たぬきなべ 第1回
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 今朝も、口の周りはベトベトだった。
 寝涎がどうも出やすい体質らしい僕は、毎朝口を拭ってから大欠伸。
 その欠伸が届いたのか、キッチンの方から幼なじみの小娘が、ひょこり顔を出してくる。
「あ、たっくん。おはよう!」
 元気よく挨拶してくるそいつの唇は、やはり今朝も濡れていた。
 唇が乾きやすいとのことで、しょっちゅう自分で舐めているそうな。
 でも、幼なじみとはいえ、男の前で舌なめずりは正直勘弁して欲しい。
 これでもこちらは健康的な青少年なのだ。
 赤い舌の艶めかしさに時折前屈みになってしまうのを誰が責められようか。
 僕のそんな思惑なんて露知らず、幼なじみは朝食が出来た旨を、目の前10センチまで
 顔を近づけ伝えてきた。
 赤い舌が、ちろりと唇を舐めていた。

「「いただきまーす」」
 二人揃って手を合わせる。
 今朝のメニューは鮭の塩焼きと卵焼き。
 幼なじみは僕が食べ始めるまで食べようとしない。
 自分の作った者の評価が気になるのだろうか。
 卵焼きをひとかけら口に運ぶ。しっかり噛みしめて味わってから「美味しいよ」といつもの言葉。
 幼なじみは嬉しそうに微笑んでから、自分の食事に取りかかる。
 こんなに料理上手なのに、自信が持てないのは何故だろうか。
 ただ、ひとつ気になることとして。
 幼なじみが注視していたのが、卵焼きの方ではなかったような。
 きっと気のせいに違いない。
 だって、好きこのんで他人の箸を見つめるような人は、そうそう居ないと思うんだ。


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