歌わない雨 ACT4
[bottom]

 芹の家から約30分、自宅に着いた僕を待っていたのはコメカミとレバーへの痛烈な打撃。
 言い訳の猶予を与えられず、無言でシチューを食わされた。
「で、どうだった?」
 17年も家族をやっていれば相手の考え程度は分かるらしい。
 僕が芹の所に行っていた事などは軽くお見通しらしく、吐息と共に訊いてきた。
「一年前の僕だ、問題しかない」
「重症な上に重傷ね。回復の見込みは?」
「心も体も笑えば癒える」
「そう、良かった」
 雪は安心したように笑うと手早く食器を片付ける。僕と言えばその後ろ姿を無意味に眺めて一服。
「携帯鳴ってるよ」
「おぅ」
 開いてみると緑から、『お話が有ります』と一言。いつもの冗長とも言える文章が無いシンプルな
 内容に少し不安を覚えたが、これから行く旨を返信。緑の家に行くことを軽く雪に伝え、そのまま玄関へ。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 そしてドアを開けようとして、不意に走る鈍痛。いつもより強い痛みに暫く利き手を使うのを諦め、
 左手でドアを開けた。

 

 ノックノック
 少しして階段を降りる音、続いて玄関が開きまだ制服姿の緑が出てきた。
 さっきの階段の音もそうだが、今肩で息をしていることといい、少し落ち着きが足りない。
 そして何より、
「視線が怖いです」
「ウルサイ」
 こちらを睨むように見ているんですもの、逃げたくなりました。まぁ嘘だが。
「とりあえず私の部屋に来て」
「おぅ」
 昔から緑の部屋は物が多いが、雑多な感じはしない。適当に置いてあるようで、整理されていた。
「そこに座って」
 言いながら投げてきたクッションを下に敷き床に座る。位置的には緑と向かい合わせで、
 何故かお互い正座状態。
 無言。
 ………超気不味い。
「なぁ」
「な、何?」
「赤巻紙青巻紙黄巻紙、はいっ」
「嫌」
 更に気不味い!
「あのね」
「はいっ」
 思わず敬語。
「せっちんの事なんだけどシンプルにね」
「はい」
「セックスしたことある、せっちんと?」
 覚悟はしていた。なので頭の中身を真面目に切り替え高速思考、結果素直に話すという答えが出た。
「している。今でも、たまに」
「……そう」
 緑は一度目を伏せると、こちらを押し倒してきた。筋力では圧倒的に勝っている筈のこっちが
 押し倒されたのは、多分心の弱さ。
「そうなんだ」
 その言葉に続いて来るのは、初めての筈なのに舌を入れてくるキス。
 緑が唇を離すと吐息と共に、唾液の橋が出来上がる。
「こんなこともしてた?」
「してた。謝りはしない」
「謝ってよォ」
 緑から、再びキス。
「何のつもりだ」
 理由なんか、自分が一番分かっている。
「最低ェ」
 最低なことは、自分が一番解っている。
「このゴミ虫」
 そんなこと、自分が一番判っている。
 彼女を傷付けたのは、僕だ。

「でも」
 僕の胸に顔を埋め、緑は泣いていた。
「でもね」
 僕の肩に置かれていた手が握り込まれ、爪が皮膚に食い込む。鋭い痛みが走るが、
 敢えて受け入れることにした。
「好きなの」
 泣いている頭を感覚の無い手で撫でながら、僕は言葉の続きを待つ。
「好きなの」
「うん」
「ずっと、好きだったの」
「うん」
「昔から、好きだったの」
「うん」
 顔をあげて、こちらを見る。大粒の涙を流しながら顔を歪める表情を、しかし僕は綺麗だと思った。
「好きだったの、好きなの」
「うん」
「やっと、告白できた」
「おめでとう」
「えへへ」
 数分。
 突然、頭を撫でていた右手を取られ左胸の上に押し付けられた。しかし、感覚は無い。
「鼓動が激しくなってんの分かる?」
「分かる」
「本当に?」
「すまん」
 笑顔だった表情が急に消え、緑の目つきが険しいものへと変わった。
 しまった、ここは嘘を突き通すべきだったか。
「あの泥棒猫」
「芹は悪くない」
 不味い、目つきがどんどん険しくなっていく。
「呼び方、変わったね。そんなにあの娘が大事なの?」
「違う」
 表情が、再び泣き顔へと変わっていく。
「私じゃあ、駄目なの?」
「お前はお前だ」
 こちらからキスをすると、緑は無理に笑顔を作る。その痛々しさが、とても可愛い。
「ありがとう」
 そしてその夜、僕は緑を初めて抱いた。


[top] [Back][list][Next: 歌わない雨 ACT5]

歌わない雨 ACT4 inserted by FC2 system