歌わない雨 ACT3
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 あれから三時間、釜津は部屋に戻っているだろうか。入院は性格的にしていないだろうが強制的に、
 という事もある。しかし、まずは連絡と思って彼女の携帯にコーリング。
 数秒。
『どうした?』
「いや、お前がどうしただろ。 面倒いのは嫌だから簡潔に、今どこだ?」
『自分の家だが』
「そこを動くな、話がある」
『…携帯からじゃ駄目か?』
「駄目だ」
『…メールで住所を送る』
 数分後に送られてきた住所に訪れると、偉く高級そうな高層マンションだった。
「…何だこりゃ」
 外壁も中身も汚れ一つ無い純白、床なんか大理石だもの。弩ノーマルな家庭で産まれ育った
 ワタクシなんか、気後れしてしまいますのコトよ。
 ……。
 しまった、一瞬帰ろうとしてた。
 回れ右してエレベータへ。指定の階は十階、お金持ち万歳、資本主義万歳。降りたら廊下の突き当たり。
 ベル、応答なし。
 ノック、応答なし。
…………。
「出てこい!!」
 激しくドアを蹴ってみた。
「何をしているんだ?」
 振り向くと私服と相まって一際可愛い笑顔、ただし眉間に青筋。
「まぁ恐い」
「会話をしよう、な」
 元からそのつもりだ、僕は溜め息を吐くと彼女のジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
「な、おい止めろ。尻を…ふぁァッ」
 ジーンズは全て無し、胸のポケットは…
「何故目を反らす、そんなに貧乳が憐れか」
「馬鹿言うな、乳は直視せずに楽しむのが紳士のたしなみだ」
「帰れ変態紳士」
「帰らん。これからは真面目に、鍵どこだ?」
「開いてる」
 言いながら左手でドアを開けた。

 開く音と共に軽い音をたてたのは、手首にかかったコンビニ袋。
「リビングはそこ…何故深呼吸をしてるんだ?」
「いや、基本っぽく?」
 彼女は華の独り暮らし。
 彼女は首を傾げたままテーブルに袋を置くと、僕に投げてくるのはいつもの缶コーヒー。
 しかし、僕は受け取ると缶を開けて立ち上がり彼女に返す。
「奢りだぞ?」
「片手じゃ開けにくいだろ」
 僕も一年前には色々と苦労した。手が小さい彼女なら尚更だろう。突然片手が使えなくなる、
 その不便さは実体験でよく分かる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 僕が適当にソファに座ると、彼女も僕の左に腰を下ろした。テーブルに灰皿があるのを確認する
と僕は煙草を取り出して火を点ける。
「で、何の話かは分かるな?」
「これか?」
 釜津は滅多に浮かべない薄笑いを浮かべて、右手を軽く上げた。
 既に止血はしてあるが、厚く巻かれた包帯が痛々しい。
「それだ」
「気にするな、全部私のせいだ」
 数分。
「僕は馬鹿だから巧く言えんが…」
「学年首席だろうに」
「茶茶を入れんな。今日ので色々と吹っ切れたか?」
「…あんまり」
「そうか」
 再び、数分。
「僕のことはもう気にするな、明日からは対等だ」
「……ありがとう」
 釜津は顔を上げると満面の笑みを見せた。

「それと…」
「何だ?」
 顔を赤くして急に向きを九十度、左に旋回。鈍感と言われている僕でも、これの意味は大体分かった。
 僕も体を右に回し、背中併せに座り込む。溜め息でハズレと言われた気がしたが気にしない、
 逆方向という選択肢は自分的に不可能だ。
「伸人」
「何だ?」
 目を閉じて、余計クリアに声が聞こえる。
「頼みが3つあるんだが良いだろうか?」
「どうぞ?」
「これからは名前で呼んでくれ」
「良いよ、芹。はい次どうぞ」
「明日、いつもの面子で遊びに行きたい。仲を持ってくれ」
「いつものことだろ、はい次どうぞ」
 数秒。
「……恋人になってくれ」
「…ごめん」
「緑か?」
 問いはすぐに来た。
「違う」
「雪か?」
「違う」
 数秒。
 僕は前もって用意していた答えを頭の中で反芻して吐息を一つ。
「僕はまだ自分で自分を一人前だと思えない。だから、僕が自信を持てるまで待っててくれ」
「私は気が短いぞ」
「分かってる」
「そうか、ありがとう」
 数分。
「そろそろ帰れ、皆が心配する」
 一年前のように、「私なんかと違い」と言わなくなった分ましなのだろうか、と思いながら立ち上がる。
「また明日な、伸人」
「オゥ。明日を楽しみにしてろよ、芹」
 僕は雪への言い訳を考えながら芹の家を後にした。


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