たぬきなべ 第3回
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「先輩、この子なんてどうですか? このこんもりと丸くなりつつ見上げてくる愛らしさとか
 最高ですよね!」
 ぐわばーっと襲いかかりながら写真を目の前に差し出してきているのは、動物部の後輩である。
 動物部。それが僕の所属している部活動だ。
 生物部ではない。動物部である。
 活動内容は単純明快。
 ただひたすら動物の写真集などを持ち寄って、あれこれ講評し合うだけである。
 当然学園に認可されるはずもなく、部費はゼロである。というか同好会の域すら脱していないかも
 しれない。
 何せ、所属しているのは僕と後輩女子のたった2人。
 同好会ですら設立に3名以上の人員が必要なので、むしろ同好会ですらない。泣ける。
 まあ、部費どころか活動用の教室すら与えられない動物部は、今日も今日とて屋上手前の踊り場で
 活動していた。
 夏は暑くて冬は寒いこの場所だが、愛くるしい後輩は文句ひとつなく活動に参加してくれている。
 後輩はジャンガリアンハムスターの写真をきゃいきゃいと褒め称えているが、
 この後輩も負けないくらい可愛いと思う。
 言ったら調子に乗ると思うので絶対に言わないが。

 

「ねえねえ先輩! この子なんてどうでしょう!」
 ぎゅむ。
 うあ。
「ちょ、落ち着けってば」
「落ち着いてなんかいられますかっ! 見てくださいこの丸さ! この写真だけでこれ買った価値は
 ありますってば!」
 ぎゅうぎゅう。
 胸が。太股が。くそ、こればっかりはいつまで経っても慣れないな。
「せんぱーい? どうかしたんですか。やっぱり先輩も、この子の魅力にメロメロですかー?」
 貴方の体の柔らかさにアタフタです。
 ではなくて。
「ええい落ち着きなさい!」
 ぐい、と両手を使って押し離す。
「あん」
「そのハムスターが可愛いのはわかったから。とりあえず俺にもゆっくり見させてくれ」
 そう言って、手元の写真集に視線を落とす。
「はーい」
 うむ。素直でよろしい。

 

 さてさてそれでは、俺はこのエゾタヌキの写真集を心ゆくまで――
「先輩せんぱーいっ! これ見てくださいこれ! なんというかもう、垂涎モノですよー!」
 がばっ!
「ちょ、こら、お前は鳥か!?」
 可愛いし聞き分けのいい少女なのだが、こいつにはひとつだけ欠点がある。
 なにかと人に抱きつく癖があるのだ。
 たとえば今のように、僕に見せたい写真があった場合、
 
 目の前に回り込む→座る→写真を差し出す→見て貰う
 
 なんてプロセスを踏まずに、
 
 ダイビング→抱きつく→見せる
 
 といった感じで急がば回れを完全無視。
 しかも腕や足を器用に絡めてくるため、引きはがすのにも一苦労。
 しかも、先輩や幼なじみほどではないものの、それなりに出るところも出ているため、
 こう、後ろから抱きつかれたときは、
(うあー!? 薄い布地の感触と硬い布地の感触とその奥の柔らかい感触がががギギギ!?)
 ぐりぐりと押しつけられてくる少女の感触に、何というか、こう、身悶えせざるをえないわけで。

 

 かくして、動物部なのかプロレス部なのかよくわからない活動を終えた後、帰り支度をし昇降口へ。
「あの……先輩?」
「ん?」
「いつもいつも、ありがとうございます。私のわがままで始まった部活なのに……」
 しゅん、と下を向いてそう言ってくる後輩。
 何を今更。
 別に動物写真の鑑賞は嫌いではない。むしろ好きな方だ。
 イヌ科の動物、特にタヌキ属の写真なんて最高だね。
 まあ、抱きつかれるのには未だ慣れないが、それ以外は基本的に楽しいし。
 頭をぽんぽんと撫でてやり、「気にするなよ」と笑ってみせる。
 この後輩が落ち込んでいるところなんて見たくない。
 小動物相手にきゃあきゃあ言っている姿の方が何万倍もマシである。
 後輩は、数秒間僕の顔を凝視したかと思うと、おもむろに。
「先輩っ! ありがとうございますっ!」
「ってまたかよっ!?」
 首筋にかじりつくように、真正面から抱きつかれた。
 後輩の両腕は背中に回され、両足は僕の右足に絡みついている。
 うぎゃあ、右足の太股に、何か感じてはいけない感触が押しつけられてる気がーっ!?
 何とか引き離そうとするも、後輩はしがみついて離れない。
 うわーん。放課後の昇降口で何やってるんだ僕たちはーっ!?
 部活上がりの皆さんが、視線をずさずさと突き刺していく。
 痛いよう。痛いよう。柔らかいよう。でもやっぱり痛いよう。
 と。
 僕が後輩のオクトパスホールドから抜け出せないでいたところで。
 
「――あ。たっく、ん……?」
 
 幼なじみが現れた。
 ラッキー。ちょうどよかった。後輩を引きはがすのを手伝ってはもらえまいか。


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