Bloody Mary 番外編 『誓い』
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 あちこちから聞こえる鍔迫り合いの金属音。そして誰かの悲鳴。最近はこんな音ばかり聞いている。
「ひっ…!た、助け……で」
 浅ましく命乞いする敵兵の顔面に容赦なく剣を突き立てる。
 さて。今日はこれで何人殺したか。
「うぉぉぉぉっ!!!!」
 今度は背後から怒号を上げて斧を振り上げる兵士の腕を右の剣で切り飛ばし、
 そのまま左手に持つ剣で首を刎ねた。
 切断面から勢いよく血飛沫があがり、俺の鎧を紅く染め上げる。
 俺にとって戦場はあの日の再現だ。迫ってくる敵国の兵士の顔をヤツらに見立て、殺す。
 無論、こんなことはただの八つ当たりだ。そんなことは解っている。……解っているのだが
 一度走り出した憎悪の塊はもう自分でも止められなかった。こんな国さえ無ければ、
 こいつらさえ居なければと、ひとりひとりに憎しみをぶつけていく。
 俺たちが、あいつが、いったい何をしたって言うんだ。

 

『す、すす、好き、だ』
『え?』
『だっ!だから!俺はお前が好きだって言ってんの!』
『……ぷっ…くく…くくくっ』
『ッ!!お前今笑ったな!?笑っただろう!』
『ご、ごめんなさい…でも…くっ…ふふっ…ウィルったら告白しているのに怖い顔してるんだもの』
『う、うるさい!とっとと返事しろ、このやろう!』
『野郎って……あ、痛い、痛い!ごめんなさい、言うから。今言いますから。
 ――――もう……コホン、うん。すごく嬉しい。私も、ウィルが大好きだよ』
 ―――あぁ、俺はなんて幸せ者なんだ。たとえ母さんが死んで天涯孤独になっていても、
 彼女がいるだけで俺はこんなに満ち足りてる。わくわくする。彼女とこれからどんな毎日が送れるのか
 考えるだけで明日が楽しみでしょうがない。

 

 そのはずだったのに。

 

「いやぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
 キャスの悲鳴を聞いて俺は耳を塞ぎたくなった。だけどいくら聞きたくなくても腕は後ろ手に
 縛り上げられそれは叶わなかった。
「……ふぅ…まぁまぁかな」
「よく言うぜ、こんなに出しやがってよ」
 ついさっきまでキャスを犯していた連中がゲラゲラと嗤う。
 その声を聞いて今日何度目かの怒りの沸点を突破した。
「貴様ァァァッッ!!!」
「五月蝿せぇよ、糞ガキが」
「がっ!?」
 その怒りも鳩尾に一発蹴りをもらっただけで失速する。
 なんでだ。なんでこんなことになってる。俺はキャスに告白して、キャスも俺が好きだと
 言ってくれて―――
 どこで、どこで間違えた?何の報いでキャスがこんな目に会ってるんだ…誰でもいい、
 誰か教えてくれ……
「うっ…うぅっ…ごめんなさい……ごめんなさい…………ごめんなさい…ごめんなさい」
 泣きながらキャスは何度も許しを請う。それはいったい誰に対しての言葉なのか。
「ちッ、メソメソ鬱陶しい女だな。もう用も済んだし殺っちまうか?」
「そうだな、犯ったから殺るか?ぎゃははははは!!!」
 また嗤いながら鞘から剣を抜く男ども。
「い、いやァッ!!や、やめて!!助けて、いや!ウィル!助けて!!!」
「暴れるんじゃねぇよ、この!じっとしてろ!」
 死の気配を感じ取ったキャスは必死で抵抗し、俺に助けを求める。
「やめろッ!!やめてくれ!!頼むからやめてくれぇぇぇぇッッ!!!」
 でも俺にできるのは男たちに懇願することだけ。
「ウィル!助けて!!お願い!!た―――」
 深々と。
 無慈悲にも彼女の胸に深々と剣が突き刺さっていく。
 必死の形相をこちらに向けたまま、キャスの目は急速に光を失っていった。
 その瞬間、彼女が好きだったフォルン村の極々平凡な、ひとりの少年も死んだ。

 考え事をしながら戦っていたのがアダになったらしい。いつの間にか本隊から離れ、敵に囲まれていた。
―――突破は……無理そうだな。まぁいい。それなら一人でも多く道連れにするだけだ。
 腹を括って剣を握り直した直後。
「ウィル!前に出すぎです!下がりなさい!」
 包囲網をあっさり抜けて団長が助けに入った。あれだけの数を突破してきたのか!?
「本隊まで戻ります!私に付いて来てください!」
 そう命じながら襲ってくる兵の群れを捌いていく団長。
 ―――頼もしい。この人があのとき、いてくれれば……
 不覚にもそう思ってしまった。
 いや、よそう。あの日キャスが死んだのは俺の所為だ。俺が弱かったからあいつは死んだんだ。
 勇猛果敢に道を切り拓いていく団長の背中を見て、俺は彼女の強さに嫉妬した。


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