memory 第3回
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「ねえ、そろそろ手離してよ」
「いいじゃない、このままで。ねっ?」
「でも……はずかしいよ」
僕はさっき真理さんに引っ張ってこられたまま手をつないでいる。
ちなみに今僕たちはエレベーターの中で二人っきりだ。
これで緊張するなという方が無理な相談だ。
「別に誰も見てないわよ」
「いや、そういう問題じゃなくって……」
その瞬間エレベーターの扉が開いた。いつのまにかエレベーターは止まっていた。
そしてその扉の向こうに一人の少女が立っていた。
「諒一?」
「ん、誰?知ってる人?」
そこに立っていたのは酒井さんだった。
まだ手はつながれたままだった。

「ねえ諒一、その女……誰?なんで手なんか握ってるの?」
顔は笑っているが目が笑っていない。
必死に作り笑いしようとしているがその目は強烈な敵意を持って真理さんに向けられている。
「何?諒一くんの知り合い?でも記憶喪失ならそんなのいるわけ無いよね?」
そう言って真理さんは腕も絡めてさらに密着してきた。
「えっと……この人は酒井綾香さん。僕の、その…彼女だって。
僕のことも酒井さんが教えてくれたんだ」
「へえ、彼女さんだったんだ」
そう言って酒井さんの方を見たが絡めた腕は放さなかった。
「こ、この人は吉村真理さん。さっき屋上で……その、たまたま会ったんだ」
飛び降りようとしていたことは伏せておいた。多分知られたくないだろうから。

酒井さんは答えなかった。
というより耳に入っていない様子だった。
ずっと真理さんを睨んでいる。
「………酒井さん?」
「…………えっ?ああ、とにかく早く戻ろう?さっきお医者さん呼んだから」
急に反応した酒井さんは真理さんから僕の手を奪い取って階段の方に引っ張っていった。
僕は酒井さんに引かれながら振り返って真理さんの方を見た。
「私406号室だからー。遊びに来てねー」
小さくなっていく真理さんはずっと手を振っていた。

「あ、先生、連れてきました!」
そのまま僕は自分の病室まで引っ張られてきた。
302号室か。今度は覚えておこう。
病室にはすでに医者の先生が来ていて後ろに一人の看護婦さんが控えていた。
「ああ、目が覚めたようだね。
初めまして…というのも変な気分だが、君の手術をさせてもらった長谷川だ。よろしく」
白衣を着て聴診器をぶら下げた男が手を差し出した。
歳は四十代くらいだろうか?口ひげを生やして髪の一部が赤みがかった色で染められている。
「あ、いえ、こちらこそ。高野です。よろしく」
軽く会釈して握手した。

「ああ、それから、私のことは敬意を込めて平成のブラックジャック先生と
呼んでくれて構わないよ」
「…………は?」
何なんだこの人?普通自分からそんなこというか?
対応に困っていたら側にいた看護婦さんが耳元でささやいた。
「実際腕はいいんですけどね。まあ、性格は見ての通りです。
あと、あくまでブラックジャックは自称ですから。」
「はあ……」
要するに自信家な訳か。
「体調はどうだい?おかしなところがあったら遠慮なく言ってくれ」
特にありませんと言いかけてやめた。そうだ、記憶喪失だったんだ、僕。
「事故に遭うまでのまでの記憶がないんですけど……」
「何!?すぐに脳波の検査だ」
言うやいなや自称ブラックジャック先生は僕の腕を引っ張って病室を出た。
…………引っ張られてばっかりだな、さっきから。


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