振り向けばそこに… MAIN 第4回
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 その日の朝もわたしはお姉ちゃんよりも一足先に家を出た。
 そう、それは最早わたしにとって新しい日課になりつつあった。
 当初お姉ちゃんや家族に不思議がられたが理由は幾らでも創れる。
 人ごみを避けたいから、朝の静寂の中で読書を楽しみたいから……。
 勿論本当の理由は誰にも言ってない。

「おはよう結季。 随分と早ぇのな」
「しょ、祥おにいちゃん?! な、何でこんな時間にいるの?!」
 わたしは驚きのあまり声を上げた。
「いや、まぁ何つうか珍しく早く目が覚めてな。 早起きってのもたまには悪くないものだな。
 じゃ、行くか」
 そう言って祥おにいちゃんは私の手を引き歩こうとした。
「ちょ、チョット待ってよ……」
「ん、なんだ? まぁ時間ならタップリあるけどよ」
 戸惑いを隠せないわたしとは逆に祥おにいちゃんは微笑を湛えながら私に語りかけてくる。
「お姉ちゃんはどうするの?」
「羽津姉? ココ最近いつも一緒なんだし、たまには良いだろ」
「ちょ、ちょっと?! 何よそれ。 祥おにいちゃんのお姉ちゃんに対する気持ってそんなものなの?!」
「……俺の気持?」
 そう言った祥おにいちゃんの顔から先ほどまでの微笑みが消えた。
 そしてその声はどこか険しく、と同時に寂しげにも聞こえた。
「お前がそれを聞くのか……? 結季」
「…………」
 祥おにいちゃんの其の言葉に私は何も答えられなかった。
 わたしが黙りこくっていると祥おにいちゃんは申し訳無さそうに口を開いた。
「悪りぃ、別にお前を困らせるようなつもりなんかなかったんだ。 その、スマン……」
「い、いいの。 わたしのほうこそ変な事言っちゃってゴメン……。
 そ、そのわたしもう行くから祥おにいちゃんはお姉ちゃんと……」
 言いかけたわたしの頭を祥おにいちゃんはそっと撫でてくれた。 
「ああ、羽津姉を待って一緒に行くよ」
 そう言った祥おにいちゃんの笑顔は優しく穏やかで、でもどこか寂しげだった。
 そしてわたしは手を振る祥おにいちゃんに見送られ先に学校へと向かった。
 どこか後ろ髪引かれる想いを引き摺りながら……

 

   ・    ・    ・    ・   

「俺の気持……か。 分かりきった事聞くなよ……結季」
 そう、今でも俺の気持は結季の方を向いている。 それが何故今羽津姉と付き合っているのか。
 羽津姉が俺への想いを諦めない限り結希は俺を受け入れてくれない。
 だったら、どうしたら羽津姉は俺を諦める?
 思案を重ねた結果一つの結論に達した。 それは……

 暫らく俺は時計と睨めっこしたり適当にその辺をぶらついて時間を潰した。
 さっさと学校へ向かっても良かったんだが結季に言っちまったからな。
 羽津姉を待ってから一緒に行くって。

「もうそろそろかな」
 そして後ろを振り向くと丁度羽津姉の姿が目に飛び込んで来る。
 俺と目線の会った羽津姉は嬉しそうに駆け寄ってきた。 其の顔に満面の笑みを湛えて。
「おっはよ〜祥ちゃん」
「おはよう。 羽津姉」
「ねぇ、祥ちゃん何か良い事でもあった?」
「え? いや、別に」
 羽津姉の其の言葉にドキッとした。
 若し良い事があったとすれば、それは久しぶりに朝に結季と話せた事だろう。
 だがそんな事言えるわけが無い。
「そうだな。 若しかしたら天気が良いからかもな」
「そうね。 今朝もいい天気ね。 何にしても祥ちゃんがご機嫌なら私も嬉しいよ」
 そう言って羽津姉はにっこり微笑み、其の笑顔をより一層輝かせる。
 其の笑顔に胸が痛む。 俺の思惑なんか知らず疑いの無い只真っ直ぐな笑顔。
 それは俺には眩しすぎた。 それは本来恵の光である太陽が、
 光指さぬ暗闇に生きる生物には苦痛を感じさせるのと似たような感覚だったのかもしれない。
 だがそうした気持は表に出してはいけない。

   ・    ・    ・    ・   

「ねぇねぇ祥ちゃん。 今度の日曜日開いている?」
 帰り道、私は祥ちゃんに尋ねた。
「日曜? まぁ、今のところ予定は無いけど。 なんで?」
「なんで、って……。 もう!それぐらい察してよ。 デートの誘いに決まってるじゃない!」
 もう、祥ちゃんってばこんなに鈍かったっけ?
「ああ、ハイ。 デートね」
「何よその気の無い返事」
「あ、いや、そんな気の無いなんてそんな事無いよ。 で、どこか行きたいところでもあるの?」
 私が不満を洩らすと祥ちゃんは取り繕い問い返してくる。
「うん。 あのね、見たい映画あるんだ」
「映画、ねぇ……」
「大丈夫よ。 きっと祥ちゃんも気に入ると思うから」
 コレは自信がある。 付き合い長いんだから映画の好みとか十分知ってる。
 こういう時って幼馴染は得よね。
「いや、そうじゃなくって今月チョット金欠気味なんだ」
「なんだ、そんな事気にしてるの? 大丈夫よそれぐらい私が出してあげるから」
 まぁ、二人分の出費が全く痛くないかと言えばそうでもないけど。
 でも祥ちゃんとのデートと思えば安いものよ。
「い、いいよ……って言うか以前は『姉弟』みたいな感じだったからおごってもらうのも
 抵抗無かったけど、カノジョにおごってもらう男なんてカッコ悪いじゃん」
 姉におごってもらうのは良くてカノジョは駄目、ねぇ。
 まぁ少し尺前しないけど、でもカノジョって言ってもらえてチョット嬉しかったり。
「へぇー。 祥ちゃんもそう言うの気にするんだ。 じゃぁお金のかからない所で良いからさ、どう?」
「金のかからない所って?」
「そうね。 例えば公園とか?」
「なんか年寄りくさいな。 羽津姉はそれで良いの?」
 そりゃ本当はさっき言った映画が良かったんだけど、しつこく言って嫌な顔されたくないしね。
「私は祥ちゃんと一緒ならどこだって楽しいよ。 それにあの公園大きな池もあるし花だって
 一杯咲いてるじゃん?」

 

 そして当日――日曜日の朝。
「よーし、もう直ぐ完成」
 今日は日曜日。 待ちに待ったデートの日。 私は持っていくお弁当の盛り付けにいそしんでいた。
 お昼のことを考えなが盛り付けてると楽しくて仕方が無かった。
「お姉ちゃん、そろそろ行かないと遅れるんじゃないの?」
 私は結季の声に視線を時計に移す。
「え? ウソ、もうこんな時間?! どうしよう」
「お姉ちゃん。 お弁当あとは詰めて盛り付けるだけよね?」
「う、うん」
「じゃぁ、仕上はわたしがやっておくからお姉ちゃんは出かける準備して」
「そう。 ありがとう、じゃぁお願い、任せたわ」
 そして私は台所を後にして部屋に駆け込む。 そして大急ぎで支度を済ませる。
 支度を済ませ部屋から出ると玄関では結季がお弁当一式を持って待っててくれてた。
「ハイおねえちゃんお弁当。 あとお箸とお絞り。 それと魔法瓶にお茶入れといたから」
「ありがと〜結季! やっぱ持つべきものは妹ね! お陰でギリギリ間に合いそう。
 じゃぁ行ってくるわね」
「いってらっしゃい。 祥おにいちゃんと楽しんできてね」
 そして私は結季に見送られ待ち合わせの場所へと向かった。

 私は走った。 待ち合わせの場所――公園の入口に辿り着くと祥ちゃんは居た。
「お、お待たせ……、祥ちゃん。 待った?」
 私は肩で息をしながら祥ちゃんに話し掛ける。
「大丈夫、殆ど待ち合わせ時間ピッタリだし」
「そ? 良かった〜」
 私は祥ちゃんの返事を聞き安堵の息を洩らす。
「で、何でこんな時間ギリギリなわけ?」
「お、お弁当の支度してたら時間かかっちゃって……」
「そんな無理しなくても弁当なんかそこら辺の店で買ったって」
「駄目よそんなの! 折角のデートなんだから」
 そうよ。 折角のデートなのにそんな買ってきたお弁当なんて。
「ま、羽津姉がそういうのなら。 じゃ、行こうか」
 そう言って祥ちゃんは歩き出そうとした。
「ちょ、ちょっと待って……。 は、走ってきたから少し休ませて……」
「ああ、悪りぃ。 じゃ、少し休んだら行こうか」

 

 そして私達は園内に入って見て回った。 今日は朝から雲ひとつ無く澄み渡って快晴。
 こんなにいい天気になってくれて、結果的に見れば今日のデート公園にして良かったな、うん。
 咲き誇る花々、公園の中央に位置する池で羽根を休める水鳥たち。
 もとから見所の多い公園であったけど今日はそれらがより一層輝いて見えた。
 好きなヒトと一緒に回る。 ただ、それだけで幸せだった。

 一通り見終わった頃、私達は昼食をとることにした。
「いただきま〜す」
「ハイ、どうぞ召し上がれ。 どう、美味しい?」
「ああ、美味いよ。 にしても羽津姉も随分と腕を上げたな」
「えへへ、ありがとう。 そう言ってくれると私も作った甲斐が会って嬉しいよ」
 こういう言葉もらえるとやっぱり感無量。
「今日も結季に手伝ってもらったのか?」
「それがね、なんと今回は殆ど私一人で作ったの!」
 私は自信を持って胸をはって応えた。
「マジ?」
「マジも大マジ! 最後の方で時間がなくなっちゃって詰めるのと盛り付けは手伝ってもらったけど、
 それ以外は全部私一人でやったのよ」
「へぇ、頑張ったんだな」
「ありがとう。 コレも結季のお陰ね」
 そう、いつも結季が手伝って、教えてくれなければ私はここまで作れるようにはなれなかった。
「結季には本当に感謝している。 やっぱり持つべきものは可愛い妹よね」
「やっぱ仲良いよな、羽津姉と結季。 ところで結季には浮いた話とか無いの?
「う〜ん。 そう言えば全然聞かないわね。 あのコ折角可愛いのに対人関係苦手だからね。
 私達以外と話してるのあまり見たことないし」
「そうか……」
「あのコにも早く良いヒトが出来れば良いんだけどね」
「でも誰でもい良いってわけじゃないだろ?」
「当然よ。 大事な妹だもの。 私の眼鏡に適うヒトじゃないと」
「で、ちなみにどんなヤツならOKなわけ? 例えば」
「例えば? う〜ん、そうね〜」
「例えば俺みたいな、とか?」
「あ、それ良いわね。 祥ちゃんが若しもう一人居たら是非結季の彼氏になって欲しいな」
「俺がもう一人って……。 んな……」
「あら、世界には良く似たヒトが三人はいるって言うじゃない。
 きっと祥ちゃんみたいなヒトも他にいるはずよ」

 お昼ご飯を食べ終わるとこの後どうしようかと言う話になる。
 見所が多いとは言えそれでもそれだけで一日を潰せると言うほどじゃないからね。
 実際お昼ご飯の前に殆ど見て回っちゃったし。
「ねぇ、この後どうするの?」
「ああ、それなら」
 そう言って祥ちゃんはバッグに手を突っ込む。
「なになに? スケッチブック?」
 バッグから出てきたもの。
 それはあまり大きくない小振りの一冊のスケッチブックと色鉛筆のセットだった。
「ああ、どうせ見て回るだけじゃ直ぐやる事無くなりそうかと思って持ってきた」
「そう言えばココ最近祥ちゃんの描いた絵って見たこと無かったわね うん、良いじゃん。
 私も久しぶりに見たいし」
「ああ、まぁあんま期待しないでくれよ? それより羽津姉はどうする?」
「私? 私は隣で祥ちゃんが描いてるところを見てる」
 そうして祥ちゃんは暫らく私とお喋りなどしながらスケッチに興じてた。
 だけど筆が進むにつれ祥の口数が減っていく。

「それでね、祥ちゃん」
「…………」
「ねぇ、祥ちゃん?」
「……ん? 何?」
「『何?』じゃないわよ。 私の話聞いてた?」
「悪りぃ、聞いてなかった。 って言うか少し黙っててもらえる? 折角だから絵に集中したいんだけど」
「あ……こ、こっちこそゴメンね。 じゃぁ私静かにしてるから」
 返事は無かった。 既に祥ちゃんはまた絵を描くのに没頭し始めていた。
 其の横で並んで座る私は思わす溜息をこぼす。
 絵に没頭するのも良いけど折角なんだからもう少し私に構ってほしいなぁ……。
 いけないいけない、そんなネガティブに考えちゃ。
 気を取り直してスケッチブックに向かう祥ちゃんの真剣な横顔に視線を向ける。
 祥ちゃんを見てると私の顔も自然とほころんでくる。
 祥ちゃんと二人っきりでいられる。 祥ちゃんの隣にいられる。
 祥ちゃんの側で横顔を眺めていられる。 十分だった。 それだけで私は十分幸せな気持になれた。
 結局その日は陽が傾くまで祥ちゃんは絵を描くのに没頭し、
 私は隣で飽きる事無く其の様子を眺めてたのだった。


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