歌わない雨 ACT2
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 再びダンクの音がきまった。それに続いて試合終了のホイッスルと女子の黄色い歓声が
 体育館の各所から挙がる。受けているのは小柄なプレイヤー、釜津・芹。
 僕が一年前に腕を痛めた原因の少女だ。
「もう一回やって、もう一回」
 そう言ってやって来るクラスの女子に釜津は苦笑で答えると、再びダンク。また歓声があがる。
 そしてぶら下がっていた彼女が飛び下りようとした直後、開いていたから扉から突風が吹き込んで
 空中に居た華奢な体に直撃した。
「あ」
 という簡単な声と共に彼女はバランスを崩し、後は地球の強大な万有引力にまかせて自由落下。
 鈍い音と共に床に激突した彼女に近くに居た女子が駆け寄っていく。
「うわ、痛そう」
 僕の隣に座っている中道・緑が眉根を寄せ、しかし嬉しそうに呟いた。
 半ば化け物じみた身体能力を持つあいつの事だから大丈夫だとは思ったが、
 駆け寄っていく緑に続いて僕も立ち上がる。

「あー、大丈夫か?」
「大丈夫…イッ」
 僕の声に答えながら立ち上がろうとした釜津だがどうやら足でも捻ってしまったらしく、
 偶然だろうが何だか懐かしい言葉を言いながら再び倒れる。しかも、今度はモロ顔面からだ。
「大丈夫か?」
「…痛い」
 そりゃそうだ。
 僕は釜津の所まで歩いていくと、しゃがみ込んで軽く額を叩いた。
「く…この」
 寝そべったままで打ち出されるフックを一歩下がって避け、
「キツいか?」
「いや全く」
 僕は溜息を吐くと方向転換、しゃがみ込んだまま彼女に背を差し出し、「乗れ」
 意外に素直におぶさってきた釜津を背負うと保険室に向かった。
 背後の緑の目から発射される凶悪な殺人光線は、きっと俺の気のせいだと思いたい。

 

 暫く無言。最初にそれを破ったのは僕だ。
「なぁ」
「うん?」
「体育で体を思いっきり動かすのは悪いとは思わんが」
「はしたないとでも言うつもりか」
「いや全く。只、汗と匂いが」
「ウワァー」
 僕が言った直後、釜津は体を大きく暴れさせバランスを崩しそうになる。
 しかし体の筋肉を総動員させて強制的に姿勢を戻すと、彼女も暴れるのを止めた。
「随分マニアックな」
「そういう訳でも無いんだがな」
 数秒、彼女は黙った後で、
「そんなに気になるか?」
「あんまり」
 からかわれていたのに気が付いたのか、少し不満気な声を出す。
「それと」
「まだあるのか」
「胸が無いからあんまりおんぶの意味がアイタタタすみません」
 馬鹿みたいな筋力でウメボシをしてくる彼女に詫びを入れると、今度は力無くしなだれ掛ってきた。

「やはり、緑みたいに大きい方が良いのか?」
 そうでもないが、だからと言ってこいつレベルなのもどうかと思ったので敢えて黙った。
 只、嫌いではない。
「あ、着いた」
「こら答えろ」
「黙って治療を受けろ」

 治療後。
「私はもう大丈夫。それで済まないが、飯を買ってきてくれ」
 確かに、足をくじいた状態であの人海は辛いだろう。
 こと普段は殆んど全ての生徒に帝王か神の如く扱われている釜津だが、幾つか例外があり、
 その一つが購買の食糧争奪戦だ。
「リクエストは?」
「油もの以外」
 こいつは緑と違って油ものは平気だった気がするが、食いたくない日もあるかと思い保健室を出た。
 ここからは気力体力時の運、全ての勝負だ。

「いや大漁大漁」
 気合いで人混みを掻き分け手に入れた戦利品を軽快に揺らしながら教室へと向かう。
「おぅ今戻っ…」
 言いかけて、教室の空気がいつもと違うことに気が付いた。
 見えている光景はいつもと同じ。釜津と緑が喧嘩をして睨みあい、それを僕の双子の妹の雪が
 なだめている。普段と全く変わらない。
「どうした?」
 とりあえず近くの女子に聞いてみる。
「あ、後藤くん。それがねぇ…」
 その子が言い始める前に、教室に轟音が鳴った。緑も釜津も普段は温厚に見えて意外に
 沸点が低いので、昼休みの間は周囲が机を離している。そのお陰か、被害は無人の机と椅子が少々。
「まぁ落ち着け」
 いつもとは逆に、釜津が殴り飛ばされているのに少し驚きながらも僕は二人の間に立った。
「おお伸人、良いところに来た。ナイスタイミング」
 釜津が口の端から垂れた血を拭いながら立ち上がった。

「お前にしっかり言いたい事があったんだが、中々覚悟が決まらなくてな、昨日やっと決心が着いた」
 一方的に彼女は続ける。
「まず今までありがとうございました。そして、ごめんなさい。お前の優しさは嬉しかったが、
 お前本人が辛いのは私には荷が重すぎた。私は卑怯者だからな、逃げることしか選べなかった」
 続いて来るのは、軽く唇を重ねるだけのキス。それは、緑や雪にも続く。
「利き手ではないし、これでチャラにしてくれなんてムシが良すぎるが、勘弁してほしい」
 言うと、彼女はナイフを取り出して右手に突き立てた。
「これで、明日からは他人だ。あ、そのパンは緑にやってくれ。弁当をわざと溢してしまったからな」
 淡々と言いながら上着で腕をくるむと、釜津は教室を出ていく。僕達は呆然とそれを見ていた。


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