振り向けばそこに… ANOTHER 第8.5回
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「あ、あの瑞岬 祥クン!」
 ある日の学校の休み時間、廊下で俺はクラスメイトの女子に呼び止められた。
「何? 伊藤さん」
 彼女は伊藤綾子。 去年も同じクラスだったお陰で女子の中では比較的面識はあるほう。
 尤もクラスメイト以上の親しい仲では無いが。

「あ、あの今時間ありますか?」
「ん? まぁ暇と言えば暇だけど?」
「あ、あのお話したい事があるんだけど」
「今ココじゃ駄目なの?」
「あ、はい出来れば人気が無い所で」
「分かった。 じゃぁ屋上でいい?」
「はい」
 そして俺たち二人は屋上へと向かった。
 何の話だろ? まさか告白? ンな訳け無いか。

 そして屋上
「あ、あの瑞岬クンって今付き合ってる人っています?」
 おい、まさかマジで告白か?
 本当のところは形だけとは言え羽津姉と付き合っているのだが表ざたにする気は無い。
「居ないけど……」
 だからとりあえずいつも通り答えた。
「ほ、本当に? 姫宮先輩と一緒にいるのよく見かけるけど……」
「姫宮先輩? あぁ羽津姉とは姉弟みたいなものだから」
 そう言えば数日前にも似たような質問受けたな。 あれは確か……

 俺が回想に耽っていると伊藤はホっとしたようにポツリと洩らす。
「やっぱコーちゃんの言ったとおりだぁ」
「コーちゃん?」
「あ、コーちゃんってのは私の従兄弟の田辺幸一のこと」
 あぁ、田辺か、同じクラスの。 そうだ、田辺から数日前ソックリ同じ様な質問を……あれ?
 俺が数日前のことを思い返してると、まるで伊藤は俺の頭の中を見透かしてるかのように口を開く。
「うん、コーちゃんにお願いして聞いてもらったの私なの。
 だから瑞岬クンと姫宮先輩が付き合ってないって言ってたの聞いてたんだ。
 でもどうしても自分の耳で聞きたくって。 だって姫宮先輩って物凄く素敵なんだもの……
 私なんかじゃとても敵わないくらい。でも聞けたから……、だから決心して言います」
 そして伊藤は意を決したかのようにすぅっと息を吸い込む。
 まさか、マジでこの展開は……。

「あの! 一年の頃から好きでした! ですから私と……」
「ゴメン!!」
 俺は彼女が言い終わるより早く遮るように口を開き頭を下げた。
 正直告白を断わるなんてはっきり言って気分の良いものではない。
 だからと言って下手に答えるのを躊躇らったり引き伸ばしても返って相手を傷つけるだけ。
 きっぱり引導を渡したほうが彼女にとっても俺にとっても良いはずだ。
 どう断わっても傷つけてしまうのならなるべく早く済ました方が良い。
 だから俺のした事は何も間違ってないはずだ。
 そう思いつつも下げた頭を上げられずに居た。

 

 そうしてどれくらいそうしてただろう。
 頭を下げた俺の視線の先には依然として伊藤の靴先が映っていた。
 恐る恐る視線を上へと移していくと――泣いていた。
「ゴ、ゴメン! 本当にゴメン! じゃ、じゃぁ……」
 居たたまれなくなり伊藤の隣を駆け抜け立ち去ろうとした俺は服の裾をつかまれ
 動けなくなってしまった。
「あ、あの……そんなに私って魅力ないですか……?」
「い、いやそんな事無いと思うよ……。 可愛い方だと思うよ。 客観的に見ても……」
 一応嘘は言ってない。 確かに顔立ちは整っていて可愛い方だと思う。
 長い髪を根元近くで二つに分けリボンでゆったりと結んだ髪形も可愛らしくてよく似合ってる。
 前にクラスの男子達がやってた女子のランキングでも結構上位に入っていた。
「じゃ、じゃぁ……なんで……」
「そ、それは……」
 どうする? 何て言って答える? 正直好きなコがいるって言うか?
 結季の時とは違うんだ。 名前まで聞かれたとしても答える義理は無いわけだし。

「あ、あの……」
 俺が応えあぐねていると伊藤が口を開いてきた。
「じゃぁせめて最後に一つだけ答えてもらえますか……?」
「俺に答えられる範囲でなら……」
 俺が答えると伊藤は洟をすすりながら真っ直ぐ俺を見据え口を開く。
「姫宮先輩とは本当に付き合ってないの……?」
「ああ、付き合っていない……」
「そうですか……。 ごめんなさい、お時間とらせちゃって……」
 終わったのかな……?
「あ、あと、せめて今まで通りクラスメイトとして……」
 とりあえず聞き分けてくれたってことだよな……うん。
「あ、うん……今後ともよろしく」

 

 ・  ・  ・  ・ 

 今日も私と祥ちゃんは屋上でお昼を取っていた。
 でも只お互い言葉も少なく黙々と箸を進めるだけ。
 本来なら楽しいランチタイムな筈なのに……
 あの日、やっぱり立ち聞きなんて真似するんじゃなかった。
 あんなのは皆に気付かれない為のウソに決まっている。
 頭では分かっているはずなのにそれでも未だこびりついて離れない。
 いっそ思い切って祥ちゃんに訊いて……、駄目、そんなことできない。
 そんな事訊けばまるで私が祥ちゃんのこと信用して無いみたいだから。
 若しうっかり口を滑らせて、それで祥ちゃんに愛想でもつかされたら……。
 そんな事考えたらとても怖くて訊けない。

「あ、あの端岬クン、姫宮先輩」
 その時突然声が聞こえた。 声のした方を見れば、誰だろう知らない女の子。
 私の視線に宿る疑問に気付いてか女の子は口を開いた。
「あ、あの姫宮先輩。 私、伊藤綾子って言います。
 端岬クンとはクラスメイトで去年も同じクラスだったものです」
「そ、そう。 祥ちゃんのクラスメイト……」
 クラスメイト……その響に言い知れない羨望を思わず感じてしまう。
 このコは授業中もいつも祥ちゃんと同じクラスで同じ時間を過ごせて……。

「伊藤さん、何の用?」
 私の想いを他所に祥ちゃんは伊藤さんに向かって問いかけた。
「え、えっと、あの……。 私もお昼ご一緒させてもらっても良いかしら?」
 え? 其の言葉を聞いた瞬間私は言い知れぬほど心細く不安な気持になる。
 祥ちゃんなんて答えるんだろう。
 私と祥ちゃんは付き合っているとは言えそれは決して表向きにはしてない事。
 本当は周囲皆に言って回りたいぐらいだけど祥ちゃんから固く止められてる。
 だから……若しかしたらこの誘いにも応じてしまうのでは……。
 だって私達が恋人同士であることを伏せてる以上断わる理由が無いのだから。
 でもそんなのはイヤ。
 最近めっきり口数は減ったけど……それでも折角の二人っきりの時間なのに……。

 

「ゴメン。 悪いけど遠慮してくれる?」
 私が不安に駆られてると祥ちゃんは口を開く。
 其の言葉に私の胸に驚きと、と同時にホッとした安堵の思いが去来する。
「え……、だ、だって端岬クンと姫宮先輩って付き合ってないんでしょ?」
 そう、表向きはそうなっている。 でも他の女の子の誘いを断わったって事は……
 とうとう隠すのを止めてくれるのかな……?
「あぁ、確かに俺と羽津姉の間柄はそんなんじゃない。 あくまでも姉弟みたいなものだよ」
 でも祥ちゃんの答えは私の期待したものではなかった。
「そ、そう姉弟……。 でもね、それならそれで何時までもお姉さんにべったりってのも
 どうかと思うんだ。
 お互い姉離れ弟離れしなきゃいけないんじゃないかな……。 ね、姫宮先輩もそう思いませんか?」
 話を振られ私は困惑してしまった。 え、そ、そんな……どう答えたら……。
 私が考えあぐねていると祥ちゃんが口を開く。

「姉離れ……か。 確かに何れは必要なのかもな」
 其の言葉に伊藤さんの顔に笑顔がともった。 あぁ、そうか。
 このコも祥ちゃんの事が好きなんだ。
 そう気付いた瞬間突如胸の奥にざらついた感触が疾る。 何これ……? 不安? 畏れ? 
 そう言えば最初祥ちゃんが私の告白を断わったのは、若しかして他に好きなコが居たから……?
 まさか、このコが……?

「でもな。それを――姉離れのその時を決めるのは他の誰でもなく俺だ。
 少なくとも伊藤さん、あなたじゃない」
 不安に思いを廻らせてた私は祥ちゃんの声に引き戻された。
 私は祥ちゃんの方を見た。 何だか心なしか険しい顔をしてる。
「で、でもこういうのって自分で決められないものでしょ……?
 だったら今が丁度イイ機会なんじゃ……」
「放っておいてくれって言ってんだよ!
 俺たち姉弟水入らずの時間を邪魔しないでくれって言ってんのが分かんねぇのか!?」
 次の瞬間祥ちゃんは厳しい口調で声を発した。 其の声に伊藤さんは脅えたような口調で口を開く。
「ゴ、ゴメンナサイ……。で、でも御節介かもしれないけど……
 何時までもそんなのじゃ、それじゃまるでシス……」
「シスコンって言いたいのか? 好きなように呼べば?」
 そう言うと祥ちゃんは食べかけのお弁当に蓋をして立ち上がった。
 そして私の方を向いて口を開く。
「気分悪ぃ。 羽津姉、場所変えて食おうぜ」
「あ……、う、うん」
 私もお弁当に蓋をして立ち上がる。 そして立ち上がり様ちらりと伊藤さんの方を見る。
 彼女は俯き肩を震わしていた。
 そんな彼女を横目で見ながら私も祥ちゃんについて屋上を後にした。

 

 今起こった事だけを端的に纏めれば祥ちゃんがお昼時の時間に私以外のヒトの介入を拒んでくれた。
 それは『恋人』としては喜ばしい事のはず。
 なのに私の心の中は何故かもやもやしてスッキリしなかった。
 それはあのコ――伊藤さんが気になったから――それもあるけど。
 でもそれは恋のライバルとしての危機感とかじゃなくって、むしろ同情のそれに近い感じ。
 一方的に突き放された其の感じは哀れにも見えたから。

 そしてもう一つは祥ちゃんの言葉の中にあった『姉弟』と言う言葉。
 其の言葉にやはり私は言いようもないほど不安で寂しい気持になる。
 それは私達の仲を隠す為の方便のはず――そう分かってるはずなのに。
 なのにまるでそれこそが祥ちゃんの本当の気持なのでは。
 そんな考えだけが頭の中をグルグル渦巻いていた。

 

 ・  ・  ・  ・ 

「流石に言い過ぎたかな……」
 昼飯を食い終わった後教室に戻る足取りは重かった。
 幾ら何でもあそこまで言う必要は無かったんじゃないか。
 あんなの、只の八つ当たりだ。 結季と付き合えず羽津姉との偽りの関係を
 続けてる事に対する苛立ち。
 其の気持をつい伊藤にぶつけてしまった。
 最低だな、俺……

「あの……」
 席に座ると伊藤が話しかけてきた。
 俺が気まずくて言葉を発せずにいられると伊藤が口を開く。
「さっきはごめんなさい。 無関係な癖に勝手な事ばっか言っちゃって……」
「いや……俺もさっきは言い過ぎた。 その、済まなかった」
「もう……あんなこと言いませんから。 だからせめて今まで通りクラスメイトとして……」
「ああ……今後ともクラスメイトとしてヨロシク」
 俺がそう言うと伊藤はホッとした安堵の表情を見せる。
 そして小さなタッパを取り出して蓋を開けて見せた。 タッパの中身はサクランボだった。
「あの……本当はお昼に食べてもらいたかったんですけど……召し上がっていただけますか?」
 コレまで拒絶しちゃ流石に可哀相だよな。 ココは素直に受けておく事にしようか。
 腹も八分目だったしデザートにも丁度良いし。
「頂きます」
 そう言って俺はタッパの中のサクランボを摘まんだ。
 よく熟れた真紅の果実は甘くてほんのり酸味が利いてて美味しかった。

 

 それから数日が流れた。
「何やってんだろ俺……」
 昼飯を羽津姉と一緒に屋上でとる。 これは今まで通りで何の問題も無いのだが、
 その後教室に戻るといつも伊藤がデザートを準備して待ってくれてる。
 どうにも以前告白を断わって泣かせてしまって以来後ろめたさがあるせいで断われない。
 また、量も一口サイズのとかで食後の俺の腹加減を気遣った丁度イイ量だし。
 それに、度を越したアプローチとかしてくるわけでもないし……。
 気が付けば普通の女友達とかよりは近い距離感にはなってたと思う。
 休み時間にも親しく会話を交わせるし。
 でもそれ以上の距離にまで近づいてくるわけじゃない。
 いっそ、必要以上の距離へのアプローチならキッパリ拒絶できるんだけど……。

 

 なんなんだろうな……今の俺の状況。
 傍から見たら物凄く羨ましく恵まれた状況なんだろうと思う。
 羽津姉は全校男子のアイドルと言っても過言じゃないぐらいの人気ぶりだし、
 でも俺には姉以上の感情を抱くことは出来ない。
 伊藤だって羽津姉ほどじゃないけどかなり可愛い方だけど、
 でもクラスメイト以上の感情は抱けない。
 それでいながら俺が本気で惚れた女――結季は振り向いてくれない。
 コレで結季が俺の事をなんとも思っていないのなら未だ諦めも――
 いや、そんな生半可な気持じゃない。
 例えアイツが俺を想っていなくても俺は諦めきれないだろう


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