歌わない雨 緑Side
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 気まずい雰囲気のまま私と雪、伸人は早退した。原因はあの娘、釜津・芹だ。
「何でさ…」
「うん?」
 伸人の家のリビング、そのテーブルの向かいから雪が声を返してきた。
 伸人は居ない、私と雪の二人きり。あいつが一人でふらふらと出かけるのはしょっちゅうだ。
「あんなこと、したんだろ」
「…どっちが?」
 数秒。
「私も、セッチンも」
 言ってからテーブルに突っ伏す。混乱した頭を冷やすような、木材の冷たさが快い。
 数秒。
「何でさ」
「うん?」
「こんなことになったんだろ?」
 チクタクと時計が音を刻む。
「あたしはセッチンじゃないから分かんないけどさ、一番悪いのは伸人ちゃんじゃない?
 次はアンタとセッチンが同率二位」
「どゆこと?」
 顔を上げて雪を見る。「推測だけどさ、伸人ちゃんがどっち付かずだから、
 それをチャラにするか進めるかする為だと思うんだ」
「うん」
「優しく甘く誰にでも公平な伸人ちゃんは、誰も傷付けたくないと自主的に宙ぶらりん。
 セッチンの中は、伸人ちゃんの腕のことを許せない自分と許してほしい自分が居る」

 雪は私を指差すと、
「そしてアンタは大好きな伸人ちゃんをいつも罵倒してるし、優しいくせに一年前のことで
 セッチンも罵倒する。ひねくれ者が三人も居て、どうすんの」
 言われて私は溜め息を吐いた。そのまま再び突っ伏して目を瞑り、浮かんでくるのは好きの人の顔だ。
「どうしましょう」
「あのね、一つ良いことを教えてあげる」
 雪は溜め息一つ。
「あたしが何で伸人ちゃんを名前で呼んでるか知ってる? しかも、他人のようにちゃん付けで」
 私は首を傾げ、雪は髪を掻き上げると、
「あたしの初恋は伸人ちゃんなの。大分昔に諦めようと思った、ここ一年で諦めきれた。
 まぁ今でもオカズに使ったりするけどね、要はその想いの名残」
 結構生々しい話を聞いてしまった。しかし、それがどう繋がるんだろうか?
「でね、私は所詮妹だから恋人になるのは無理だけと、アンタは可能でしょ?
 その事実と、幼馴染みの実績、そして自分の気持をしっかり考えて行動しなさい」

「具体的には?」
「甘えんな」
 一言で切り捨てられて、ここ数分で三度目の突っ伏しをする。
 アンタはあたしより頭良いんだから自分で考えろ、なんて声もするが気にしない。
「どうしましょう」
 小声で呟きながら、目を閉じる。今度暗闇の中に浮かんできたのは、小柄で華奢な体を持つ、
 長い髪が良く似合う少女。綺麗さと可愛さが同時存在する、鋭い表情の恋敵。
「憎いあん畜生」
 何と無く懐かしい言葉を言ってみる。
 そう言えば、夜の相手を独占というのはやはり性方面なのだろうか? 思考がぐちゃぐちゃになる。
「邪魔だなぁ」
 何気無く自分の口から漏れた声を聞きながら、意識が落ちて行くのを感じる。
 それにしても、私の声はこんなに冷たかっただろうか?


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