リボンの剣士 第22話
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「ふぁ、あぁ〜あ」
五時間目が終わるチャイムで目を覚まし、終わりの礼だけ合わせる。
今日も五時間目は寝て過ごした。だってこの時間、一番眠くなるんだもん。
「あー、人志。今のノート貸して」
「……ほら」
ついさっきの授業のノートを人志から借りて、教室を出る。
目指すは一階の印刷室……の、コピー機。長期間借り続けるのは人志に悪いから、
すぐコピーを取って返す、という方法に変えた。
コピーするたびに、機械に十円取られるけどね……。

人志のノートと、コピーした紙を持って階段を上がって、二階に着いたときだった。
「あ、新城先輩、ちょうど良い所に」
階段口で出くわしたのは、新聞部の、小うるさいヤツ。
最近、あたしや人志、木場さんの周辺をこそこそしている。
あたしが人志を取られまいと、木場さんが取ってやろうと張り合っているのを、
横から首を突っ込んできて、掻き回そうとしてる。はっきり言って、邪魔。
「何よ」
「渡したい物がありまして」
新聞部は、ポケットから、ハガキくらいの大きさの紙を出して、手渡しした。
片面が、光を強く反射した。
その紙に書かれて、いや、写っていたのは――――。
「な、な、な……」
あたしが、体育の授業のバスケットボールで、ジャンプしてシュートを打つ瞬間。
上が少しまくれ上がって、お腹が見えている、そんな写真。
「何よこれー!!」
写真を片手に、もう片方の手で新聞部の襟首を掴む。
ノートを落としたけど、それどころじゃない。
返答次第では殴る。今は竹刀は無いから、素手で。
「え? あ、あああすみませんっ! 間違えましたっ!」
新聞部は慌てて写真を取り返そうと手を伸ばしてきたけど……甘いのよ。
写真は素早くブレザーのポケットにしまい込んで、かわした。
空振りする手をやり過ごして、無防備になった頭に一撃! 握り拳で、こめかみの辺りを打つ。
「あ……くぁ……」
新聞部は、うめき声を出してダウンした。
「……で、本当に渡したい物は?」
「……少々、お待ちを……」
今度は別のポケットから、一枚の紙、たぶん写真が取り出された。
まだ起き上がれないっぽい新聞部が、震える腕でそれを差し出す。
……もう一度ボケたら、蹴りも追加するわよ?
写真をひったくって見てみると、そこには――――。
「な……っ」
風景は、あたしも行ったことのある喫茶店、その店内の席に座っている、一組の男女。
女のほうは、木場春奈。顔でわかった。
男のほう、アングルの関係で後ろ姿しか見えないけど、これは…………人志?
うん、人志よ。あたしが間違えるはずがない。この写真に写っているのは、人志と木場さん。
……。

そう、そうなの。
木場さん、もうそこまで侵食してるんだ。
あたしは、親同伴じゃなきゃ、こういう所に人志と一緒に行けないのに。
「これ、いつ撮ったの?」
たずねると、新聞部は上半身だけゆっくりと起こし、答えた。
「昨日、です……」
昨日。あたしが部活に行った後、木場さんが出てきて、人志を連れ込んだのね。
今まで、人志はずっと一緒に帰ろの誘いを断っていたはずなのに。
まさか人志、あの女に気を許しちゃったんじゃないでしょうね。
駄目じゃないの。あんな、一度捕らえたら死ぬまで逃がさない、
死んだらゴミ扱いの泥沼女に近づいちゃ。
……少し、警戒を強めたほうがいいわね。

「あの……では、自分はこれで……」
いつの間にか立ち上がっていた新聞部が、ふらふらと去って行こうとする。
「待ちなさい」
びくっ、と身体が跳ね上がってる。
「まだ、何か……?」
「こっちの写真……」
あたしは、一枚目の写真を出して、見せた。
「ネガあるんでしょ? よこしなさいよ」
詰め寄ってやると、新聞部の顔が一気に青ざめる。
「それは、その……ネガは、いえ、その写真は、光画部提供の物で、
あいにく、新聞部のほうでは……」
「光画部? だったらくれたヤツに話しつけて持ってきなさいよ!」
「そ、そんな理不尽な……」
「理不尽なのはそっちでしょ!? 明らかに盗撮で犯罪じゃないの!!」
もう、呆れるわ腹立つわムカつくわ。光画部と新聞部、グルになってるってことでしょ、つまりは。
完全に新聞部は血の気が引いてるけど、あたしの知ったことじゃない。

新聞部を引きずって、あたしは光画部の連中と『平和的な話し合い』をした。
話し合いはうまくいき、あれだけではない、数々の盗撮まがいの写真と、ネガを手に入れた。
これらは全部、焼却炉かシュレッダー行きね。
ついでに、光画部の名前を『田○部』に変えてやろうとしたけど、
それだけはと必死に土下座されたから、許してやった。
全く、どこで何されてるかわかったもんじゃないわね。

「さて、と……」
あたしは、二枚目の写真をもう一度取り出した。ちょっと観察、分析してみよう。
写真の中の木場さんは、いつものへらへら笑顔じゃなくて、むしろ、キッと引き締めたような表情。
……ふん。いつもと違う一面見せて、気を引こうとしてるのかしらね。
打算、計算――――バカみたい。
人志のほうは、顔は見えないけど……いい表情をしているはずがない。
人志が、こんな女と一緒にいて、嬉しく思う理由なんて一つもない。
この写真の状況も大方、木場さんが無理やり誘って、人志が渋々了承した、ってのがいいところよ。
別に、気を遣ってやらなくたっていいのよ、人志。前のように、突っぱねてよ。

「明日香」
「あ、恵」
教室でボーっとしてたら、恵があたしのすぐ側に来ていた。
「最近どう? 木場の奴は追い払えた?」
……相変わらず、その手の話が好きなんだから。
溜息が出る。
「あのね、あたしがあんな女に負ける訳ないでしょ」
「おーおー、それでこそ明日香だね。で、ちょっと話があるんだけどさ」
「何?」
「結構前、木場が男を奪ってポイ捨てした話、したじゃん?
その取られた男の彼女と、連絡取れるようになったんだよ」
――!!
反射的に、あたしの身体は恵のほうに向き直った。
木場さんに彼氏を盗られた人……。連絡が取れるって事は、恵を通して話ができるって事、よね?
いい機会だわ。木場さんが悪い女である証拠が手に入れば、
あたしの勝ちは決まったようなもんじゃないの。
「私の携帯には番号とメアドは入ってるけど……」
「ねえ恵、その人とあたしが話できるようにしてくれない?」
立ち上がって、恵の両肩を掴んだ。恵は一瞬驚いたけど、あたしの意思を汲み取ってくれたのか、
安心したような笑みを見せる。
「OKOK。任せといて」
親指立てた握り拳をぐっと出してきた。
「2,3日くらいで日時はセッティングできると思う」
「ありがと」
「いいって事よ。私は……礼子や桐絵も、明日香の味方だからね」
「うん……」
「念のため、伊星は鎖で繋いどきな」
「ちょっと!」
「あはは、冗談冗談」
恵は、じゃ、と言い残して、踊るようなステップで席に戻った。
味方。そう言ってくれる友達がいるのを再確認して、嬉しくなった。
負けられない。人志とずっと一緒に居られるのは、あたししかいないから。


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