振り向けばそこに… ANOTHER
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「お姉ちゃん。 なんだか元気ないみたいだけど大丈夫?」
その日お姉ちゃんはあまりにも沈んだ表情をしてたのでわたしは思わす訊いた。
「そんな風に見える? 大丈夫よ。 いたって健康だから」
私の問いにお姉ちゃんは心配掛けまいと微笑んで応えてくれた。
「……祥おにいちゃんとは上手くいってる?」
こんな事訊くべきじゃないのかもしれないけど、そう思いながらも訊いてしまった。
「ええ、心配しなくても上手くいって……るとも言い切れないかな……」
そう言ってお姉ちゃんは寂しげな微笑を浮かべ溜息をついた。
「なんかね、最近ふと思っちゃうのよ。 若しかしたら告白したのは失敗だったのかな、なんて……」
「駄目よお姉ちゃん! そんな弱気になっちゃ」
私は思わず叫んでしまった。 いきなり大きな声を出した私にお姉ちゃんは驚いた表情を見せてる。
「ご、ごめんなさい。 いきなり大きな声出しちゃって」
「良いのよ。 コッチこそごめんね。 心配させるような事言っちゃって」
そう言ってお姉ちゃんはわたしの頭を優しく撫でてくれた。
「お姉ちゃん。 祥おにいちゃんのこと嫌いになっちゃったの?」
「そんな事無いわよ。 好きよ、祥ちゃんのこと。 胸を張っていえるわ。
世界で一番誰よりも愛してる、って。 ただね……」
「ただ……?」
わたしが訊くとお姉ちゃんは寂しそうな顔で口を開く。
「うん。 なんか祥ちゃん無理してるんじゃないかな……、やっぱ幼馴染同士って上手く
行かないのかな。 そんな風に思っちゃうことあるのよ」
「無理だなんて、上手く行かないだなんてそんな事無いないよ! お姉ちゃん同性の私から見たって
物凄く魅力的なんだから」
「ありがとう結季」
そう言ってお姉ちゃんは微笑んだ。 でも其の表情はやっぱり寂しげでかげりのあるモノだった。
其の寂しげな笑顔に見てるこっちの胸まで痛くなる。 こんなにもお姉ちゃんは一途で健気なのに。
そんなお姉ちゃんにこんな顔させる祥おにいちゃんが恨めしく思えた。
でも其の原因の大半は私にあることを思うと祥おにいちゃんを責めたり恨むなんて出来ない。
どうにかしてお姉ちゃんに元気になって欲しかった。 何かいい方法は……

「ねぇ、お姉ちゃん。 今度気晴らしに旅行にでも行ってくれば? もう直ぐ夏休みだし」
「旅行……か。 そうね。 でも止めておくわ。 なんだか最近祥ちゃんと二人っきりになっても
ギクシャクしてばっかだから」
「じゃあさ、わたしも一緒で三人で、ってならどう?」
「3人で? そうね、久しぶりに昔みたいに三人で出かけるのも良いかもね」
良かった。 お姉ちゃんの同意が得られて。
「うん、決まりね。 じゃぁ今度私から祥おにいちゃんい話しておくね。 あと、旅行先とかプランも
私が組み立ててもいい?」
「随分乗り気ね? 良いわよ。 じゃぁ、任せるわ。 楽しみにしてるわね」

 

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「旅行?」
「うん、祥おにいちゃんとお姉ちゃんとわたしの三人で一泊旅行。 どう?」
答えるまでも無い。 結季が俺を旅行に誘ってくれたんだ。 どこに断わる理由がある。
「勿論。OKに決まってるだろ」
俺は速答した。
本音を言えば3人じゃなくて結季と二人っきりが良いんだが、うっかりそんな本音洩らせば間違い無く
結季の機嫌を損ねる。 いや、それどころか数日間は口も聞いてくれないほど怒らせるかも。
当然この誘いも無しになるだろう。
何せ形の上だけとは言え俺は未だ羽津姉と付き合ってるのだから。 羽津姉の事を何より優先する
結季が羽津姉を差し置いて俺だけ誘う事はありえないから。 だからとりあえず現状としては最良の形。

「あ、でも……」
「何?」
「いや、仮にも年頃の男女だけで旅行なんておじさんとおばさんが許してくれるの?」
そう、それが問題だ。 幾ら俺たちがきょうだいみたいな間柄だからと言っても結季と羽津姉の両親が
許してくれるのか。 年頃の娘が男と連れだって旅行だなんて。
俺が心配そうに口を開くと結季は俺の不安を吹き飛ばすかのように口を開く。
「大丈夫よ。 そのための手は考えておいてあるから」
「手? それって一体……」
「それは内緒。 でも大丈夫だから心配しないでわたしに任せて」
自信一杯に、と言うより自分自身をも鼓舞するように結季は応えた。 いつも控えめな結季にしては
珍しいが、コレはコレで新鮮で良いな。

 まぁ、何はともあれ結季と過ごせる久しぶりに時間だ。 それも旅行! それだけで俺は兎に角
楽しみだった。 何せ羽津姉と付き合うようになってからと言うもの結季は羽津姉を気遣って
俺との接触を避け続けてたからな。

 

 そして旅行の日の朝がやってきた。
結季がどんな手を使って両親を納得させたのかは知らないが予定通り出発となった。
それにしてもこんなに早い時間に、セットした目覚し時計よりも早く起きたのなんか久しぶりだ。
どうやら俺は自分でも思っている以上に今日の旅行が楽しみらしい。

 天気は快晴。 静寂な空気に包まれ朝焼けの中俺は待っていると二人は現れた。
二人の、と言うより結季の顔を見ると自然と顔がほころぶ。
俺の顔がほころぶのを見ると羽津姉の顔にも笑顔が灯った。
そう言えば最近羽津姉笑顔が少なくなってたっけ。 原因は……俺自身があまり笑わなかったから
なんだが。 羽津姉と一緒にいると、と言うより結季と一緒に居れない事がどうにも寂しくて
つい仏頂面になる事多かったから。
正直言えば羽津姉が其の寂しさを感じて俺との付き合いに限界を感じてくれる事を望んでたんだが……。
今日ばかりはそう言う考えは止めておくか。 折角久しぶりに結季も一緒の三人なんだ。
三人一緒に遊んだ昔に戻って楽しむか。

 駅に到着すると人も疎らだった。 これから乗るのは始発から数えて数本目なんだから当たり前か。
同じ朝でもいつも人で賑わっているラッシュのとは全く違う其の感じに新鮮さすら感じる。
やがてホームに電車が到着する。 ドアが開くと俺たちは乗り込む。
電車の中はがらがらに空いており何だか貸しきりみたいで気持ちイイ。
俺たちは荷物を網棚に載せ席に掛ける。 ちなみに席は二人掛の席が向かい合う形の
所謂ボックスシートというヤツだ。
席につくと丁度発車を告げるベル音が鳴り響く。 ドアへの注意を促すアナウンスが流れ、
電車特有のエア音と共に自動ドアがいっせいに閉まる。
窓の外では景色がゆっくりと流れ始める。 電車は徐々に速度をあげ、ホームが完全に見えなくなる
頃には十分にスピードも乗り景色が矢継ぎ早に流れていく。
外から中に視線を戻すと羽津姉がおにぎりを準備してくれてた。 朝が早いからと朝食も弁当を
用意してくれてたのだ。 基本的に羽津姉が作り結季は補助に徹したらしい。
味は美味しかったが形はチョットいびつだった。 結季の手ほどきを受けて驚くほど料理の腕が
上達した羽津姉だったが、まだところどころ完璧じゃなかったりする。
おにぎりを頬張りながら普通の男だったらこういう所に惹かれるのかな、とどこか冷めた目でいる
自分を感じる。
ふと、結季に目をやれば船をこいでいた。 そんな結季の頭を羽津姉はそっと抱き、
そして自分の膝の上にのせた。 そして結季を起こさないよう小さな声で俺に語りかけてきた。
「結季ね、今回の旅行全部自分ひとりで仕切ってくれたのよ。 今朝も私より先に起きてお弁当の
下準備やその他の準備もしてくれて。 やっぱ疲れてたのね。 だからこのまま寝かせてあげましょ」
そう言った羽津姉の顔はとても穏やかで優しい姉の顔だった。 それは俺が姉として大好きで
尊敬してる羽津姉の顔。
「そうだったんだ。 うん、お疲れ様。 結季」
そして俺も結季の髪をそっと撫でた。 その後暫らく俺と羽津姉は結季が起きるまで起こさないように
静かにしていた。 だがそれは決して退屈などではなく満ち足りたものだった。
そう、ずっと昔から繰り返してきた穏やかな『きょうだい』の時間。


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