リボンの剣士 第21話
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商店街の一角にある喫茶店。木場は有無を言わせず、俺をその中へ引っ張った。
表情は男をひっぱたいてからずっと硬いままで、機嫌が良いようにはとても見えない。
木場の態度は、あの瞬間から豹変している。はっきりした声で物を言い、
俺にとっては敵である相手に毅然として向かったあの姿が、少し明日香と被った。
「ここで少し、時間つぶそ」
緊迫した面持ちだが、柔らかみの混じった声だった。
程なくして、店員が水を持ってくる。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「あ、私はアイスティーで……」
木場が俺に目で合図する。
店に入ったものの、今は飲み食いしたい気分じゃなかった。まだ、絡まれたときの緊張が残っている。
それに、木場のあの変化も……。
「……コーヒーを」
「かしこまりました」
とりあえず注文だけした。

店員が離れていった後、木場はテーブルに両肘をつく。俺を見るその目は、やはりいつもとは違う。
「伊星くん、さっきの人たちって……」
木場は小さく、呟くように行った。
気にならないわけ、ないよな。あれだけ言いたい放題にされて、俺は何も言い返せなかった。
我ながら、ひどく格好悪い。元々格好いいのかという疑問はさておき。
「……俺の、中学の、同級生……」
俺もまた、ぽつりと小さい声で答えた。
「……」
「……」
互いに、何も言わない。木場と目が合っても、すぐそらす。それの繰り返しになった。
店員が、注文した飲み物を置き、店の奥へ。
(なんか気まずくなーい?)
(別れ話かな)
店の置くから、小さな話し声が聞こえた。激しく誤解されている。

中学の同級生の話題は、非常に心苦しい。普通なら、『同じ中学の友達にはこんな奴がいて〜』
と言う話をするのだろうが、俺にとって、当時、周りは敵だらけだった。あの四人のように。
だから、木場には悪いが、この話は流してもらうと助かる。深く尋ねられたら、
自分がどんな中学時代を送っていたのか、という所まで話が広がりかねない。
木場が、敵と言える奴らと同じ思考回路を持っているとは思えない。
だが、情けない所がさらに露呈しても、気にせず接してくれるだろうか。
それをしてくれる人は、俺は明日香しか知らない。まあ、おじさんおばさんも居るが。

*    *    *    *    *

「……俺の、中学の、同級生……」
伊星くんは、小声で、それだけ答えた。
同級生だった人だというのは、大体予想してた。もしかしたら、その人たちとの話で、
意外な一面を見れるんじゃないかって期待してたら……悪い意味で当たった。
同じ中学だったあの四人は、伊星くんに異常なほど攻撃的で、それなのに伊星くんは黙ったまま。
本人が気付いてたかどうかはわからないけど、伊星くんの身体は少し、震えていた。
力だけで上下に切り分けられた関係だって、すぐにわかった。
でも私は、さらにその先を知りたい。そこだけわかっても、まだ足りない。
もちろんそれは、伊星くんの心の奥に関わってくるだろうから、簡単には聞き出せない。
……新城さんなら、わかるのかな……。
そう思うと、胸焼けしたような気分になる。かっと、辛いものを食べて火傷したように、熱くなる。

気を許せるのは新城さんだけ……?
心を開くのは新城さんにだけ?
信じられるのは新城さんだけ!?

……違うよ、伊星くん。
たまたま、信用できる相手に恵まれなかっただけ。本当は誰だって、人に優しくしたいものだよ。
私が、悪意や裏があって近づいてるんじゃないことを、信じて欲しい。
「伊星くん」
我慢も、そろそろ限界に近い。もうはっきり聞きたいくらい。『伊星くんのこと、全部教えて』って。
だけど、限界に達する前に、放出しておく。溜めて溜めて大爆発よりも、小出しでね。
「中学のとき、どうだったの?」
この質問、答えてくれるかどうかは、伊星くんが私をどれだけ信用しているか、に懸かっている。
私が稼いできた、ポイント次第。
お願い伊星くん、ほんのわずかでもいいから、教えて――――。
「……中学では」
ちょっと目をそらしながら、伊星くんは口を開いた。
「……あまりいいことは無かった」
そう言って、目を伏せる。
迷ってるのかな。詳しく話そうかやめようか、境界線の上に居るのかもしれない。
それなら、私の言葉で、話してくれる方向に押すよ。
「そう、なんだ……」
相槌を打って、一呼吸置く。ここは間を置いたほうがいい。

で、ワンテンポ待ってから、言葉を出す。
「……私ね、さっきはどうかしてたの。何で伊星くんが、あんな悪い事
言われなきゃいけないのって、頭にきちゃって」
話して話してと、直接ごり押しするんじゃなくて、そう考えているなら話してもいいって
思うように誘導する。汚いなんて言わないで。私はただ、知りたいだけだから。
「いい事が無かったのは、ああいう事ばっかりだったから?」
「ああいう事……?」
「絡まれて、因縁つけられて、掴みかかられて」
「……」
伊星くんは答えない。でも、ごめんね。黙って、苦しそうな顔をするから、解っちゃったよ。
そういう事、ばっかりだったんだね……。
となると、伊星くんと仲が良いのが新城さんだけなのも、憶測で繋がっていく。
だけど、まだ疑問は残っている。どうして、因縁つけられるようになったのか。
……これ以上聞き出すのは、今はやめとこ。自分のこと、話してくれたもん。
嬉しいよ。少しでも心を開いてくれたから、嬉しい。
私には、それに応える義務がある。
「伊星くんは、悪くないよ」
その言葉に、伊星くんは、はっとして正面を向いた。
単に驚いただけかな。今ので心が救われた、とかなら、私にも喜ばしいことだけど……。
「どうしたの?」
ちょっと意地悪して、聞いてみる。
「いや、同じだったから……」
「同じ?」
「ああ、明日香にもそう言われた事が……」

伊星くんの言葉、最後まで聞き取れなかった。
え、何? 新城さんも同じこと言ったの? 伊星くんの反応は、私の言葉に乗せた気持ちが
どうこう、じゃなくて、新城さんが過去に言った事と被ったから?
言葉だけで反応するって事は、一回や二回どころか、条件反射として身に付くまで何回も言った、
って事だよね。

私は、心を込めて言ったのに、届いてなかったんだ。もう既に、新城明日香が、
届かないようにしてたんだ。

――――卑怯者。

「木場?」
伊星くんの視線が、私の顔を覗いている。
ああいけない。気が動転して、歪んだ表情になってたかも。
落ち着いて落ち着いて。そう、伊星くんは悪くないの。悪いのは、信じていいのは自分だけよ――
って教え込んだ剣道部の女なの。
「何でもないよ。結構時間経ったし、出ようか」
「あ、ああ……」
席を立ち、レジで代金を払って、店先で別れる。
慣れてるはずなのに、私は笑顔を維持するのが、ひどく苦しかった。


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