私は友達にせがまれて、再びダンクをした。予定よりは少し早いが大丈夫だろう。
そして降りようとしたとき、なんたる幸運。うまい具合いに突風が吹いてくれた。
勝機は我に有り、などと普段は伸人が言っているふざけた言葉が脳裏をよぎる。
しかし、
「あ」
予定以上にバランスを崩しすぎた。元々落下する予定だったとはいえ、流石に怖いものがある。
だから今の風はありがたかったが、「うあァー」
鈍音。
予想以上に痛かった。
「…大丈夫?」
雪が訊いてくるが気分的にノーコメント。黙って立ち上がると腹は立つが優しい緑の後ろに、
伸人の面倒臭そうに立ち上がる姿が見えた。
どうでも良さそうなのは、私を信用してくれているからだと思いたい。
とりあえず伸人の近くに行こうとして、
「うあ」
足に走る軽い痛み。
また転んだ私の額を伸人が軽く叩いてくるが、目に浮かんでいるのは心配の色。
「キツいか?」
「いや全く」
軽口で返すと伸人がしゃがんだまま背を向けた。
「乗れ」
予定では肩を貸してもらうだけのつもりだったが、嬉しい誤算だった。
さんざんセクハラをされつつ、治療後。
どうでも良いが、本当はやはり緑のような巨乳が良いのだろうかと少し悩みながら教室に向かう。
パンを買いに行ってくれている伸人が帰ってくるまで約十五分、その間に支度をしなければいけない。
私が頭が悪いながらも、長い時間をかけて考えた作戦だ。
「さて、と」
私はとりあえず着替に向かった。
教室に戻ると緑と雪がいつも通りの並びで座っていた。
弁当を開けていないのは伸人を待っているからだろう。
「あ、おかえり。あれ? 伸人ちゃんは?」
烏龍茶を一口飲みながら雪が訊いてくる。
「悪いが、パンを買いに行ってもらってる。運が悪いことに、今日に限って朝って朝買うのを忘れた」
「うわぁ」
緑が表現し辛い表情を浮かべた。
「厄日ねェ、足の事と言い。座るの辛いなら手ェ貸そうか?」
いつもと違い優しい言葉を投げ掛けてくる緑にくじけそうになったが、ここで止める訳には行かない。
「大丈夫だ…っと」
ごく自然に転んだが、当然わざと。私の体は緑の弁当を道連れに豪快にダイブ。
「あ、もう言わんこっちゃない」
「私のお弁当ォ」
「うあスマン」
一瞬眉根を寄せ、しかし笑顔をすぐに浮かべると緑は私を椅子に座らせる。
「まァ良いよ。その代わり、大食いのあんたのパン少し貰うから」
その言葉に、益々心が痛くなる。
「しかしねェ…」
「何だ?」
「運動馬鹿のせっちんが動けなくなったら只の馬鹿じゃん」
前言撤回、そしてとうとう計画に乗ってきた。体育の時といい今といい、厄日?
とんでもない、運が向いている。
私は笑顔を浮かべ、
「あ、せっちん青筋」
「そのトイレみたいなあだ名は止めろ」
表情をキープしたまま雪に注意をし、緑の顔を見る。
「只の馬鹿でも良いが、ファンクラブのある馬鹿に負けているのは誰だろうな? ヒントはデブだ」
「止めなって二人とも、毎日毎日。アンタらはタイヤキか?」
私と緑は同時に雪を睨む。表情は勿論、二人共に笑顔だ。
「元気一杯が許容できるのは小学生だけだよ? 良い? 体型や頭の中身が小学生でも、
人間界では実年齢重視の決まりなの。適応出来ないなら自然に帰る、雌犬ちゃん?」
「その程度解っているが、ありがとう。お礼に一つ良いことを教えよう。
いくら体にメリ☆ハリ☆があっても、相手が居なかったら只の惨めな脂肪だぞ?
一つ賢くなって人間にまた一歩近付いたな、雌豚さん」
「あら随分とよく鳴くワンちゃんね。この近くに保健所ってあったかな?」
「そっちこそ。人間様に偉そうな口を叩くな、この腐れ生ハム」
「な」
表情を見て、緑の心が沸騰してきているのが分かる。
いつもより口汚く罵った甲斐があったというものだ。これなら弁当を落とす必要もなかったかなと
少し反省をする。だが雪にも、相手をしている緑にも悪いと思うが更に続けた。
「大体、伸人も何でこんな奴…」
「豚よりはマシなんだろう。だから…」
私はニヤリと笑みを変えると、
「夜も私に独占されているんじゃないのか? お前は一生写真と道具を共にしろ」
言いきると同時に、私は殴り飛ばされていた。
しかも平手ではなくグーパンだった。だが、計画通りに来る痛みすら今の私には快い。
この位じゃないと足りない位だ。そして悪役になると決めたときに必要だと決めたものは、大体揃った。
唇の端に浮かぶ血を拳で拭いながら立ち上がり、視界に入るのは怒っても尚綺麗な緑の姿と、
困っていても尚可愛い雪の顔だ。端にはきちんと伸人の姿も見える。
そこからはシナリオ通り。最後は少し怖かったが、皆にキスした事と、
伸人が去年誕生日プレゼントにくれたナイフのお陰でやり遂げる事が出来た。
「これで、やっと…」
緑や伸人と対等、同じステージに立てる。私は晴れやかな気分で病院へ向かった。