リボンの剣士 第24話
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この勝負、あたしがもらったも同然ね。
昨日、恵のツテから、日野山さんと話をして、木場さんが、
男を漁っては捨てる悪女だって言う確証を得た。
このことを人志に話せば、あの女の計画も作戦も、すべて水の泡。
人志なら、そんな女、二度と信用しないわよ。
「ネギだくに〜、ギョクのせて〜」
「最高の牛丼の完成だ」
木場さんは食堂で、人志と同じ牛丼ネギだくギョクを、媚び全開のアホ面で食べている。
……ま、せいぜい楽しんでればいいわ。
すぐにあんたの急所を突いて、息の根を止めてやるから。

「人志、ちょっといい?」
「ん?」
放課後、いよいよ例の話をする時が来た。
朝一緒に登校するときでも良かったんだけど、そこは武士の情けよ。
「来て」
あたしは人志を引っぱって、上り階段へ向かう。
「あ、伊星く――――」
「ちょっと待ったぁ! 木場、掃除サボるんじゃねえよ」
木場さんが妨害に入ってくるのは、薄々勘付いていた。
だから、あたしはあらかじめ桐絵に頼んで、木場さんの動きを封じてもらう作戦を立てている。
ふふん。味方の少ないあんたに特に有効な戦法よ。
あたしは後ろを振り向かず、人志を連れて上へ行く。

屋上の入り口前の踊り場、あたしはここで足を止めた。
屋上は、特別なことが無い限り閉まってて、出ることはできない。
ここでも人気が無いから、十分だけどね。
「明日香?」
まだ何も知らない人志。大丈夫、あたしが目を覚まさしてあげるから。
「聞いて、真剣な話なの」
「……」
人志は黙って鞄を置いた。
「木場さんの、ことなんだけどね」
あたしも、目をまっすぐに見つめる。
「ここしばらく前から、よく人志と話をするようになったじゃない?」
「そうだな」
「何でだか、わかる?」
「ん……。それは、考えたことはあるが、よく分からなかった」
やっぱり、わからないわよね。それで騙された男がどれだけいるんだか。
人志には、同じように騙されて欲しくない。木場さんの被害者に、なっちゃいけない。
「その理由はね、人志が、狙われているからよ」
「ねら、われて、いる……?」
「そう。木場さんはね、前に、彼女がいる男を、その彼女から奪い取ったのよ」
もう、人志があれこれ悩むのは、おしまい。
「しかも、その男とは一ヶ月もしないうちに別れた」
「……」
「どういうことか、わかるでしょ? 木場さんは、彼女がいるいないお構いなく、
男を食い荒らしているのよ」
「……」
「だから人志。木場さんにはあんまり、ううん、今後一切、近づかないほうがいいわ」

言った。言ってやった。木場春奈の急所を、そして人志の迷ってる部分を、斬ってやった。
これでもう大丈夫。人志は、木場さんを相手にせず、これまで通り、あたしと一緒の生活に戻る。
「その話……本当なのか?」
「本当よ。木場さんに彼氏を盗られた人と、あたし会ったから。名前も学校も知ってるわ。
何なら、自分で会って確認してみる?」
「いや……」
そうよね、わざわざ確認する必要なんてない。あたしの言葉だけで、十分信じられるもの。
「……」
いいのよ人志。あの女のことなんか考えなくて。
「……どうしたの?」
人志の様子が、なんかおかしい。迷って、考えている表情になってる。
迷うことなんて全くないのに。
「その話は……」
「だから本当だって言ってるじゃない」
「……」
何よ。何よその煮え切らないって感じの顔は。人志だったら、そんな顔をするはずがない。
「あたしの言うことが信じられないの!?」
「いや……それは……」
一歩近寄ると、人志も一歩さがる。
『信じられる』って断言できないなら、どこかで疑ってるってことじゃないの。
何で? 何でよ? どうしてあたしを疑うの?
あたしは、人志に悪意で嘘をついたことなんて無い。
人志を騙して、笑ってやろうとしたことも無い。
あたしが、人志を裏切ったことなんて無い!
人志だって、ずっとあたしのことを信じてる、信じていいのに、どうして……?

……一つ、思い当たる理由が見つかった。
「人志……木場さんに、なんて言われたの?」
その可能性は、無いと思いたい。あたしが気付かないうちに、
木場さんが、人志の信用を、あたしより得ているなんて。
「特に、何も、言われてないが……」
少し震えた声で否定してる。けど、あたしにはわかる。
「嘘よ」
木場さんに何も言われなければ、何もされなければ、あたしの言うことを疑うはずがない。
信じないということは、人志の心の中には、木場春奈がいる。
人志の心の中に、汚いモノが混じっている!!
「ほ、本当だ」
竹刀をしっかり握り締める。人志は、他の女に気を許して、汚いものに染められた。

 

許さない。

 

型から外れた、ケンカ用の一撃。顔を強く打つと、人志は尻餅をついた。
人志は……あたしを疑った。あたしを裏切った!!
手加減なんかしてやんない。何度も、人志の身体を竹刀で打つ。
「明日香……やめ……」
何回殴っても、まだ口答えする。
木場の言うことに仄めかされて、あたしを蔑ろにしておいて……!!
「人志は、あたしの言う事だけ聞いてればいいのよ!!」
まだまだ、五十も打ってない。人志が木場のことを忘れるまで、千でも二千でも叩いてやる。
「っ……くぅ……うあっ……」
だんだんと、人志の口からはうめき声しか出てこなくなる。
その口から、木場に汚された部分を吐き出せ!
一際強く鳩尾を突く。
「おぐっ……うっ……お゛えぇぇっ……」
びちゃびちゃと音を立て、人志から汚いモノが吐き出された。
ふん、これで少しは反省して――――。

――!?

頭が、ゆっくり冷えていく。
あたしの目の前で起きていること。それは、人志が、お腹に一発喰らって、吐いている。
「あ……」
あたしが前から、何より嫌っていること。
「あ……」
人志を虐めたヤツらが、笑ってやっていたこと……。
あ、あたし……あいつらがやっていたのと、同じことをしてたの?
人志を……傷つけたの?
「あ……あ……」
違う! あたしは、あたしは……。

違わない。

まるで別の所からのように、あたしの声がする。

傷つけた。人志を、傷つけた。

「ひと、し……」
あたしが、人志に暴力を振るって、傷つけた。怒鳴りつけて、竹刀で何回も叩いて。
目の前の人志を残して、周りが真っ白になった。
あ……あ……そうよ……傷つけたんだから……せめて、謝らなくちゃ……。
「ごめん……ごめんなさい……」

『全く、あいつら何考えてるのよ』
かつて、人志を虐めたヤツらに吐き捨てた言葉。
『一方的に殴りつけてくるなんて、最低なヤツらね』
それをやったあたしは、最低だ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
真っ白だった視界が、真っ黒になって、さらに涙で歪む。

「明日香……」
人志の声。これからあたしに、罰を与える声。
「ここは俺が片付けるから、明日香は、先に帰れ」
”帰れ”――――。
人志からの罰は、覚悟していたとはいえ、とてつもなく重い。
だけど、あたしは拒否してはいけない。
「うん……」
あたしは、ここに居てはならない。今すぐ、人志の前から消えないと――――。

家に帰る間の記憶は残ってなかった。
ベッドに寝転がると、身体は布団の柔らかさに包まれる。
でも手には、竹刀を握って、人志を殴った感触がまだ……。
「うぅ……っ……ああああぁぁっ!!」
あたし、どうしたらいいの? 嫌……人志から嫌われたら、憎まれたら……。
怖い。怖い。怖い。怖いよ……。

誰か、助けて……。


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