リボンの剣士 第23話
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「お待たせ」
「……どうも」
恵と一緒に現れたのは、他の学校の制服を着た、大人しい感じの人。
前髪が長くて、ややうつむいている。
彼女はあたしのちょうど正面の位置に座った。

恵が話を持ちかけてからちょうど一週間。あたしは、駅前のカラオケボックスで、
この、木場さんに彼氏を盗られた人に会うことになった。
実は、違う学校だとは思ってなかった。というのは、まさか木場さんが、
他の学校の男にまで手を伸ばしてるとは思ってなかったから。
まだまだ、あの女を甘く見てたかもしれないわね。
「明日香、この人が日野山さん。子寅麗(ねとられい)学園の人」
「はい……日野山です……」
日野山さんは、弱々しい感じの声で一礼した。

何となく、この人からは暗い印象を受ける。
これから話したいことが、あらかじめ恵から伝わってるんだと思う。
彼氏を盗った女の話なんて、したくないわよね、そりゃ。
「あたしは新城明日香。恵と同じ学校で、その……」
「木場さんとも同じ、ですよね……」
入れるべきかどうか迷う言葉を、日野山さん自らが追加した。
やっぱり、あたしが話したいことは大体伝わってるのね。だったら話は早いわ。
「そうよ。あのね、あたしには彼氏……じゃないんだけど、まあ、その、好きな人がいて、
その人に木場さんが接近してる、って状態なの」
日野山さんは、こくこくと頷いて聞いている。目線だけずっとこっちに固定されてて、
ちょっと怖いけど……」
「あたしは、木場さんに、盗られたくない」
「そうですよね……」
「木場さんがどんな女かはっきり判れば、人志だって騙されないはず」
「あ、人志ってのは、明日香の好きな人ね」
恵の補足を交えながら、あたしはあたしの意思を、目的を伝える。
「日野山さん、昔のことを引きずり出して悪いけど、あなたが、
木場さんに彼氏をどんな風に盗られたか、教えてほしいのよ」
「…………」

返事が来ない。日野山さんの顔が、さらに下を向く。前髪で目が隠れた。
「このまま何の対策も取らなかったら、明日香が、日野山さんの二の舞になるの」
恵が少し身体を寄せた。
「木場の好き勝手になんかさせちゃいけない。それを一番良くわかってる日野山さんだからこそ、
話してほしい」
……こうして聞いてると、さっきのあたしの言葉って結構乱暴だった気がするわ。
恵を通しているとはいえ初対面だし、前知識があるからって、いきなりあれは、
さすがに無神経すぎた。

「はい……わかりました……」
顔が上がって、日野山さんの目線は、まっすぐ、あたしと恵のほうに向き直った。
「元々、話すつもりで来たのに……すみません……」
と思ったら、またうつむいちゃった。
この落ち込みやすさは、木場さんに彼氏を取られたショックのせいなのかしら。
「あ、いや、いいのよ。無理を言ってるのはこっちだから」
「木場さんが、どうやって近寄って来たか、なんですが……」
再び日野山さんの顔は正面を向き、口調も少し強くなっていた。
「私と……彼で、二人のときに、友達のように明るく話し掛けてきたのが始まりでした」
二人でいるときに、明るく話し掛けてくる。あたしのときと同じじゃないの。

日野山さんは続けた。
「それ以来、何かにつけて彼に近づいて、こう……明るく、甲斐甲斐しく、と言いますか……、
意地の悪い言い方ですけど、男の人のツボを押さえるような、そんな感じで」
ふんふん。『一緒に帰ろ』なんて誘ってきたり、手料理を披露したり、
そういう作戦で媚びてるわけね。
「私も、ただの女友達みたいなものだと思ってたんですけど……よく見てみれば、
木場さんは彼にべったりで、私は相手にしない、と言う態度でした」
あーもう、まさにその通りとしか言いようがないわ。そういう態度、
あたしも目の当たりにしてきたから。
「彼は、私より木場さんと話すことのほうが多くなって、少しずつ距離が開いていって……。
そして、しばらく前、別れ話を出されました……」
最後のほうは、声が細くなっていった。また、日野山さんの目線は下向きになる。
あたしの場合、彼女の二の舞になったとしたら、前に見たあの悪夢が、
現実になって突きつけられるのね。
「別れた後は、どうなったの?」
「はい。彼とはもうほとんど話もしなくなりました……。
あと、噂で聞いたんですが、彼と木場さんはすぐ別れたとか」
「噂っていうか、本当のことなんだけどね。それで今、人志殿に迫っているわけだ」
恵がそう言うと、日野山さんは、はっと驚いた顔になる。
「そうですか。……そうですよね、確かに彼は、ある日を境に、
私はおろか他の人とも話さないようになったみたいですし」
他の人とも話さない、つまり塞ぎ込んでるって事でいいのかな。
そうなったって事は、やっぱり木場さんが捨てたのね。

もしかしたら、木場さんは、狙った男を落とす、その過程だけを楽しんでいるのかもしれない。
プラモデル作りが趣味の人で、作っているときが一番面白くて、でも完成したらなんか物足りない。
そんな話を耳にしたことがある。
まあプラモデルだったらそれでもいいけど、木場さんの場合は、相手は人間。
飽きて捨てれば、当然その人を傷つけることになる。
……何よ。どっちにしたって最低な女じゃない。男癖が悪いことは、本当だってわかったし。
「彼と木場さんが別れた理由は、私にもわかりません。でも……」
「でも?」
「木場さんに彼を盗られたのは……私が、こんな暗い性格してるからだって、
最近では、そう、思ってます……」
……。

日野山さん。そうやって考えて、無理やり諦めようとしてるの?
「違うわ」
あたしは、そうは思わない。
「仮に日野山さんが暗い性格だとしても、それが木場さんみたいな、
明るい女に彼氏を盗られたって仕方ないってのは、間違いよ」
暗い性格が悪くて、明るい性格が善い。そんなんじゃない。
人志は、中学の頃は周りから、陰で暗い奴と囁かれていた。
でも、人志の性格が悪いだなんて、あたしはちっとも思っていない。
普段は明るく振る舞って、その裏で人志に暴力を振るうようなヤツが、
善い性格をしているはずがない。
日野山さんが、彼氏を盗られるという、酷い目にあったのに、それを自分のせいだと考える所は、
人志に似ている。気がする。
人志も、虐めてくるヤツらとあたしがケンカした後、いつもあたしに申し訳ないって……。
「そうなんですか?」
「そうよ。あ、あたしがそう思ってるだけだから」
日野山さんは、いまひとつ分からない、といった感じでキョトンとしてるけど、
あんまり突っ込んだことまでは言わない。
あたしなら、別れ話なんか出してきた時点でぶっ飛ばすわ。竹刀で。
でも日野山さんは、人に暴力を振るうのは嫌だろうから、それでいい。
「はあ」
無理にあたしの考えを理解させるのも、それはそれで良くないからね。

話が大体終わったところで、恵は手にマイクを持ち、立ち上がった。
「さ、もう話はいいかな。気晴らしに歌ってこ」
なるほどね、場所をカラオケボックスにしたのは、そのためだったんだ。
アフターケアはバッチリね、恵。
「そうねー。日野山さん、得意な曲ってある?」
「あ、それじゃあ……」
あたしがリストを渡して、受け取った日野山さんはその中から一曲探し当てて、機械に入力した。
すぐにイントロが流れ出し、モニターに曲名が映し出される。

『ストーカーになりました』

あたしと恵は、同時にジュースを噴き出した。


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