ジグザグラバー 第3幕
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 時間は深夜、時計は既に二時を示している。満月が照らす明るい月夜に、街灯の下で二人の少女が
 肩を並べて歩いていた。
 それだけなら普通の光景だが少女達の場合、それとは異なる点があった。
 武器を持って歩いている。
 小柄な方は刃渡りの長いナイフを持ち、もう片方は鉄パイプを持って歩いている。
「この時間に会うのは久し振りですね」
「まぁな。落ち着いてきたと思ってたんだが、久し振りにカッと来た。人殺しでもしない
 とグッスリと眠れない。誠が隣に居るのに、だ」
「転入生、ですか」
 誠を『御主人様』と呼んでいる少女、宮内・さくらは溜息を一つ。
「厄介ですね。頑張って下さい」
「そっちこそ。虫の駆除は良好なのか?」
「最近は警察も厳しくて」
 さくらと華は同時に肩を落とすと、大きな溜息を吐いた。
 暫く無言で歩き、十字路に着くと立ち止まる。
「それじゃあ、精々頑張れ変態」
「『奴隷』ですってば。そっちこそ殺戮も程々に」
 さくらと華は軽口を叩くとお互いに背を向けて、歩き始めた。
 一人になったさくらは、鉄パイプを引き擦りながら、深夜の散歩を再会する。本当ならば警察の目が
 厳しい今、不自然な音をたてて歩くのは自殺行為だ。そもそも今の状態は見付かった時点で
 即通報だし、この独特な音だけでも非常に危ない。しかし、それを理解しながらも止めないのは、
 彼女を突き動かす目的が有るからだ。
 住宅の多い部分を抜け、安心している彼女の視界に人影が映った。

「あれは…」
 その姿を確認して、さくらの体が歓喜に震えた。
 人影の名前は、陸崎・水。今のところの最大の的で、それを見付けた自分に天は味方をしていると
 確信した。幸いにして人影も無いし、近くに寂れた駐車場もある。
「こんばんは」
 さくらは笑みを浮かべると、明るい声で話しかけた。
「こんばんは」
 水はヘラヘラと笑いながら返事を返す。
「ちょっとお話しませんか? こんな良い月夜に独りは寂しくて」
「ごめんね、早く帰らないとアイスが溶けちゃうからさ」
 さくらは鉄パイプで強くアスファルトを打ち鳴らすと、
「そう言わずに、少しだけでも良いので」
「へぇ、そういう事か。そうだね、この辺りに開けた場所はあるかな?
 夜道で女子高生が立ち話なんて、危険すぎていけない」
 無言で、しかし満面の笑みで歩き出すさくらに水は黙って着いていく。
 数分後、二人は野外駐車場へと来ていた。
 水はヘラヘラと笑いながら、
「理由は? さっき言ったのは無しだ」
「そうですね、『御主人様』に近寄りすぎたからです」
「ごしゅじんさま、ね。変態め」
「変態じゃなくて『奴隷』ですよ」
 数秒、二人は短く笑い声をあげる。
 一瞬。
 高速で何何度も振り下ろされる鉄パイプを、ジャージのポケットに手を入れたまま水は避ける。
「剣道何段?」
「ちびっ子剣道クラブで、三日間習っただけです」
 言葉と共に突き込まれる鉄パイプ。
 水はそれを蹴りあげると、そのままの勢いで後方回転飛び。更に着地した身を上げ、
 さくらの間合いの中へと滑り込む。
「危なッ」
 追撃をするように飛んできた左フックをしゃがんで避けると、足払い。立ち上がり、
 仰向けに倒れたさくらの腹上で、いつでも振り下ろせるように足を固定する。

「んで、ごしゅじ…あ、成程。でも、これはバレたら嫌われるんじゃないか?
 他にもやりようがあるだろ? それに直接旦那に手を出さないの?」
 動けない状態のさくらは、しかし笑みを浮かべ、
「それなりに頭は回るみたいですけど、馬鹿ですねアナタ。どんなに強い思いを持っていても、
 直接的には触れ合わない。それが『奴隷』のたしなみですよ。そして主が気付かないまま
 事を終えるのが一流というものです」
「成程、そんなもんか。で、何で旦那なんだ? って聞くまでもないか。眼、だな」
「そうですね、あの人は華さん以外、誰も見ていない。そこが良いんです」
 さくらは鉄パイプを捨てると軽く身をよじり、
「もう攻撃しないので、足をどけて下さい」
 水はさくらの上から足を外すと、助け起こして座らせる。
 そして、袋に入っていたアイスを一つ渡し、
「旦那とはどんな出会い方?」
 さくらはアイスを受け取りながら、
「長くなりますよ」
 構わない、といった表情で自分のアイスを舐め始める水を見て、さくらは溜息を一つ。
「あたしは自分で言うのもアレなんですけど、頭も良くて、運動も得意です。容姿にも
 自信がありますし、正直負け知らずだったんですよ」
 この高校に入ってからは化け物ばかりで、すぐに間違いだと気付かされたんですけどね、
 とさくらは苦笑を浮かべてアイスを舐める。
「それでも、そんな人達からも高評価だし、周りからは相変わらず好意や嫉妬、羨望の眼を向けられて
 いたんです。調子に乗っていたあたしは、この高校の化け物が集まる人の噂を聞いて近寄って
 いったんです。最初は驚きました。何もかもが、平均より若干上なだけの人なんですよ。
 なのに、あの人はまるで他の人を見下しているどころか、眼中にすら無かったんです。
 その視線でどん底に落とされたあたしは、あの人を遠巻きながらも崇拝するようになりました」

 どん底になると、上しか見えませんから。周りの全てが幸福で良いですよ。
 とろけた表情でアイスにかぶりつくさくらを見て、水は苦笑を浮かべた。
「成程ね。じゃ、次。何でこの方法なの? 正直、辛いだろ?」
 さくらは少し考え、
「呪いって、どんなシステムか分かりますか?」
 水は数秒呆けた表情をすると、次の瞬間には笑いだした。
「んな非科学的な」
 逆に、さくらは溜息を吐いた。
「それは、非科学的な考え方をしているからです。呪いっていうのは、例えるなら爆弾みたいな
 ものですよ」
 困惑した顔で見てくる水に、さくらは苦笑で返し、
「例えば、熱心な仏教徒が仏像を傷付けたら、その人は困りますよね。逆に、アマゾン奥地の人は、
 そんなの気にしません」
「そりゃそうだ。アマゾン奥地の人から見たら、ただのオブジェだからね」
「その三日後に怪我をしたら、仏教徒の場合は祟りだと思うかもしれません。しかし、
 アマゾンの人が怪我をしても、本人はただの事故だと思うわけです」
「成程ね。関係のない複数の現象を関連付けさせる意識が、あんたの言う呪いの本質か。
 そして、意識が爆薬で現象が起爆剤。それで引き起こされる感情が爆発、と」
「そう、そして今は爆発中なんですよ。殺人でも、あの人の為だと思えば快楽の極みです」

 暫く水は考えていたが、やがて立ち上がると自分のものとさくらのアイスの棒を袋に入れて歩き出す。
 数歩進んで振り返り、
「いや、勉強になった。あと一つだけ訊きたい事があるんだけど」
「何ですか?」
「旦那のあだ名って何かな? 交流には周知のあだ名が必要だ」
 さくらは苦笑で、
「聞かない方が良いと思いますよ? 仲良くしたいなら尚更。日常で呼べませんし」
「そんなに酷いの?」
「『毒電波』」
 お互いに苦笑をして、眼を反らす。
「それじゃあ、また今度遊ぼう。殺人も程々にな。私も昔ハマったけど、良いこと無いよ?」
 ひひひひ、と笑いながら去ってゆく水の背中を見て、さくらは呟いた。
「しまった。今日は誰も殺してない」
 太陽が昇りかけていた。


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