リボンの剣士 第11話
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何であんたまでいるのよ。
そう言いたかったけど、口からは出てこなかった。
人志が入ってきて、そこまでは良かったのに、この、川の水が流れるかのように後からするりと
入ってきた、木場春奈。
いつものニコニコ顔が、今日に限っていやに腹立たしい。
「具合はどうだ?」
「……別に。もうそんなに熱はないから」
人志が来たのに、たぶん心配してくれてるのに、それに応えるのが、面倒くさい。
「そうか……。それなら、震度2くらいの地震で済みそうだな」
「何の話よ」
「地球の話だ」
全く繋がってない。でも、いつもの人志だった。

「新城さん、これ、お見舞いにどうぞ」
そこに割って入ってきて、木場さんがヨーグルトを差し出してきた。
身体を起こして、とりあえずは受け取っておく。
……見舞いだなんて白々しい。どうせ人志に付きまとって、へばり付いて来たんでしょ?
あたしとの接触も、人志をモノにするっていう目的のための布石でしかないのは分かってるんだから。
人を踏み台にしようだなんて、いい度胸してるじゃないの。
「ところで明日香」
「ん?」
「数学のノートってどれだ?」
「真ん中あたりの……って人志! 何勝手に人の机調べてんのよ!」
押し込んであった本とかその他もろもろが、あっという間に人志の手によって
散らかされてるじゃないの。
やめてよ人志。一人で変な事言うのはともかく、他人のものに断り無く手をつけないでよ。
でも人志はあたしの言葉なんか完全無視して、一冊のノートを取り出す。
「すうがくの ノートを はっけんした」
いやいいから。人の物に何する気よ。
人志はぱらぱらとその中を見始める。中身について文句言ったら殴るわよ。竹刀で。
「伊星くん。数学のノートがどうしたの?」
「いや、ちょっとな……」
あるページ、あたしが最後に書いた部分を広げたまま机において、今度は人志は自分の鞄から、
ノートとペンを取り出した。
それも開いて、机の上、あたしのノートの隣に置いた。
「……何してんの」
「書き写し」
人志のペンが、あたしのノートの上で動き回っている。書き写し、今日の授業の分?

「やけに親切じゃないの」
「こんなことになっては困るからな」
また一冊のノートが机から引っ張り出される。それはジュースを溢して汚した、あのノートだった。
ばれてるし……。
「う……ごめん」
「俺も忘れてたんだけどな」
人志は左手で汚れたノートを自分の鞄に戻した。右手は休まず書き写しを続けている。
「伊星くん、私もや」
「いや大丈夫だ」
たぶん、書き写しを手伝おうとしたんだと思う。木場さんのその申し出は、言い終わる前に断られた。
少し気分が良くなった。
「むう〜っ。じゃあ新城さん」
「……」
じゃあ、って何よ。やっぱりこいつ、あたしの見舞いじゃなくて、人志にコナかけに
来てるんじゃないのよ。
「新城さん?」
「何よ」
「昨日の試合、どうしちゃったの?」
「!!」
……っ。ここで来るとは思わなかった。それも人志からじゃなく、木場さんから来るなんて。
試合を見るのは初めての癖に、いつも見ているかのような聞き方しないでよ。
「ちょっと……調子が悪かっただけよ」
もし、試合を見に来てたのが人志だけだったら、絶対に負けなかった。でも、そんな馬鹿馬鹿しい
言い訳はできない。
この言い訳も、ひどく格好悪いけど。
「調子が悪いまま試合して、ついに今日体調崩しちゃった、って事?」
「……そうよ」
「へ〜ぇ、ふ〜ん、そうなんだ〜。大変なんだね、剣道って」
「……」
うざい。いちいち嫌味っぽく言わないで。
「とにかく、早く良くなってね」
「……ふん」
あんたに言われなくたって、すぐ回復してやるわよ。

「……ん〜にぃ……♪」
ほらすぐ人志のほうに擦り寄っていく。上っ面だけの見舞いの文句なんていらないっての。
人志のあの手この手で言い寄るのはご苦労様だけど、場所は選びなさいよね。
大体その鳴き声は何よ? あんた人間でしょ?
最近のアニメは猫の耳を生やした女の子がよく出てきて、今の木場みたいな声を(声優が)出してる
らしいけど、実際に人がやってるのを見ると、かなりキモいわね。
そんな声が許されるのはアニメの中だけでしょうが。
「最後は、イングリッシュ」
木場が背中にへばりついても、人志は気にしないで書き写しを続けている。つまり、相手にしてない。
これはこれで面白い光景だった。

「……終わった」
人志がノートをぱたん、と閉じる。
「ありがと」
「お疲れ様〜」
あたしと木場さんの言葉は同時だった。あんたは喋るな。
「さて、と」
自分のノートを鞄に戻して、人志は立ち上がった。
「それじゃあ今日はこの辺で」
「えっ? もう、帰るの?」
もう帰るなんてさすがに早すぎる。はじめに体調聞いて、後はノートの書き写しをしただけなのに。
試合のことも、人志からの突っ込みは無かった。あんまり気にしてないのか、さっきの木場さんとの
二言三言で納得したのか……。そんなもんなのかしらね。
「まあ、あまり長居しては悪いし」
「そうそう、伊星くんは、”見物”しに来ただけだもんね〜」
……こいつ、余計なことを。人志があたしを心配してお見舞いに来たのは雰囲気で分かるでしょ。
ほんっと、空気の読めない女ね。
でも早く帰るなら、それはそれでいいわ。見舞いの振りして媚売ってる誰かさんも居なくなるだろうし。
「明日香。また明日、な」
「……うん」
明日、そう、明日。人志はこんな風邪ごときで何日もヘタれたりしないって、きっとそう思ってるんだ。
解ってるわよ。みっともない姿を見せるのは今日までだから。
「お大事にね、新城さん」
はいはい、木場さんも早く帰ってね。

二人は部屋を出た。扉が閉まって、また静かになる。
と思ったら……。
ガタタタタ、バン!
階段のほうから凄い音がした。
「人志君、大丈夫!?」
「すいません。ちょっと足滑って……」
……。
全く、何やってんのよあいつは。


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