幕間
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「英知は…まだ未知数だな」
「未知数…ですか」
「まあな、あいつとは出会ってからまだ何日も経ってねえからな」
「そうですか…」
ちょっと安心しました。
ですが、まだ油断は禁物…
「で、陽子の方は…」
「………」
緊張の一瞬…
「守りたい…かな」
 ドオオオォォォ…ン
 K・O!
「はあ…」
終わった…見事に終わりましたよ、私の初恋は。
少し前に、不撓さんが大槻さんと付き合っている事を匂わせる発言がありましたが…
最後の希望も今ので打ち砕かれました…それこそ完膚無きまでに。
残念な事に不撓さんの心には私の入り込む余地は無さそうです。
不撓さんはきっと、大槻さんの事を愛おしく思っているハズです。
不撓さんの表情や話し方を見れば…なんとなくわかりました。
そう言えば誰かが『初恋は実らない物』と言っていました。
不撓さんと大槻さんは相思相愛なんでしょう、きっと私が出会うよりも前から。
既に出来上がってるカップルを引き裂いてでも幸せになりたいとは思いませんし、
私なんかでは引き裂くのはきっと無理です。
だから…
「あ、兄上っ!探しましたよっ!」
私はさっき『私も微力ですけど手伝います』と言いました。あの気持ちは嘘ではありません。
だから私は全力を尽くしましょう…不撓さんの平穏な日常を取り戻す為に。
私は不撓さんが大好きな…友達だから。
きっとそれが…不撓さんが一番幸せになる方法ですから…
「英知、いつから居た?」
「たった今兄上を見つけた所です」
ならば…英知さんを何とかせねばなりません。
どんな事情があるにせよ、他人の恋路を邪魔する奴は…馬に蹴られてもらいますっ!

「天野様」
激辛専門店『ギルティ』を出た時に、英知さんから呼び止められました。
「何ですか?」
考え事をしていたせいでしょうか、少し投げ遣りな返事になっていました。
「…これ以上、兄上に近づかないで頂けませんか」
あちゃぁ…やっぱり気を悪くしたようです。
今の英知さんの言葉には殺気が込められていました。
「どうゆう意味でしょうか?」
今度は極力優しそうな声で聞き返します。
たぶんこれなら…
「これ以上兄上をたぶらかすな、とでも言い換えましょうか?」
…何故か逆効果っぽいです。
英知さんは一見笑顔に見えますが、むしろその笑顔が怖いです。
ですが、不撓さんの平穏のためにいつかは対峙しなければならない相手です。
不撓さんをたぶらかす気はありませんが、離れた場所からではお手伝いに支障が出ます。
その…友達としては避けるべき事です。
ここは心を鬼に変えましょう。
天野面…冷血!
私の顔は瞬時に感情から離脱し、極めて無表情に固定されます。
「お断りします」
「…くっ!!」
逆に英知さんの形相が一気に変化しました。
正直に言って果てしなく怖いです…まるで親の仇にでもなった気分です。
ですが…この程度で私の表情は崩れません。
こんな所で引いてしまったら、私はきっとこの人に一生勝てなくなりますから。
「いい気にならないでくださいよ…今は証拠が無いのでこのまま引きますが。
動かぬ証拠が見つかり次第、貴方を八つ裂きにします…」
引きません…ええ引きませんともっ!
…今ちょっとだけ決意が揺らぎましたが。
とにかく…ここは後々のために少し挑発しておきましょう。
「八つ裂きですか…面白い事を言いますね」
こっちにとっては冷や汗モノですが。
「脅しだとでも…?」
さらに殺気が強まりました…
天野面…笑い。
「いいえ、その点英知さんはとてもわかり易い人ですね」
極めて挑発的に、限りなく嫌味ったらしく言い放ちます。
これに関しては自信満々に言えます。
この人が本気で私に殺意を持っているのなんて、手に取るようにわかりますから。
…悲しい事に。
「………」
「………」
少しの間黙り込んだ後、英知さんは黙って不撓さんの元へ向かいました。
とりあえず挑発してみましたが…成功でしょうか?
たぶん当分の間、英知さんは冷静な思考はできないハズです。
隙が無いのなら隙を作る…セクシーコマンドーの極意です。
さて、私もそろそろ帰りましょうか。
 ペタッ…
「…あれ?」
…と、ここで私はようやく、自分の腰が抜けてる事に気が付いたのでした…

ガチャン…
「ただいま…」
お母さんは…居ないみたいですね。
私の家は三人家族です。お母さんとお父さん、そして私。
両親は共働きでお父さんは昔から仕事一筋。
ですから今は実質上お母さんとの二人暮らしです。
ですが昔…今からだいたい三年前は…いえ、今は気分が暗くなる事は避けましょう。
それはそうとお母さん…友美は産まれて初めて学校をサボりました、だが私は謝りません。
この行為がいつか誇りに変わると信じているからです。
…良し、気分転換終了。
お母さんは基本的に家事をしない人です、今の内に買い物と洗濯をして夕御飯も作っちゃいましょう。
今日はお母さんが帰ってからは、家事をしたくありませんので…

 ガチャン…
「たっだいまー」
…お母さんが帰って来たみたいです。
「良い匂いするじゃない、今日のご飯は何なの?」
「お母さん、飲みましょうっ!」
「…へ?」
「今日の分の家事は終わらせました。お酒もおつまみも用意しました」
はっきり言って…今日は酒でも飲みたい気分です。
「………」
「………」
「…何かあったの?」
「失恋記念日ですっ!」
「良し、今日は飲むわよっ!」
「はいっ!」
…こうして私は産まれて初めてお酒を口にしました。

 ジリリリリリリリ…
私はお布団から手だけを出して、目覚ましを探します…
 パチンッ
六時四十五分ですか…そろそろ起きて朝御飯を作らなくちゃ…
 ガバッ…
昨日は確か…お母さんとお酒を飲んで、二人で不撓さんの悪口を言って、
その後ペンタゴン(アメリカ国防総省に非ず)の美しさについて議論して…
意外な事に頭はスッキリしています、一応は昨日ベットに横になった記憶もありますし。
…本当に私はお酒を飲んだのでしょうか?
まさかと思い食卓に向かいましたが、やっぱり酒瓶が何本か散乱していました。
…とにかく片付けてしまいましょう、話はそれからです。
「友美、おはよ」
「お母…さん?」
一瞬、不思議時空にでも迷い込んだかと思いました。
普段は私が起こさない限り決して起きないお母さんが、私よりも早く起きているのです。
「外道照身霊波光線っ!…汝の正体見たり、前世魔人っ!」
「ば〜れ〜た〜か〜…って、何やらせるのっ!」
「このノリの良さは本物のお母さんですね…」
「あたしゃ偽者かいっ!」
お母さんの場合は本当にありそうで怖いです。
「それはそうとして、どうしてこんなに早いんですか?」
「酒よっ!」
お母さんらしき人はビシッと決めポーズをとりました。
この偽者さんはお母さんの真似が上手です。
「………」
「………」
「冗談はさて置き、どうしてこんなに早いんですか?」
なんだか最近、お母さんをあしらうのが上手になってきたような気がします。
「だから私ってばお酒が入ってる日の方がさ、安眠できる分だけ朝はシャッキリさんなのよ」
「…そうなんですか?」
かなり疑わしいのですが。
「そうよ〜、酒臭くなって帰ると友美が怒るから、あれだけ飲んだのは久しぶりだわ」
確かに…ずっと前に小一時間ほど説教した記憶があります。
「友美、頭は痛くない?」
「いえ…大した事はありませんが」
「友美、あなたは強いわ…下手したら私よりも…」
そう言いながらお母さんはどこか遠い場所を見据え始めました。
どうせお酒の話でしょう、なんだか嬉しいような嬉しくないような…
でも確かに噂ほど二日酔いはありません。
いえ…はっきり無いと断言できる程です。
「どうしたの、そんなに複雑な顔しちゃって?せっかくお母さんが褒めてあげたのに…」
「むしろ褒められない日の方が少ないのですが…」
「はうぅ…お父さん、友美が不良になっちゃったよ…」
「はあぁ…」
思わず深いため息がでます…
どうして私はこんな親の元に産まれたのでしょうか…
 ピーンポーン…
「お客さん…でしょうか?」
お母さんがジェスチャーで心当たりが無い事を伝えます。
妙ですね…こんなに朝早くから家に訪ねてくる人なんて、新聞配達さん位なんですが…

 ガチャ…
「あっ天野さん!?」
玄関を開けると、そこには大槻さんが居ました。
それも…何故か驚いた表情で。
「大槻さん!?どうしてここに?」
 ガシッ!
「勇気君は何処っ!」
「………」
何が起きたのかを理解するよりも早く、天野面冷血が発現していました。
私は…どうやら大槻さんに胸倉を掴まれているみたいです。
そして大槻さんの言葉から察するに、不撓さんが行方不明になったのでしょう。
「………」
「………」
…いけない、思考が停止していました。
不撓さんが行方不明…マジですかっ!
いや…落ち着きましょう、不撓さんが生きているのなら星が居場所を教えてくれるハズです。
それよりも今はこの場をなんとかするべきです。
「………」
「………」
凄まじく険悪な雰囲気です…
さっきから天野面冷血が発現しているせいで、大槻さんと睨み合いになっています。
卓を囲っている時は役に立つ技ですが、こんな時はむしろ邪魔です。
「聞こえなかったのかな…隠すと為にならないよ…」
大槻さんの顔が奇妙に歪みました。
全身が怒りを表現していると言うのに、顔だけが笑い始めたのです。
その顔は…普通の怒りよりもむしろ怖いです。
どうして私の周りには下手なやくざよりも怖い人が集まるのでしょうか。
「………」
「………」
駄目です、いいかげんに限界です。
天野面…笑い。
「すいません…ちょっといいですか?」
「………」
とりあえず、大槻さんを刺激しないように腕を外します。
相変わらず凄い勢いで睨まれてますが…
…で、とりあえず天野面を解除します。
この顔のままじゃ本気で喧嘩になりますからね。
…しかも私の腕っ節じゃ勝ち目ありませんし。
「…?」
…案の定、大槻さんは怪訝の眼をしてます。
当然でしょう、自分でも気味が悪い程の百面相ですから。
…え?今の私はどんな顔をしてるかって?
普段の私がこんなプレッシャーを跳ね除けれる訳がありません…
…当然、泣き顔です。
「わわっごめん、私そんなつもりじゃ…」
 ペタッ…
もう駄目です、緊張の糸が途絶えました…

「天野さん、落ち着いた?」
「はい…なんとか」
まさに地獄の一時間でした。
お母さんを送り出して(追い出しての方が近い)。
天野家内の人間一人隠せそうな場所を全て案内して。
そして今、ようやく落ち着いて二人でお茶を飲んでます。
現時刻はきっかり八時、この際遅刻は仕方が無いですね。
「一応確認するけど、今回の件に関しては天野さんはシロなんだね?」
「私が言うのも何ですが…そうです」
「………」
「………」
ううっ…なんかまだ疑われてるっぽいです。
「天野さん、昨日は何処に行ってたの?」
「昨日…ですか」
さて…どう答えましょうか。
今は大槻さんと敵対するのは得策ではありません。
まあ…これから敵対する予定も無いのですが。
とにかく、一つでも大槻さんが持つ情報と矛盾する事を話すのは危険です。
しかしこんな状況になった以上、私が持ちうる手札はせいぜい三枚。
『占星術』『結界封じの魔剣』『不撓家の裏事情』…
この限られた手札を軽々しく開く事は避けねばなりません。
「不撓さんと一緒に黄道町に行っていました」
「そう…」
ここまでは大丈夫そうです。
反応から察するに、不撓さんもここまでは大槻さんに話していたのでしょう。
「そこで何をしていたの?」
ここは正直に話すべきか…それとも…
いえ、ここは軽々しく話すのは危険です。
不撓さんがどこまで話したのかがわかりませんし、私の独断で話せるほど軽い話でもありません。
ならばそれを疑われずに正当化できる理由は…
「すいません、不撓さんから口止めされていますので…」
多分これがベスト…あの話は軽々しく話せる内容じゃありません。
それ故に不撓さんが話していても話していなくても矛盾は生まれないハズです。
「まあ、それはそうよね…」
ここもセーフ。ただどこまでかは断定できませんが、大槻さんも何かを知っていそうです。
もっとも、今はそれを追及する場ではありません。

「じゃあ最後に、どうして勇気君と一緒だったの?」
さて…多分これが最大の難関です。
なんとか占星術を伏せながら大槻さんを納得させねばなりません。
しかし下手な事を言って、不撓さんと大槻さんの仲に亀裂を走らせてもいけません。
…本当に難問ですね。
ですが迷っている時間もありません。ここから先は話しながら考えます。
「実は、不撓さんから一緒に来て欲しいと頼まれたんです」
「勇気君が?どうして?」
当然のように聞かれます。
ここが生死の分かれ道、どうにか矛盾の無い理由は…
「不撓さんは…心配だったんだと思います」
「心配?」
「はい、大槻さんを余計な事に巻き込むのがです」
「私を…!?」
大槻さんの思考が疑惑から少し外れました。
ですが油断は厳禁…
「ですが一人では客観的に物事が判断できないかもしれない…そう考えたのではないでしょうか?」
「そうなの…かな?」
かかったっ!
「はい、あくまで推測ですが…」
あくまで推測ですので、後で何と言われても当方は責任を負いかねます…
「勇気君…水臭いよ…」
「………」
なんとか誤魔化せたようです。
「その…ごめんね天野さん、疑ったりして」
「いえ、平気ですよ」
大槻さん…あなたはむしろもう少し他人を疑う事を覚えるべきです。
絶対に口には出しませんが…
「それで…話してくれませんか、今の状況を」
「うん…」
とにかく情報を引き出しましょう、手札は多い方が有利ですから。

「なるほど…」
「うん、だから一緒に居なくなった英知ちゃんが何か知ってると思うんだけど…」
おそらく英知さんが誘拐したと考えるのが自然ですね。
流石にちょっと挑発しすぎたかもしれません…
ごめんなさい不撓さん、責任の一端は私にあるかもしれません。
「わかりました、私も探すのを手伝います」
「本当に!?」
大槻さんは意外そうな顔をしましたが、私も関係者です。
ここで傍観する選択肢はありません。
「まあ、着替えてからですけど…」
ちなみにパジャマ姿で探しに行く選択肢もありません。
「ありがとう、じゃあ私はもう行くね」
「はい、見つけたら連絡をください」
「うん、わかっ…」
…と、急に大槻さんが考え込み始めます。
「どうしました?」
「どうやって連絡しようか?」
「あっ…」
そうでした。私も一応携帯は持っていますが(アドレス帳登録数4件、『自宅』『母』
『ヤの付く職業の事務所』『近所の雀荘』以上)、
大槻さんの番号は知りません。
大槻さんも携帯を持っている可能性は高いとは思いますが、私の番号を教えた覚えはありません。
「天野さん、携帯持ってる?」
「はい、一応は」
かなり旧式ですけどね…
「せっかくだし番号教えてくれない?」
「あっ…はい」
あぁ…初めてまともな番号ゲットです。
と…とにかく落ち着いて…変な印象与えないように…
「天野さん…手、震えてるよ」
「そそっ…そんな事なかとですっ!」
「大丈夫かな…」

「じゃあ、何かわかったら連絡をお願い」
「はい」
 …ガチャンッ
さて、ようやく一人になれましたし、そろそろ始めますか…
私の家の屋根の上には、足場が増設されています。
私がこの場所に来る理由は二つ。
一つは洗濯物を干したい時。
もう一つはもちろん…星を観る時。
『占星術師にとって、星空は地図…運命地図とでも呼ぶべき代物』
昔お師匠様がよく言っていた言葉です。
『友美、私の弟子になってはくれないかい?君ならきっと…どんな能力を得ても決して道を誤らない』
物知りで…優しくて…暖かくて…それなのに決して曲がらない人…
『海は昔から苦手でね…日光は厳しいし、先ほどからやらしい視線をかんじるよ…』
綺麗で…背が高くて…胸が大きくて…それなのにキュッと締まってて…うぅ…
『私は所詮血を吸う鬼だよ、人の…ましてや母親の真似事なんて決してできないよ』
それで…意外と照れ屋さんでした。
『ゆっ…友美の…母親ですっ!』
そういえば授業参観に参加してもらった事もありましたね。
あの時は本当にお母さんが二人になったみたいで楽しかったです。
『なにおうっ!友美のお母さんは私よっ!』
まあ…ちょっとした手違いで本当に二人になってたんですが。
たった一年間でしたが、それはとてもとても楽しかった日々で…
『私が…私が死んだりするものか』
…やめましょう、まだお師匠様が死んだとは限りません。
それに今は感傷に浸っている場合でもありません。
私は天を仰ぎ…星を観る。
無論普通に見る訳ではありません。
『感覚としては、霊魂や魔力を観る時に近い』
お師匠様はそう言っていました。
人が持ちうる感覚は全部で8つ、占星術師に最も必要とされる感覚はその内の一つ『第六感覚』。
星を観るのに必要な物は可視光線ではなく、その輝き。
ですがここまでは比較的簡単な訓練で身につきます。
本当に難しいのは、その輝きが司る運命を見極める事です。
人の運命は絶えず流動しています、それ故に星が持つ運命は非常に曖昧かつ不安定、
未来を予知する事はそれだけ大変な事なのです。
これが超一流と呼ばれる占星術師ですら、その的中率はせいぜい6・7割と言われている理由です。
ですが、現在を見通す事はそこまで難しい話ではありません。
最低でも『おおよその位置』『体調』『運気』程度なら今の私にも知りえるハズです…
ハズなんですけど…

「妙ですね…」
さっきから不撓さんの運命が全く観えません。
いくらその時の調子によって観え方が左右されるとはいえ、この状況は異常です。
まさかとは思いますが…死んだのでしょうか?
いえ…そんな不吉な事を考えるのは止めましょう。
仮に生きているとすれば…考えられるのは遮断結界ですね。
遮断結界とは結界の一種で、主に盗聴や遠視を防いだり身を隠す目的で使われます。
使用者は主に『魔術師』『退魔士』そして『陰陽師』。
ためしに英知さんの方も占いますが…得られた情報はゼロ。
いくらなんでも不自然すぎます。
ですが本来遮断結界とは出来うる限り自然を装う物、不自然を感じた結界なら探す方法はあります。
私は机から地図を持ち出し、今度は町について占います…
すると…案の定、町の一角に位置するマンションの情報が不自然に抜け落ちていました。
とりあえず場所はほぼ確定しました。後は救出作戦を練るだけですが…
普通に助けても…また同じ事を繰り返すだけです。
それに英知さんも馬鹿では無いでしょう、おそらく回を重ねる毎に手口は巧妙になっていきます。
ならば今の内に事件の元凶を…断つ!
…もっとも、そんな方法があればの話ですが…
とにかく考えましょう。私が持ちうるあらゆる手札を駆使すれば、あるいは…
あるいは…
………
駄目ですね、英知さんに身を引かせる策なんて浮かびません。
私が英知さんよりも勝っている面なんて、それこそ占星術位の物です。
ですが英知さんが外界から遮断されている以上、占星術は役に立ちません。
せめてヒントでもと、先ほどから何度も天を見上げているのですが…
…あの星は!?
見慣れない星が観えました…いえ、見慣れなくとも私はあの星を知っています。
知っていて…頭が理解するのを避けているだけ。
あの星はたしか…
『英知には実戦経験が圧倒的に少ない。奇襲を用いれば、あるいは届くかもしれんな…』
見つけた…一筋の光明が。
名づけて、『巨雷鬼作戦』。

 ガリッ…ガリッ…
魔石を削り…粉にします。
お師匠様から頂いた大切な品ですが…この際四の五の言ってはいられません、
次に粉にした魔石を私の血と混ぜ合わせます。
血は回路、魔石は電池の代わりとなり、一つの魔術を形成する…
これが…最も簡単な魔法陣の描く墨汁。
起動のスイッチは…本来は魔法陣を描く際に設定するらしいのですが、私はその方法を知りません。
ならば私に出来る起動方法は二つ。
魔力を流し込むか、誰かの血を浴びせるかです。
生きている者の血には生命力とでも言うべき物が宿っているそうです。
魔法陣はそれらに反応し、魔術を発動させます。
簡単な…それこそ見よう見真似が通用するほど簡単な魔法陣を書き込んでいきます。
テストは先ほど済ませました、これで全ての準備が終ったハズです。
 ガチャ…
私は…家を出ました。
 怖い…逃げたい…
さっきから頭のどこかがそう喚いています。
ですがこの策は逃げ腰では決して成り立たない策。
いえ…策と呼ぶのすら似合わない必殺技。
ふと…不撓さんの顔が思い浮かびました。
占星術の話を聞いて、初めて笑わなかった人で…
実は去年の体育祭の時から気になっていた人…
けど、決定打になったのはほんの数日前の事。
お師匠様は言っていました。
『私の居る世界はね…知っている人はとことんまで信じて、知らない人はとことん信じない、
そんな世界なんだ。
占星術のように、明確な証拠を見せれない物は特にね…』と。
ですが不撓さんは違っていました、知らずに信じてくれたのです。
『俺は天野を信じたいと思う』
その言葉を聞いた瞬間、世界が崩れ落ちるような感覚を覚えました。
『私が今までやってきた事は間違ってなかったのかもしれない』『この人は天野友美を信じてくれたんだ』
そんな声が聞こえたような気がしました。
変な事を言う人だと邪険にされた事、自作自演だと疑われた事、訴えれば訴えるほど孤立していた事…
そんな記憶がフラッシュバックのように蘇って…気が付いたら私は大泣きしていました。
私の初恋の人を…私が初めて好きになった同年代の男の子を…
不撓さんを…助けたいっ!
たとえ女の子として好きになってもらわなくても良い。
だけど…せめて嫌いにだけはならないでほしい。
私が心から安寧できる人を再び失ったら…私は今度こそ駄目になるかもしれません。
だから…
 いやだ…いやだよぅ…
だから異常にならなきゃ駄目、狂気にならなきゃ駄目です。
私が失う物は…何も無いじゃないですかっ!
気が付けばギュッ…と、不撓さんのジャンパーを強く掴んでいました。
不撓さんから借りて…たぶんもう返せないジャンパー。
ほんの少しで良いです、どうか私にLUCKとPLUCKを…
「見つけましたよ…天野友美…」
天野面…冷血!
マンションからほど近い空き地にて遭遇…
英知さん…勝つのは知略走り、他人を出し抜ける者…
その事を…教えてあげますっ!

「死合い…ませんか?」
「死合い?」
「はい、負けたら不撓さんから手を引いてもらいます」
まずは予定通りに切り出します、英知さんとて考えなしに受けるとは思えません。
ですが、私は既に英知さんを挑発する文句を考え付く限り考えてあります。
後は…出たとこ勝負ですっ!
「ふっふっふっふっふ…」
…笑った?
「ええ…良いでしょう…」
英知さんの殺意が膨らんでいるのがわかります…
ですが…引く訳にはいきません、恐れる分けにもいきません。
この莫大な殺意を…逆に利用しなくてはなりません。
逆に考えるんです、感情に支配された人間は…むしろ先の行動が読み易い。
「ちょうど貴方を…」
…来るっ!
「八つ裂きにしたかったのですっ!」
 シャッ!
「くっ…」
英知さんの腕から茨が伸び、私の体に掴みにかかります。
初撃は回避…ギリギリでしたが。
想像以上の速さ、想像以上の迫力…ですが、想定内の一撃でした。
一昨日の昼に新校舎の屋上からあの攻撃を見ていなければ、きっと今ので殺されていたでしょう。
「このっ!」
2撃目…回避。
やはり戦闘能力において天野友美は一般人、反撃に移ろうとした瞬間に捉えられるでしょう。
…ですが、そう考えているのはおそらく向こうも同じです。
「はあぁっ!」
3撃目…回避。
占星術師の本分が星を観る事なら、天野友美の本分は人を観る事。
英知さんの視線が、表情が、汗が、仕草が…私に心を見せてくれます。
「あああぁぁ…」
4撃目…回避。
故に…感情に支配された人間は、決して私には届かない。

「死ねぇっ!」
5撃目…回避。
隙を見て少しづつ前進します…
実力差は歴然…故に勝負は一瞬、故に勝負は短期決戦。
英知さんが警戒を始めるのが早いか…勝負が終わるのが早いか…
「ちょこまかと…」
6撃目…回避。
見ていたんですよ…あなたは遠・中距離では茨を伸ばし絡め取り、
近距離では茨をドリルのように集め、突き刺す動きで応戦する。
そう…ちょうど今のように。
「するなあああぁぁぁっ!!!」
茨は寄り集まり、正確に私の胸を目掛けて肉薄します…
…私の予定通りに。
7撃目…避けない。
「えっ…!?」
英知さん…あなたの敗因は4つ。
事前に戦い方がわかっていた事。
…これが無ければそもそも作戦が立てられませんでした。
実力差が開き過ぎていた事。
…時に奴隷は皇帝を刺す、覚えておいた方が良いですよ。
あなたが感情的になり過ぎていた事。
…おかげで攻撃が読み易かったです。
そして…私の占星術が、私自身の死を告げていた事。
 ドンッ…
これで終わり…
確実に完全に…私の心臓に突き刺さりました…
「何っ!」
刺した方が驚き、刺された方が笑う。
当然でしょう。今まで完璧に回避し続けた相手が、今になって急に回避を止めたのですから。
私の血が辺りに飛び散ります…当然、ジャンパーの裏に書き込んだ魔法陣にも。
構成された魔術が発動し、魔法陣が浮かび上がります…
「しまったっ!?こいつ魔術師…」
今更気が付いても遅いです…
 ゴオオオォォォ…
火柱が上がる…私と英知さんを巻き込んで…
ですが、熱さは感じません。
それも当然、これは非生物にのみ作用する…非殺傷性の炎ですから。

「何を…何を考えているのですかっ!貴方はっ!」
炎が収まり、立っているのは英知さんただ一人。
ですが…勝ったのは私です。
お互いにみっともない格好ですが…まあ、良しとしましょう。
「自分の命と引き換えに…非殺傷性の炎を浴びせる為に…」
泣いてる…英知さんが泣いてる…
良かった、この子はまだ狂っていない。
「でも…負けたとは…思ったでしょう…」
まだ…喋れました。
「それは…」
そう…狂っていたのは私の方…
狂気の策…暗黒の策…
愛する人を思う余り…狂っていたのは私の方…
「だからって!」
「命はもっと…粗末に…扱う…べきです…」
「貴方はっ!」
「丁寧…に…扱い…すぎ…ると…澱み…」
「喋らないでっ!」
私の言葉は…叫びによって遮られました…
正直…もうそろそろ口が動き辛くなってきた所です…
「こんな勝ち逃げ、許しませんからっ!」
そう言うと…英知さんは私の胸に手を置き…
「生命の息吹よ…」
手から…光が漏れ始めました…
でも知ってますか…私は他人の心を推し量るのが…得意なんです…
そんな顔じゃ…患者さんが不安になりますよ…
「死んでは駄目です…私が許しません…」
そうだ…謝らなきゃ…この人の幸せを…邪魔した事を…
「………」
なんだ…もう口が動かない…
急激に…感覚が希薄になっているのを…感じます…
「お願い…お願い…神様っ!」
でも…こんなに優しい子に…看取ってもらえるのは…きっと幸せな事です…
…欲を言えば…不撓さんに…
…真夜中の…海に…漂っています…
…とても冷たくて…とても広くて…ゆらり…ゆらり…
…誰かが…私の…手を…取った…ような…気が…しました…


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