第9話 『記憶』
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それは、城の大掃除とトラップの総点検をしている時であった。
ふと、一年前に出会った…いや、正確には一年前に再会した一人の少年の事を思い出した。
何故そんな事を…わざわざ落とし穴の掃除中に思い出したのかはわからない。
おかげで少々痛い思いをしてまでだ…
いや、実を言うとあの少年を…『不撓不屈』と名乗ったあの少年を思い出したのは一度や二度じゃない。
たった二度しか会っていないのに…いや、たった二度しか会っていないから…
もう一度会いたいと思っていたのかもしれない。
気がつけば私は星を眺めていた。
少しでも、不屈の事を知りたかったのかもしれない。
二度も会えば十分、名前がわかれば十分、それだけわかれば私には簡単な事であった。
そして知った…不屈の事を…
不屈の身に…正確には、不屈の住む町で起こりうる異変を。
次の瞬間、私は大掃除も総点検も放り出していた。
私は少しだけ…浮かれていた。

 

不撓家の食卓 第十話『出会い』

 

まいったな…完全な誤算だ…
まさかここまで体力を消耗するとは…
まさか…尾行されていたとはね…
渇く…喉の奥が…渇く…
体が…生命を…血を…欲して…いるんだ…
能力を…全…開に…したのが…拙か…った…
 ごきり…ぐちゃり…ぐちゃり…
口の中に入っているのは…小型の鳥類か…
少しはましになったが…弱々しい生命だ…
羽田からここまで…良く保ったものだ…
早く…不屈と…合流を…
 ドサァ…
足に…力が…入らない…
拙い…この…ままで…は…
「あの…大丈夫ですか?」
 ガブッ!
理性が…消える…

理性が戻った時、私は女の子に噛み付いていた。
幸いにして目撃者は居ないが、その女の子には既に意識は無く、体温も低下していた。
「しまった…」
すぐに最悪の事態が頭に浮かぶ…何の関係も無い人間を吸い殺すという最悪の事態が。
「君っ!大丈夫かい?」
私は大きく肩を揺り動かしながら必死で呼びかける…
「………」
意識は戻らない。
頭が真っ白になる…血の気が失せるのを感じる…
だが今度は…私の理性は死にはしなかった。
緊急時ほど冷静になれ、理性が何度もそう呼びかけてきていた。
「そうだ…星は?」
私は天を見上げ、私の持ちうる全ての感覚を全開にする。
私の知りうるこの子に関する全ての情報を使い、私の持ちうる全ての技と経験をもって探す…
…この子の運命を示す星はすぐに見つかった。
この子の天命は…まだ尽きてはいなかった。
「よかった…」
大丈夫だ、命に別状は無い。
だが、できるだけ速く手当てをした方が良いだろう。
そうだ、不屈がいた。
確かこの町に居る不屈は医学知識に明るい筈だ。
すぐさま私はもう一度天を見上げ、今度は不屈の所在を求める。
星は…あった!
場所は…大丈夫だ、ここからそう遠くはない。
私は不屈の居場所を確認すると、すぐさま少女を抱きかかえ駆け出していた。

 カランッ カランッ
「不屈っ!」
「いらっしゃい…ませ…」
眼前に広がるのは、喫茶店だった…
私に注目する複数の目、あからさまに眉をしかめる店員、そしてその中に不屈の姿は…あった。
この喫茶店の制服だろうか?
まるで執事のような格好をした不屈は無言でこちらに歩み寄り…
「父さん、悪いが少々外れさせてほしい」
「ん…了解。気をつけて行ってこい」
「ジェンティーレ…どんな事情かは知らんが場所を変えるぞ」
…そのまま店外まで押し出された。
 カランッ カランッ
「それで、何故ここに居る?その娘は何者だ?」
そうだ、危うく忘れる所だった。
早くこの子の手当てをしなくては…
「不屈、そんな事よりこの子を診てやってはくれないかい?」
不屈はほんの数瞬だけ考え込み…
「…わかった、俺の部屋に運んでくれ」
そう言ってくれた。

「大丈夫だ、命に別状は無い」
「そうか、良かった…」
その子の寝顔は安らかで、心なしか顔色も良くなっている気がする。
「このまま放っておいてもすぐに気がつくだろう。俺はその前にもと居た場所に返しておくか、
真っ当な病院に運んでおく事を勧める」
「ありがとう、本当に助かったよ」
「なんなら、身元も調べておこうか?」
「いや、それには及ばない。それなら星が教えてくれる」
「星が…?」
私はもう一度天を見上げた。
大丈夫、私にならできる…
この子の安らげる場所…この子の帰るべき場所…
私の感覚が…星の輝きが…それを教えてくれる。
「ここから…私の足で…15分位…」
「占星術か…そんな事までわかる物なのか?」
「うん、私にもこれ位は…」
うん?なにか違和感が…
「どうした?」
「私は不屈に占星術の事を話したかい?」
「話していない」
不屈は1ミリも考えずに即答した。
だけどそれでは辻褄が合わない。
「その…どうして占星術だとわかったんだい?」
「マリー・クロード・ジェンティーレ、白銀の吸血鬼にして希代の占星術師。
その的中率は神話の領域にある…こちらの世界では有名な話だ」
「知っていたのかいっ!?」
「知ったのはつい最近の事だ。なに、少々興味が湧いたのでな」
「ああ、そうかい…」
なんか…嬉しいような…照れるような…奇妙な感じだ。
「行くのなら早く行った方が良い。その娘が無関係な人間なら、無関係なままで終わらせた方が良い」
「う…うん、そうだね」
確かに、この子を余計な事に巻き込む訳にはいかない。
「すまない、ちょっと行ってくるよ」
「了解した」
私はこの子を家まで送る事にした。

着いた…おそらくここで間違いない。
私はこの子の家と思われる場所に到着した。
思えば…幼い少女を抱えて歩く外国人の女…これをこちらの言葉で『怪しい』と言うのではないだろうか?
なんとなく歩く時に、普段よりも多めに視線を感じたような気がする。
とにかく、この子を早く置いて行ってしまおう。
 ピーンポーン…
「………」
返事が無い、人の気配も無い。
留守だろうか…
拙いな、良く考えると留守だった時の事は何一つ考えてはいなかった。
ドアは…開く訳が無い。
蹴破って…これ以上怪しい行動をしてどうするのだ。
窓を割って…それでは泥棒と変わらない。
それなら…
「…うんんっ」
抱きかかえていた少女が動いた…これも想定外の事である。
私の頭は一瞬で真っ白になって…
「あの…おようございます…」
「あ…おおっ…おはよう…」
拙い…非常に拙い…
「あら?お客様かしら?」
背後から女性の声が聞こえた。
もっとも…今の私には追い討ちにしかならない。
「いや…あのその…これは…」
「あっ、お母さん」
少女がそう答える。
どうやらこの子の母親らしいが…考えうる最悪の時間に帰ってきたものだ。
「あの…実は…」
拙い…とにかくなんとかしなくては…なんとか…
「なんだ、友美の知り合いだったの」
「はい、そうなんです」
「へっ!?」

「それでは皆さん、手を合わせて…」
「「「いただきます」」」
私は…何をやっているのだろうか…
もう何時間も不屈を放ったらかしだし…早めに当面の寝床も探す必要はあるし…
だいたい、普通の料理では大した栄養は得られないし…
この際寝床はいい、いざとなれば公園のベンチにでも寝ればいい。
だが不屈は怒ってはいないだろうか?
いくら占星術に長けていても流石にそこまではわからない。
それが…かなり怖い。
「あの、美味しくありませんでしたか…?」
「えっ!?」
友美…そう呼ばれていた少女がこちらを覗き込んでいた。
いけない、言われてみれば私はどの料理にも手をつけていなかった。
「すまない、少し考え事をしていたよ」
私は箸を取り、焼き魚に手を伸ばす…
「………」
「…どうですか?」
「美味しい…」
すごく…暖かかった…
「でしょう。流石は友美、私の自慢の娘だわ」
「お母さん、恥ずかしいですよ…」
料理もそうだけど、何よりもこの人達が…何よりも暖かい…
「どーだどーだ、欲しいか?あげないわよ」
「ちょっと…お母さんっ!」
それはひどく暖かくて…ひどく懐かしくて…
「あっ…」
「お母さん、そんな古典的な…手で…」
あれ?どうしたんだろう…?
涙腺が…緩んでいた…
「あらあら…」
「料理人冥利に尽きますね…」
「すいません…気にしないでください…」
かろうじてそれだけが口から出た…
涙腺の異常が収まった時には、既に料理は冷え切っていた。

私は夕食をご馳走になったお礼にと、食器の片付けを手伝う事にした。
せっかくの家族の団欒に水を差してしまった事もある、本当はこの程度では足りない位だ。
元々家事は得意な方だ、たとえ勝手の違う他人の家であってもそれは変わらない。
隣で鼻歌を歌いながら食器を洗う少女も、随分と手馴れている様子だ。
「友美…だったかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「その…美味しかったよ、ありがとう」
「お粗末さまです」
そう言いながらこの子はにっこりと笑った。
本当に助けられて良かったと思う。
こんなに純真に笑えるこの子を、こんなに暖かい家族を、本当に壊さずに済んで良かったと思う。
同時に思う…この暖かさは私には心地良すぎると、それ故に私には酷すぎると…
吸血鬼…人でありながら人とはかけ離れた存在、死んでいながら死にきれない存在…その私に
家族の団欒は暖かすぎる。
それに…そろそろ喉が渇いてきた。
私がこれ以上ここに居ては、いつまたこの子に牙を向けるかわからない。
少しだけ…本当に少しだけ残念な気もするが、私はすぐにここを離れるべきだろう。
「あの…」
いつの間にか、後片付けは完了していた。
私は少女から声をかけられていた。
「なんだい?」
「吸血鬼さん…なんですか?」
「なっ!?」
その言葉は…私を動揺させるには十分過ぎる言葉だった。
「ばっ…馬鹿な、吸血鬼なんて存在する訳が無いだろう」
慌てて私はそう答えた。
「噛み傷…まだ残っているんですよ」
「なんだって!?」
「嘘です」
「………」
「………」
やられた…
情けない事に、私の十分の一も生きていない少女に見事にしてやられた。
「その…すまない」
自分自身、何に対して謝っているのかわからなかった…
ただ…この子に対して申し訳ない気持ちがあったのは確かだ。
「あっいえ、別に怒ってる訳じゃないんです。ただ…」
「ただ…なんだい?」
「私はもう…吸血鬼なんですか?」
「いや、それに関しては大丈夫だ、君はまだ人間だよ」
「そうなんですか」
「ああ、吸血鬼はあくまで死んでも死にきれない存在だから、元となる生物の生命力が極度に低下した時、
つまり死ぬか瀕死にならないと吸血鬼化はしないんだ」
「はぁ…」
この子はとても不思議そうな顔をする…
一瞬だけまさかとは思ったが、どうやらこの子は向こう側の人間らしい。
少し…安心した。
「私が君に噛み付いた事を覚えているのかい?」
「はい…」
良く考えたら、迂闊にも私は記憶を封印する事を失念していた。
バレるのも当然の話かもしれない。
「本当にすまない。だけど…助かった、ありがとう」
「どういたしまして」
この子は…なんて子なんだろう。
目の前に吸血鬼が居るというのに、襲われた上に血を吸われたというのに…笑っていられるなんて。
「また欲しくなったら、飲んでも良いですよ。私ので良ければ…ですけど」
さらにこの子はそう言った。
それは…今の私には恐ろしく魅力的な提案だった。
「怖くは無いのかい?」
「そうですね…できれば、痛くない方が良いんですけど」
「どうしてそこまで私に良くしてくれるんだい?」
「だって、あなたは私を家まで運んでくれたじゃないですか」
「それは…元はと言えば私のせいじゃないか」
「でも…私はあなたが優しい人だと思いました」
この子は…
いや、迷ってはいけない。これ以上私はここに居てはいけない。
ここは…私には暖かすぎる。
「いや、嬉しいけれど私はもう行かなくてはならない」
「そうなんですか…?」
「もう日が暮れた。早く当面の寝床を探さなくてはならないんだ」
「そうなんですか」

「湯加減はどうですか?」
「ちょ…ちょうど良いよ…」
私は…本当に何をやっているのだろうか…
風呂は嫌いじゃない…いや、むしろ好きな物に分類される。
けど…どうして私はこの子と一緒に風呂に入っているのだろうか…
「………」
気がつけば、少女が私の方をじっと見つめていた。
「どうしたんだい?」
「いえ…綺麗だなーって」
「なっ!?こっ…こんなオバサンをからかわないでおくれ…」
「オバサンって、そんな事ありませんよ」
「良いかい?私は君が考えている何倍も何十倍も年寄りなんだよ」
「なんか…ズルいです…」
「ズルいって…」

結局、少女とその母親の厚意により、今夜はこの家に泊めてもらう事になった。
屋根の上でふと思う…あの子の…天野友美の事を。
単なる底抜けのお人好しかもしれない。
あるいは、もしかすると聖人のような人格者なのかもしらない。
けど…最低でも今まで一度も会った事の無い人物像を持っていた。
そして、何故か妙な親近感を覚えていた。
星を眺め、あの子の運気を占ってみる…
あの子の運気は…上り坂だった。
親しき者達に囲まれ…大きな飛躍の時…
でも…気になる事があった。
あの子の過去は…決して良くはない…
そう…あれは…寂しい、だ。
いや、やめよう。
これ以上あの子の過去を暴くのはよそう。
今の私に重要な事は、何のためにこの町に来たのかだ。
この町に起こるであろう異変…波乱と混乱…それを調査する事が私の目的だった筈だ。
そうだ、不屈に会いに行こう。
不屈なら最低でも私よりはこの町について詳しい筈だ…
「…探したぞ、ジェンティーレ」
「不屈…?」
声の方向に振り返ると、すぐ側に不屈が立っていた。
その姿は先の制服ではなく、一年前のように白衣を纏っていた。
「不屈、どうしてここに?」
「閉店時間になっても一向に現れる気配が無かったのでな、今まで町中を探していた」
「それは…すまない」
「なに、構わんよ」
なんだか今日は謝ってばかりのような気がする。
厄日だろうか…
「それで、とりあえず事情を聞かせてもらえるか?」
そうだ、不屈には話さなければならない事が沢山ある。
「うん、聞いてほしい…」

「なるほどな…」
「何か心当たりは無いかい?」
「今の所はな、だが無視する訳にもいくまい」
「そうか…」
私にも詳しい事はわからないし、そもそも予知自体が間違っている可能性も大いに有り得る。
昔から占術なんてそんな物だ。
「とにかく、私の方でも詳しく占ってみるよ」
「よろしく頼む、漠然としすぎる話だが…俺もなんとか調べておこう。それはそうとしてだ…」
そう言って不屈は白衣の下から何かを取り出す…
「それは?」
「輸血用の血液だ。そろそろ渇く頃だろうと思って調達しておいた」
確かに…もう保たない訳でもないが、そろそろ喉の渇きが気になっていた所だ。
「くれるのかい?」
「当たり前だろ、何のために調達しておいたと思うんだ」
「すまない…」
「気にする事はない、また民間人を襲われては面倒だからな」
「不屈…一言多いよ…」

「…と、いう事があって、夕食とお風呂を頂いたんだ」
私は不屈から受け取った血液を飲みながら、昼に不屈と別れてからの経緯を話した。
「それで、ジェンティーレはこれからどうするつもりだ?」
「そうだね…とりあえず今日は寝床を貸してもらうとしても、明日以降は流石にどこか
別の場所を探そうかと…」
「良いのか?それで」
「それでって…」
「話を聞く限り、ここの住人はお前を放り出すような者達ではあるまい。いっその事このまま
世話になったらそうだ?」
それは…それができれば…どんなに心地よいだろうか?
だけど…
「それは…無理だ」
「そうか?」
「あの人達を巻き込む訳にはいかないよ」
「まだ危険が迫ると決まった訳でもなかろう。それに俺が知る限り、この町に吸血鬼を
狩ろうとする輩もいない」
「それでも…」
「まあ良い、いざとなったら部屋が一つ余っている。妹の部屋で良ければな」
「あっ、不屈」
私が呼び止めるよりも早く、不屈は屋根から飛び降りていた。

「ねぇ、飲まない?」
居間に下りると、母親からそう提案された。
「友美ももう寝ちゃったし、せっかくだから相手をしなさい」
「お酒…ですか?」
「イエスッ!日本酒、ビール、ワインに焼酎、私ってば結構いけるんだから」
お酒は…嫌いじゃない。
それにせっかく誘ってもらっているのを断るのは失礼にあたる。
「わかりました、お相手します」
「そうこなくちゃあっ!」

「いやぁ〜、お主なかなかできるのぉ〜」
「いえいえ…」
…あれから少し時間が経った。
私も長年飲み続けていたせいもあって他人よりは強いと思っていたが、この人も私と同じくらいに強い。
「本当に、こうやって誰かと飲むのも久しぶりだわ〜」
「そうですか…」
「そうよ〜。ねぇ、いっその事このままここに住まない?居候でも良いからさ」
「いえ、流石にそれは…」
そんな無駄話が続いていた。
私もこの人も良い具合に酔い始めて…いつの間にか、話題は娘の自慢話となっていた。
「それにね…この家に誰かが来るのも随分と久しぶりだし、友美が誰かを連れてきたのなんか初めてよ」
「………」
「あの子はね…ああ見えて友達が少ないみたいなの。学校の先生から教えられたんだけど、
なんかクラスで孤立してるって…」
「そう…ですか…」
「あの子自分が正しいと思ってる間は突っ走っちゃうし、割と手段も選ばないし、それでいていっつも
誰かのために走り回って…
その結果自分がどんどん孤立するのがわかっていても…わかっていてもやっぱり突っ走って…」
「そうですか…」
「ほら、あなたをお風呂に入れる時半分無理矢理だったじゃない。あれやる度に友達減らしてるのよ…
馬鹿みたいでしょ…」
「………」
その顔は笑っていた、苦笑していた…でもわかってしまった、その事で一番苦しんでいるのはこの人だって。
「いえ…素晴らしい事だと思います」
そんな言葉が口から出ていた。
慰めでも気休めでもない、率直に言うと…そんな人間も嫌いではなかった。
そして我が娘を想う母親の姿も…
「あなたも変わってるわね…」
もう一度笑った…いいや、違う。
初めて…笑った…

早朝…私はトーストの匂いで眼を覚ました。
「おはようございます」
「ああ…おはよう」
少女の声がした方向から良い匂いがする…あいにくこの身は吸血鬼、生きていた頃に比べると食欲は
大きく衰えてはいる。
だが、それを差し引いても良い匂いがする。
「もうすぐ朝食ができますから、もう少しだけ待っていてください」
酒を飲みすぎたのか、それとも本当に気が狂ってしまったのだろうか。
こんな身元もわからない私に優しくしてくれる少女が。
吸血鬼である私に『優しい人』と言ってくれた少女が。
もうすぐ500歳になる私を『綺麗だ』と言ってくれた少女が。
私の決意を急激に鈍らせていた。
「友美…」
「はい、どうしました?」
いや…そんな事は後付けにすぎないだろう。
私はただ…ここを離れたくないだけだ、この暖かさをもっと感じていたいだけだ。
「友美、私の弟子になってはくれないかい?君ならきっと…どんな能力を得ても決して道を誤らない」
だから言った。
弟子をとる事なんて今まで一度も考えた事はなかった。
だけど言った。
吸血鬼は所詮血を吸う鬼、人間と付き合っていくのは不可能に近い。
それでも言った。
私はこの子と一緒に居たいから…
「はい」
少女は…友美は、そう答えた。

 

次回予告
決して折れざる者は、不撓の者は…
未だ年端もいかぬ少年ではあったが、確かにそこに存在した。
次回、不撓家の食卓『不屈』にご期待ください

おまけ
・約500年前
とある農村にて一人の女児が産まれる。
・生後6年
その農村にて大規模な火事が起こり、作物のほとんどが焼けてしまう。
生家では子供を養う余裕がなくなり、やむをえずとある売春宿に引き取られる。
・生後21年
ある日、銀髪の老人の相手をする。
だが老人は女を抱こうともせず、一晩中酒を飲みながら女と語り合った。
夜明け前に老人は「お前には見込みがある」と言い残して立ち去る。
その数日後、老人は再び売春宿に現れ、大金を積み一人の娼婦を引き取る。
女は老人の所有する城へと連れて行かれ、その老人の養子となる。
その際、老人の手によって吸血鬼化し、マリー・クロード・ジェンティーレと改名する。
・約400年前
老人、とある退魔士の手に掛かり死亡。
ジェンティーレ、城を含むあらゆる財産を相続する。
・約350年前
年末の大掃除中、書庫にて占星術について書かれた一冊の本を見つける。
その本をきっかけに占術に興味を持つ。
それからジェンティーレは世界を回り、占術について学び始める。
その才能はすぐに開花し、数十年も経つ頃にはその的中率は八割近い確立を叩き出すようになる。
・約11年前
中国にて警察に追われる一人の少年を助ける。
・約5年前
同じ場所で少年と再会する。
・約4年前
占星術にて異変を察知する。
その調査のために日本に向かうが、羽田空港にて偶然出会った退魔士と交戦、戦闘中に負傷する。
天野友美と出会い、師弟関係になる。
・約3年前
西村理江、死亡…

あとがき
天野とジェンティーレの出会いでした。
人外娘を手懐ける最大の奥義は『餌付け』だと思います。
…ちなみに、「過保護」はこの話から約半年後の出来事です。
ジェンティーレの出番もあるかも…

それともう一つ、不屈は白衣がデフォルトです。
格好について何の描写も無い場合は、基本的に白衣を着ていると考えてください。


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