memory 第2話
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「あなた、何でこんなとこにいるのよ?!ここは立ち入り禁止でしょ!」
「それは君だって同じだろ、そんなことより早く降りて」

病院の屋上。
一人の女の子がフェンスの上に登っていた。
もちろんフェンスを乗り越えればあとは地上まで真っ逆さまだ。
僕と同じく病院服を着ている。おそらくここの入院患者だろう。
靴はそろえてフェンスの手前に置いてある。
この子が自殺しようとしているのは明らかだった。

「いやよ、邪魔しないで!出てってよ!!」
「何があったか知らないけれど、駄目だよ、自殺なんて!」
「あなたには関係ないでしょ!いいから出てって!!」
「こんなの見ちゃったら見過ごせないよ!降りてきなって!!」
「…………だいたいあなた誰よ?何でこんなとこにいるのよ!?」
「えっと、僕は高……なんだっけ?」
情けないことに僕はさっき聞いたばかりの自分の名前をど忘れした。
仕方ないだろ、あの子は諒一って呼んでたし。
名字を言われたのは僕が自分の名前を聞いた1回だけだ。
「…………変な人。普通自分の名前を忘れる?」
って、自分に言い訳してる場合じゃない。
とにかくこの子が飛び降りる前に思い出さないと。
「ちょ、ちょっと待って!今思い出すから!まだ飛び降りちゃ駄目だよ!」
思い出せ。
高○諒一だ。
高石、高木、高田、高見、他には……
「………もういいわ。なんだかどうでもよくなってきちゃった」
「へ?」
そう言ってゆっくりと降りてきた。
「ねえ、ここであったこと、内緒にしてくれない?」
「え、あ、うん……」
彼女の輝くような笑顔に、何とも情けない声で答えた。
僕は馬鹿みたいにぽかんと口を開けたまま突っ立っていた。

 

「へえ、記憶喪失なんてホントにあるのね」
「らしいね。実際なってる人がここにいるから」

僕たちは屋上のベンチで語り合っていた。
と言ってもまだ自己紹介が済んだくらいだけど。
僕も無事名前を思い出した。よかった。覚えた端から忘れていく訳ではないみたいだ。
彼女は吉村真理。歳は秘密だそうだ。多分高校生くらいだと思う。
酒井さんはいかにもかわいいという感じだったが吉村さんは美人という言葉がよく似合う。
彼女の笑顔を見ると思わずドキッとしてしまう。
そして彼女は思いのほか明るい人だった。とてもさっきまで自殺しようとしていた人とは思えない。
いったい何でこんな人が自殺なんてしようとしてたのだろう?
聞きたくないと言えば嘘になるが、さすがにさっきまで自殺しようとしていた人に直接聞けるほど
無神経ではない。とりあえず手がかりを探してみることにした。
「ねえ、吉村さんは何で入院してるの?何か重い病気を抱えてるとか?」
「私?ただの盲腸」
「えっ?」
「意外だった?余命3ヶ月を宣告された、とか思ってたんじゃない?」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。僕は自殺の理由は病気だと思ってた。
いったいどこの世界にただの盲腸で自殺する人がいる?
「そ・れ・か・ら、私のことは名前で呼んで」
「え、それ、ちょっと恥ずかしいよ……」
「いいじゃない、呼んでくれたって。呼んでくれなきゃ死んじゃおうかなあ……」
明らかに冗談と分かる言い方だった。だからといって許せる訳でもない。僕はそういう冗談は嫌いだ。
「分かった。でももう冗談でも死ぬとか言わないで。それができないなら、呼ばない」
「……分かったわ。もう言わない」
そう言って吉村さ……真理さんは僕の肩にぽんっと頭を預けてきた。
「ちょ、ちょっと、……ま、真理さん?」
「お願い。少しだけこのままでいさせて」
「………うん」
「ありがとう。諒一くん」

「ところで諒一くんの病室は何号室?私は406号室だけど」
「……………………あれ?」
「まさか忘れたとか言わないわよね?」
「忘れたと言うより知らない…かな。僕が気づいたときにはすでに病室にいたし、
そこから出てそのままここに来たから。」
つまり、僕は一度も自分の病室に帰っていない。
「まあ、何階だったかくらいは覚えてるでしょ。行ってみたら思い出すんじゃない?」
「エレベーターで上がってきたから覚えてない……」
「…………じゃあ受付に聞きに行きましょ。ほら、行くわよ」
そういって真理さんは僕の手を引っ張っていった。


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