Bloody Mary Epilogue
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 祖国から逃亡して旅に出た四人。彼らにもいろいろあったようですがそれなりに
 順調に旅を続けているみたいですね。
 この旅の発案者、ウィルは「贖罪の探求」という割とマジメな目的を持っているようですが…
 はてさて、他の三人はどう考えているのやら。
 とにかく、その後の彼らの様子を見てみることにしましょう。

「ふぅ…」
 ベッドに横になり、ため息をついた。
 ここはアリマテアの南、とある国の旅の宿屋。俺たちはそれぞれ割り当てられた部屋に入って
 休むことにした。
 本当は路銀を節約するために広めの部屋を一部屋だけ取るのがいいのだが、何か嫌な予感がしたので
 三部屋とった。
 ちなみに姫様とシャロンちゃんは同室だ。
 路銀に関しては俺たちの手持ちのお金以外に姫様が城からくすねてきた物を換金した分があるので
 余裕はある。
 い、いや最初は断ったんだぞ?でも姫様が何かと入用になるだろうからって…別に
 言いくるめられたわけじゃないです、決して。

 とにかく疲れた。姫様が一緒なので多少は仕方ないとしても今はなるべく早くアリマテアから
 離れた方がいい。
 明日は姫様をおぶってでもスピードを上げよう。
 ……もう寝るか。明日は更に疲れそうだ。
 布団をかぶると、俺の意識はすぐに沈んでいった。

 ………………。

 なんだかもぞもぞするな。なんだろう。それに暖かい。
 ……あふっ。どこ触って……って、え?
「うわっ、姫様っ!?」
 目を開けるとどういうわけかベッドの中に姫様がいた。
「しーっ。大声を出すでない。ウィリアム」
 俺の口を押さえて小声で言う姫様。
「なんでここにいるんですか。ここ、俺の部屋ですよ」
 にやりと笑う姫様。なんとなくヤバイ。とにかくヤバイ。
「ウィリアムのいけず。そんなことを女のわらわの口から言わせるつもりか?」
 艶やかな視線で俺に身体を押し付けてくる。あああ足に何か柔らかいのが当たってますってば。
「ひひひひひ姫様、いけません…明日もももも早い、のですから、もう寝ないと…」
「ウィリアム……」
 俺の手を取り、自分の胸に当てる。
「ちょっ…」
「わらわの胸、小さいじゃろう?マリィより小さいのは凄く悔しいのじゃ……
 じゃからな、ウィリアム―――――」
 そっと俺の耳に口を寄せ。
「おぬしが大きくしてくれ」
「う…」
 ぬっ……!姫様め、俺を篭絡させる気か…!ま、負けるものか…!心頭滅却!心頭滅却!
「わらわに…情けを…」
 更に耳元で囁く。
 しんとーめっきゃくっ!しんとーめっきゃくっっ!

「やめなさい」
 パカン!
「痛ッ!!」
 あわやもう駄目か、というところで助けが入った。
 いつから居たのか敢えてつっこまないが団長が鞘に入ったままの剣で姫様の頭をはたいたのだ。
「ウィルが困っているでしょう。お子様はとっとと寝なさい」
「お、おのれ!マリィ、わらわの邪魔をするな!こら!放せっ!」
 姫様の言葉を無視して首根っこを掴み、ベッドから引き摺り出す団長。
 そのまま部屋から放り出してしまった。更に素早い動作で鍵をかける。
「おのれーっ!今に見ておれ!マリィ!」
 施錠された扉の向こうで何やら喚いていたがやがて諦めたのか聞こえなくなった。

「ふぅ、助かりました。団長」
 そういえばなんで団長は姫様と一緒に退室しなかったんだろう。あれ?おかしいな。
「……」
 何も言わずにこちらを見つめてくる団長。……目が潤んでません?あ、なんかまた嫌な予感が……
「ウィル……」
「ちょっと!団長!なんでベッドの中に入ってくるんですかっ!?」
 ヤバイ。とにかくヤバイ。可及的速やかにヤバイ。
「ウィルの意地悪。女の私からそんなこと、言わせるのですか?」
 その台詞、つい最近聞いたぞ。
「嗚呼、ウィル…」
 俺に身体を寄せ、手を掴んで自分の胸を触らせた。
「私の胸、小さいでしょう?大きくして、馬鹿にする王女を見返してやりたいんです……
 だから、ウィル――――あなたが、大きくしてください」
 そのネタ、さっき聞いたんです。団長。……勘弁してください。
「私を……抱いて…」
 俺の耳元で囁いた。
 あーっ!どうなってるんだよ、今日は!
 うわっ、やめて!団長、そんなとこ、うひゃっ…!だ、誰か、助け…!

「何をなさっているんですか?マリィ様」
「きゃあっ!」「わっ!」
 俺の願いが通じたのか、枕元にシャロンちゃんが立っていた。
 ……って鍵かかってるのにどうやって入ってきたの、シャロンちゃん?
「ど、どうしてここに居るんですか、シャロンさん」
 団長が少しムッとした表情でシャロンちゃんに尋ねた。
「いえ。姫様に部屋を追い出されてしまいまして。仕方なくウィリアム様の部屋をお訪ねしたのですが」
「え?なんで追い出されたの?」
 今度は俺が尋ねる。
「ウィリアム様の下着を握っていらしたのでこれから御自分をお慰めになるんでしょう」
「はい?」
 俺は自分の耳を疑った。なんで俺の下着なんか持ってるんだよ、姫様。
「ちょっと!どういうことですか!それは!」
 団長が怒鳴った。
「どういうことと申されましても……お分かりなのではないですか?」
 団長の目を見つめるシャロンちゃん。一方の団長はというと、何か考えているらしく黙って俯いていた。

 つかの間の静寂。そして。

「……ウィリアム様の下着、ハァハァ…」
 無表情のまま団長の耳元で呟いた。
「くっ!あの助平王女め!どうやって手に入れたの!そんなイイもの!」
 そう言うやいなや、団長は急いでベッドから出ると扉を開けて部屋から出て行ってしまった。
「な、なんなんだ…いったい」
 俺は頭を抱えた。

「さて、ウィリアム様」
「ん?」
 声を掛けられ、顔を上げるとと眼前にはシャロンちゃんの表情の読めない顔。
「おわっ!ち、近いよ!シャロンちゃん!」
 びっくりして顔を離し、ベッドの端に逃げてしまった。心臓に悪すぎる。
「やっと、二人っきりになれました」
 そう言いながらベッドの上に乗り、四つん這いになるシャロンちゃん。
 ゆっくり俺に近づいてくる姿はまるで狙いを定めた雌豹。
 彼女の顔を見るとやっぱり無表情。……と思ったけど、うん、やっぱり目が潤んでるね。
 嫌な予感…っつか予感っていうより確信する。
「ウィリアム様、私の胸、小さいでしょう?」
 いや…普通に大きいだろ。あんた。
 こりゃ完璧にからかってるな……シャロンちゃん。
「さっきまでのやり取り聞いてたな?」
「バレてしまいましたか」
 そう言うと、彼女はベッドから降りた。
「今日は分が悪いようです。撤退します。断っておきますが逃げるのではなく戦術的撤退ですので
 あしからず」
 そんな念押しすると余計に言い訳臭いよ?だいたい何を断念して撤退するんだよ。

 じゃ、と片手を挙げて立ち去ろうとするシャロンちゃんを横目に、ベッドの上に何か落ちているのを
 見つけた。
「あ、ちょっと待った」
 慌てて彼女を呼び止め、落し物を拾い上げる。
「…何でございましょう?」
 手の中の落し物を確認。これは……懐中時計か。しかも銀製の。珍しいな。
「これ、シャロンちゃんのじゃない?」
 シャロンちゃんに銀時計を見せた。その拍子に裏面が目に入る。
何か文字が彫ってあるな……えーと…
“Marianne”?
 誰の名前だ?
「申し訳ありません。どうやら先程落としたようですね」
「はい。……差し支えなかったらひとつ訊いていい?」
 懐中時計を渡しながら質問した。
「ええ。私でお答えできることでしたら」
「裏に彫ってある、マリアンヌって名前だけどお母さんか誰か?」
 その質問を受けてシャロンちゃんには珍しい、ちょっと驚いた顔をした。
「いえ、私の名前です。」
「え?」
「私の本名はマリアンヌと申します。シャロンという名前は城に入るときに自分で付けたあざなですので」
「な、なんで偽名なんか…」
 シャロンちゃんはもともと掴み所のない性格だけどこれは益々不可解すぎる。
どうも旅にも慣れてるみたいだし……経歴が謎なんだよなぁ。
「それは――――」
 顎に人差し指を当てて何か考える素振り。無表情だけど。
「女の秘密ということで」
 誤魔化すように俺にウィンク。ぎこちないうえに無表情だけど。
「……」
 いや言いたくないならそう言えばいいのに。・・もうなんでもいいや。早く寝よ。
「ところでウィリアム様?」
 これでやっと睡眠を取れると思っていたら話を振られた。
「ふぁ〜…えと、今度は何?」
 あくびをしている俺の耳元に口を寄せるシャロンちゃん。

「私にお情けを――――」

「それはもういいっちゅーねんっ!」

 南への旅の途中、俺たちの夜はこうして更けていった。
 ――――――――――――って、頼むから寝かせてくれ……


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