義姉 〜不義理チョコ パラレル〜 第8回
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『士郎』

 朝起きてみると携帯には知らない番号からの着信があった。
 誰か友達の携帯の番号でも変わったのだろうか、用事があればいずれまたかかってくるか、
 直接言ってくる――でも最近クラスの友達とは話していない。
 それ以外は普通の朝だった。姉ちゃんとは特別会話はなかった。適当な朝の挨拶だけ。
 用事でもない限り、毎朝色々喋っている訳じゃないし、別に気にする事ではない。
 友達も姉妹とは似たような感じだと言っていた。
 いつも通り朝食を作って飯を食っていつも通り学校へ行く。
 ――いや、先週から家を出る時間が変わっていた。
 前までどおりの時間に家を出れば、あいつと同じ電車に乗ることになる。
 教室に行けば必ずいるのはわかりきっているから、授業直前まで図書館で時間を潰す。
 休み時間になればすぐさま教室を出て行く。

 よくわからない。
 どうしたらいいかわからない。
 会うのが怖い。
 話すのが怖い。
 だからずっと逃げている。

 昼にはよくモカさんと一緒にいる。最近なんとなく思わせぶりな態度で少し勘違いしそうになってくる。
 何故モカさんがいつも一人で中庭にいるのかは知らない。
 いつもの様に教室にいれば、あいつと顔をあわせなければいけない。
 どうしたらいいかわからなくなってしまうから、逃げるようにここに来ている。
 モカさんは前々から中庭で昼を過ごしていただけかもしれない。オレが中庭で過ごし始めたのは、
 つい最近のことに過ぎない――逃げるために。
 それからモカさんはよく人の頭を撫でたりする。これは好きになれない。
 お前は子供だって言われている気がして。いや、実際にまだまだ子供なのかもしれない。
 だけどそれを認めたくない自分がいる。
 でもモカさんと一緒にいるのは、それ程嫌いじゃない。柔らかい感じっていうか、お姉さんって感じ。
 姉ちゃんとは違う。一応姉ちゃんにもあるが、そこの部分を取り出し大きく広げてみた感じ。
 いや、姉ちゃんも物凄く優しい時期があった。何もないのにニヤけたり、
 オレの好きなおかず分けてくれたり――いつもの姉ちゃん、問答無用で人のおかずをとったり
 するのを知っている自分には正直言ってかなり不気味だった。
 ひょっとしたらオレ死ぬのかなとすら思った。何故だかわからないけど、
 しばらくして元に戻ったけど。今思えばあの状態が続いていれば自分の人生はもっと幸せだった気がする。

 そう思いながらいつも通りモカさんと並んで座っていると遠くに三沢が見えた。
 向こうもこっちを見ていた。何故だかわからないが心臓が縮み上がった。
 向こうはただの友達――いや今もそう思っているかどうか定かではない。
 とにかく、あいつとは特別な関係ではない。モカさんともそういう訳ではない。
 でも何だろう、まるで悪いことでもしたみたいな今胃の中のモヤモヤは。
 彼女から目線を直ぐに外した。間もなく隣に座っていた人は立ち上がり手を引っ張っていた。
「――ほか行こうか」

 モカさんに引っ張られるままに校舎裏まで来ていた。
「何ですか、こんなところまで引っ張ってきて」
「んー、なんでかなー?」
 モカさんはとぼけたふりをして見せていた。理由はわからないが三沢の視線から逃げる口実には
 よかったのかもしれない。
「あ、そうそう、士郎君って私の電話番号知らないよね?」さっきまでの話題をはぐらかすように
 話を切り替えていた。
「いや、まあそうですけど――」
 この間そのせいで待ちぼうけを喰らった。
「うんうん、今から番号教えるから。えーと――」
「じゃあ、今から――」
 メモリに登録完了し後はこちらからかけてお互い登録完了――のはずだが
「ちょっと待ったー!」
「は?」
 何故だかわからないが止められた。
「士郎君は私の番号知っているけど、私は知らない。ふっふー、この意味ってわかるかなー?」
「へ?」
 本気でわからない。なんだかよくわからないがとにかく向こうは笑っている。
「あの――前も言いましたけど」なんだかわからない展開から抜け出す為、
 今心に圧し掛かっている問題の一つを浮き上げた。
「無理してでも振られた相手って忘れた方がいいんでしょうか」
 モカさんは少し考え込んだ後「がんばりって忘れなよ、力になってあげるから」と
 笑いながら思いっきり背中を叩いた。痛いぐらいの強さで――

 頑張って忘れるってどうやればいいんだろう。でも心の奥底で一つの行動が浮かんでいた。
 多分この行動をとったからって忘れられるわけがない。
 しかし、それ以外自分の気持ちに区切りをつける方法が思いつかなかった。

 

 もう振り切ろう、全部。
 自室で震えながら携帯のメモリから彼女の番号を呼び出す。本当は放課後に言うつもりだったが
 出来なかった。顔を見ると怖くなって逃げ出していた。
「あの――私だけど……」呼び出し音は殆どなく繋がった。
「うん、オレ……」自分の声が震えている。手が震えている。体全体が震えている。
 電話越しとはいえ彼女の声を聞いたのが随分久しぶりの気がする。
「この前は変な事言ってごめん……。オレが前言った事全部忘れていいから……」
 それだけ言って一方的に切った。
 そんな風にしか言えなかった。
 でも本当は別の事が言いたかった。まだ好きです。友達としてでもいいから、また――

 一人きりの部屋が孤独感を煽る。気がついたら声を出して子供の様に泣きじゃくっていた。
「シロウ入るよ」珍しくノックして姉ちゃんが部屋に入ってきていた。
「……また何かあった?」こちらを見下ろしながら問いかけてくる。
「あいつに謝った……変な事言って……ごめんって……忘れてくれって……」
 言葉がうまく口から出せない。
「忘れろとは言ったけど、誰もそんな事までしろって言ってないんだけど。
 さすがに、あんたみたいな馬鹿には付き合いきれない――」
 そう言い捨てると姉ちゃんは部屋から出て行った。
 ハハ、姉ちゃんにまで見捨てられた。ドン底のダメダメじゃねえかオレ。
 また一人ぼっちで泣き始める。

 階段を下りていく音がして、またしばらくして階段を上ってくる音がする。
 また姉ちゃんが部屋に入ってくる。ついさっき付き合いきれないって言ったくせに。
「今酔っているんだけど――」
 姉ちゃんはテーブルの上に缶を乱暴に置いていた。


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