たぬきなべ 第2回
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 昼休みは風紀委員会の会議兼昼食。
 幼なじみに作ってもらった弁当を食べつつ、今週の報告を済ませる――という名目の下、雑談に耽る。
 会話するのは主に男子。
 縁がないのか気が合わないのか、僕は女子の委員と仲良くなったことがない。
 どうも、向こうが避けてるようで、最近は声をかけることもなくなってしまった。
 それでも委員会の活動に支障は来されないのだから、世の中は無情である。南無南無。
 まあ、そんなこんなで雑談しながらそぼろ弁当をもしゃもしゃと食べていたのだが。
「狸君、ちょっといいかな」
 唯一の例外、風紀委員の女子で僕と普通に会話してくれる先輩が、声をかけてきた。

「あ、先輩」
 先程まで女子委員と昼食を取っていたのか、可愛らしい子犬柄の包みを片手に、先輩が隣に座ってきた。
 何か話があるのかな、と慌てて箸を置こうとするが、
「あ、気にしないで。そのまま食べながらでいいよ」
 気にするなと言われましても。
 それなりの学生数を誇るこの学園でも、先輩は確実に5本指に含まれる美人である。
 そんなお方が隣に座って、こちらをにこやかに見つめていたりしたら、気になって気になって
 弁当の味もわからなくなってしまう。
 せっかく弁当を作ってくれた幼なじみには申し訳ないが、こんな状態でまともに働くほど、
 僕の舌は無神経じゃないんだよう。
 まあそれはそれとして。
 先輩は、いつものように、僕に向かって手を差し出してきた。
「はい、これ。狸君の忘れ物でしょ」
 そう言って渡してきたのは、確かに僕の腕時計だった。
 安物だけどお気に入りで、3年以上使っている代物だ。
 昨日の昼当たりから見当たらなかったのだけれども、やはり落っことしていた模様。
「狸君って、よく落とし物するよね」
「……すみません」
 うう。僕のドジっ子! 先輩にくすくすと笑われてしまったじゃないか!

 先輩の言うとおり、僕はよく忘れ物をする。
 特に昼食後に忘れることが多く、大抵昼休みに、ここ風紀委員の会議の際、何かを必ず忘れていく。
 今回は腕時計、その前はハンカチ、その前はボールペン、その前は数学のノート。
 それを毎回発見し、次の日に渡してくれるのが先輩である。
 先輩にはお世話になりっぱなしである。
 いつか恩返しをしたいとは思うものの、具体案はひとつたりとて出てこない。チキンめ。
「今日こそは、今日こそは何も忘れないようにします! 本当にごめんなさい!」
「そんな、気にしなくっていいってば。
 なんというか、ほら、忘れ物をしてこそ狸君っていうか」
「そんな情けない個人特性なんか要らんとです」
「ふふっ。……あれ? 狸君、シャンプー変えた?」
 先輩が顔を近づけて、鼻をすんすんさせてきた。
 どうやら先輩は匂いが気になる人のようで、僕はよく匂いを嗅がれている。
 うう、そんなに顔を近づけられたら、あ、息が首筋に、ぐあ、落ち着け青少年回路!

 結局しばらくの間匂いを嗅がれた後、先輩は何故かとても満足したような表情で離れていった。
 しかし、ひとつだけ気になることがある。
 先輩、離れる直前、さりげなく僕の鞄に手を入れてなかったか?
 …………。
 いや、気のせいに違いない。
 毎日僕の忘れ物を渡してくれるような先輩が、人の物を盗るなんて真似、するはずないじゃないか。
 おおかた、立ち上がるときにバランスを崩して少し触れてしまっただとか、そんなのだろう。
 おっと、それより昼飯昼飯。
 先輩によって刺激された青少年回路を必死になだめすかしつつ、そぼろ弁当の残りを一気に
 かっ込むことにした。
 うん、今度は味がわかる。
 いつも美味しい弁当を作ってくれる幼なじみに感謝感謝。


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