセツナ。
 貴方の方こそ血まみれじゃないですか」
「平気よこんなの。 ただの返り血だもん……」
「駄目ですよ。 女の子なんですから。 綺麗にしないと」
 そう言ってリオは私の顔にかかった血を優しく拭ってくれた。 やっぱりリオは優しい。
 そしてそんなリオが……私はやっぱり大好きだ。
「大分綺麗になりました。 さ、残りは帰ってから落としましょう」
 だから……必ず手に入れてみせる。 リオの愛を。
「さ、胸をはってください。 英雄の凱旋です。 今まで誰も倒せなかった魔将軍を倒したんですから」
 そう言って優しく微笑むリオ。
「うん、そうだね」
 そして私も笑顔で応えた。

 この日から世界の私を見る目が変わった。 魔将軍ウォドゥスを倒した。
 ウォドゥスは魔王軍全体から見れば其の地位はせいぜい中間管理職程度のヤツだったのだろう。
 それでも今まで何人もの名だたる戦士、騎士、魔導師達を返り討ちにし、無敗を誇っていた
 ウォドゥスを倒した事は、皆に私を勇者と信じさせるに十分であった。


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