振り向けばそこに… MAIN 第5回
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 羽津姉を家まで送った後、俺は家に帰りついた。
 部屋に戻り一人っきりになると込み上げてくるのは自己嫌悪の気持。
 今日のデート、羽津姉がどれだけ楽しみにしていたか十分すぎるほど伝わっていた。
 そんな折角のデートだってのに酷い事言った。 無神経な事も言った。 傷つけるような言葉も吐いた。
 自分にとって姉にも等しい大切なヒトに向かって。
 物心ついた時からいつも側に居てくれていて俺の事を実の弟のように可愛がってくれてた。
 辛い時や苦しい時も何度も助けてくれた。 傷ついた時もいつも優しく慰めてくれた。
 俺にとって、とてもとても大切なヒト……。
 そんな大切な人に向かって俺は……俺は……。

 それなのに……
 それなのに何で……
「何であんなに幸せそうに笑っていられるんだよ!!」
 俺は感情のままにスケッチブックを壁に向かって叩きつけた。
 叩きつけられて角の潰れたスケッチブックが床に落ちる。
 落ちた拍子にページが開く。 今日のデートで描いた絵。
 羽津姉の事を無視するように一人没頭して描いた絵。
「畜生……、ちっくしょぉぉぉお!!!」
 俺はスケッチブックから絵を引き千切った。
「こんな……、こんな絵……!!」
 気が付けば今日描き上げた絵は跡形も無くばらばらになっていた。
 そして俺の両目からは涙が溢れていた。
「何を泣いてるんだ俺は……。 今……更……」
 両の拳で涙を拭う
「分かってた事じゃないか……。 最初から分かってた事じゃないか……」

 羽津姉が俺への想いを諦めない限り結希は俺を受け入れてくれない。
 だったら、どうしたら羽津姉は俺を諦める?
 思案を重ねた結果達した一つの結論。 それは実際に付き合って、それで分かってもらう事だった。
 俺と恋人同士になったって上手くなんかやれないと言う事を。 そして諦めてもらおう。
 我ながら酷い事をしてると思う。 付き合う気も無いのに付き合って、冷たい態度をとり続けて。
 こんなやり方が正しいとは思わない。 でも思いつかなかった。 羽津姉に俺を諦めさせる方法。
 そう。 全ては覚悟の上での選択だったはず。 それなのに何で……何でこんなに苦しいんだ。
 解かってる。 こんなやり方間違っている。 羽津姉の気持を踏みにじるような真似。
 今からでも気持を入れ替えて真剣に付き合おうか。
 羽津姉は今更言うまでもないくらい素敵な女性なんだ。 それこそ俺には勿体くらい。
 そんなヒトが俺なんかを好いてくれてるんだから……。

 結季だってそれを望んでいる。
 でもそうしたら俺以外に結季の事を分かってやれる男なんているのか?
 いや、そう考えるのは俺の我儘で身勝手なエゴだろう。 俺以外にだってそんな男が現れるはずだ。
 俺以外の男……?
 結季が俺の知らない俺以外男と並んで歩く。 結季が俺以外の男と手を繋ぐ。
 結季が俺以外の男に微笑みかける。 結季が俺以外の男と唇を……
 イヤだ!! 絶対にイヤだ!!
 想像しただけではらわたが煮えくり返りそうになる。
 結季を誰にも渡したくなんか無い!! 俺以外のヤツが結季と付き合うのなんか耐えられない!!
 それは羽津姉に対しては一度だって感じた事の無い感情。 羽津姉がどこの誰と一緒に居るのを見ても
 一度だってそんな風に感じた事は無かった。

 やっぱり……俺は結季を諦められない。 俺が心の底から愛する只一人の特別な女の子。
 この気持だけは変わらない。 変えられない。
 例え羽津姉を――姉にも等しい大切な人を傷つける事になろうとも……。


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