歌わない雨 雪Side3
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 登校時間、伸人ちゃんと緑は、やけに清々しい表情だった。
 教室に入ってからも、いつものように皆でふざけあったりしていたし、緑とせっちんの喧嘩も
 いつものと変わりは無かった。
 しかし、緑の様子がいつもと違う。
 いや、寧ろいつも以上。最近のものとも、策士に戻る前とも違う、
 敢えて表現するなら、
 清々しい表情だった。
 丸め込まれたと言うよりも、
 憑き物が落ちたような表情だった。
 それを確認して、あたしは心が凍っていくのを感じた。人に対する想いの部分が熱を失っていくのが、
 自分でも嫌になる位にはっきりと分かる。
 この駒は、もう殆んど使えない。
 悪意を失った策士は、牙や爪を無くした肉食動物と変わらない。
 その単純な力で獲物をくびり殺すことは出来ても、生きる為に肉を引き裂いて食べることなど
 出来はしない。
 善意に満ちたその頭では、あたしの障害にすらなるかもしれない。
 それにせっちんはどうかと言えば、元から善良だ。
 道化のあたしには、使いたくても使えない。
 そして一番の問題は、伸人ちゃん自身だ。
 壊れていっていると思っていた。
 狂っていっていると思っていた。
  しかし、現状はどうか?
 直ってきている。
 治ってきている。
 こんな御都合主義の、善良な物語では誰も彼もが満足しない。
 最愛の兄の元で、ただ二人きりの世界はどうなってしまうのか?
 だから仕方なく、強攻手段に出る事にした。
 本当は自分が直接関わらないのが一番だが、そうも言ってはいられない。
 伸人ちゃんは、今日は運良く一人で部屋に居る。
「くあ、くははは」
 大丈夫、今はまだ自分に運が向いている。 あたしは笑い声が伸人ちゃんに聞こえないように
 部屋に向かった。
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