リボンの剣士 第12話
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起きた。昨日の風邪はすっかり治って、いつも通りの朝を迎えた。
一分後に鳴る予定の目覚ましは今日も出番なし。一階に降りて、朝ごはん。
食べ終わったら部屋に戻って、着替える。
いつもの制服、いつもの鞄、いつもの竹刀、いつものリボン。
でも今日はなんだか身体が軽い。昨日とは打って変わって調子が出そう。
「いってきまーす!」

すっごくいい気分。歩いている途中でスキップなんか混ぜちゃったり。
そうこうしてる内に、駄菓子屋が見えてくる。人志、いるわよね?
「人志っ」
呼んでみると、ひょいと出てきた。
「Good morningだ、明日香」
何よ人志、今日はやけに発音が綺麗……じゃ……。
「おっはよ〜っ」
……あたし、幻でも見てるのかな。人志の隣に、何で木場さんが?
足が急に重くなった。歩けない。
「ちょっ、き、き、きば……」
口もうまく動かない。腕も、身体全体が自分のものじゃないような。
「木場? ああそうそう、実はな」
え? 待って、何を言うつもり? まさか。やめて人志!
「私たち、付き合うことになったの〜」

わたしたち、つきあうことに、なったの。

木場さんはそう言って、人志の腕に抱きついた。あの大きな胸が押し付けられて、
人志の顔が、あたしの見たことないくらいニヤけていた。
「あ……そ、そ、そ、そう。良かったじゃない」
嘘。
「まさか人志が、こんな可愛い人を捕まえるなんてね」
嘘よ。
「いやね。急に暑くなってきちゃった。二人のせいかなあ」
嘘でしょ。
「あ、あたしは先に行くわね。二人はゆっくりどうぞ」
嘘だって言ってよ!

足はここに来てちゃんと動いてくれた。走って、早く!
後ろを振り返れない。前もよく見えない。
走って、走って、いつの間にか周りは真っ暗。何も見えない。見たくない。

足元が、崩れた。
落ちる。落ちていく――――。

……はっ!
急に自分の居場所が変わった。ここは……あたしの部屋?
そうよ。見慣れた天井、身体の上には毛布、机があって、竹刀が立て掛けてある。
確かあたしは二人が帰った後、そのまま一眠りして……って事は。
今のは、夢?
……。
「はぁ〜っ」
な〜んだ。夢だったんだ。よかった。本当によかった。

薄暗い中、時計を見ると、二時だった。外は暗いから、午前二時ね。
中途半端な時間に起きちゃった。もう一回寝ようにも、さっきの夢のせいで寝付けない。
夢、ただの夢よ。でも……。
木場さんが、人志を狙っているのは事実。もしかしたら、ああいう未来も、有り得るかもしれない?
あたしは、そんな未来は嫌。絶対に嫌よ。何でかっていうと、それは……。
そうね、あたしにとって、人志は何なのか。

横目で竹刀を見る。剣道は、六歳のときから始めた。
子供の頃のあたしは、男の子みたいに、チャンバラごっことか、石合戦とかの遊びが好きだった。
そういう性格もあって、「じゃあ、剣道でもやってみるか?」ってお父さんに言われてやってみたら、
すぐにハマっていった。
上達していけば、チャンバラごっこでも強くなったから、楽しくて楽しくてしょうがなかった。

でも、あたしが剣道を続ける理由は、変わった。

人志の両親が離婚してから、人志はひどく大人しい性格になった。同い年の子のような、
好奇心みたいなものが無くなって、冷めた眼をするようになった。
あたしへの態度はそれまでと変わらなかったけど、少しずつ、人志はクラスから浮いていった。

そして中学。

片親であること。お母さんが離婚の時いっぱい慰謝料と養育費を分捕った、という噂。
本人の冷めた態度。
人志は、血の気が多い奴、ガラの悪い奴等のターゲットにされた。
いきなり人気の無いところに引きずられて、暴力を振るわれる。
人志が悪いわけじゃないのに、言い掛かりを付けて、一人に対して大人数で、理不尽な暴力。

許せなかった。
あたしは竹刀を持って現場に突撃した。人志を取り囲んでいた奴らを、全員殴り倒した。
もちろん、一回叩いたくらいで、人志への暴力は止まらない。
あたしは、人志が連れて行かれるたびに、追いかけて行っては、暴力男たちをやっつけた。
その都度、剣道をやってて良かったと思った。あたしが勝てば、人志を守れる。
人志が傷つけられないよう、更に剣道に打ち込んだ。
中学を卒業して、進路がバラバラになった今、人志にいちゃもん付けてくる奴はいない。
でも、どこからか現れるかもしれないから、ひそかに警戒している。

元々人志は、あたしとは逆に、ケンカは苦手で、物静かな性格だった。
”勇者ごっこ”なんて遊びのときは、大体が村人役か、ザコモンスター役。
みんながやりたがらない役をやるのが、人志の常だった。

そんな人畜無害な人志は、あたしが守りたい、幸せでいて欲しい、大事な人。
これからもずっと一緒がいい。
一緒になって、人志があたしの一番、あたしが人志の一番、になって欲しい。
だから、だからね。
いきなりぽっと出てきた女なんかに、人志の隣の座は渡せない。
あちこちの男に手を出しては別れるなんて、自分勝手もいいところ。人志がこんな女に捕まったら、
いい玩具にされて、捨てられて、そして傷つけられる。

あたしは人志を守り抜く。暴力を振るう男からも、弄んで捨てるような女からも。


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