広き檻の中で mixture world mixture worldU8
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「ただいま帰りましたぁ〜!」
ピッ
玄関から春華の声がして、慌てて電源を直で消してしまった。
「あ、パソコン見てたんですか。エッチなのはだめですよ?」
「んな殺生な。」
落ち着け、俺。いつものペース。考えずに動け。
菓子とジュースをお盆に載せ、持って来る。……やべぇ。春華の顔を直視できない。
……自惚れかもしれないが、あれだけ俺への思いを書いた物を見たら、気にするなと言われる方が無理だ。
「ほら、せんぱい。新しいゲーム買ったんですよ。一緒にやりましょうよ。」
ぐいぐいと引っ張られ、コントローラーを握らされる。当然のように隣りに座る春華。
その距離は肩が触れ合うぐらいで。
いつもは気にしない、女特有の甘い匂いが、やたらと興奮する。…なに考えてんだ、俺!!
初々しい中学生じゃあるまい。カームダウン、カームダウン。
「ほら、せんぱいやられてますよ?」
「あ?……あぁ。」
それからしばらく沈黙が続き、ゲームを続ける。その間も変に緊張し続けたままだったが。
およそ一時間程遊び、一段落してジュースを飲んでいると、事態は急転する。

再びコントローラーを握り、ゲームを再開する。始めて十分ぐらいだろうか。春華が口を開いた。
「せんぱい……」
「ん?」
「私、せんぱいが好きです。」
「…………」
「あ、その、先輩としての憧れとかじゃなくって、一人の男の人としてです。」
「うん……」
「一時の迷いでもありません。本気で……一生愛し続けられる程、大好きなんです!!」
「ああ、知ってる。」
「へ?」
裏声を出し、驚く春華。
「……俺だって、そこまで鈍感じゃないさ。知っててお前と一緒にいたさ。」
「じゃ、じゃあ!なんで!?」
「……わかるだろ?俺には…」
「志穂……ですか?」
「ああ。」
ガッと腕を掴み、涙目で俺を見る。その瞳はあまりに真っ直ぐすぎて、心に届く程綺麗すぎた。
「なんで?なんでですか!?私には分かりません!あんなぽっと出の女の、どこに惹かれたんです?
私だって、こんなに、こんなにせんぱいが好きなのに!晋也さんの事しか考えてないのに!」
「………」
始めて名前で呼ばれる。せんぱいではなく、晋也、と。
「晋也さんだって、私の事、好きなんですよね?」
さらに腕を掴む力がこもる。

「好きだから、こんなにいっぱい面倒をみてくれたんですよね?こうやって、
遊びに来てくれるじゃないですか!」
「…それは…」
あくまで「後輩」としてなわけだ。先輩と後輩。そんな適度なぬるま湯に浸かった関係が
続いていくことを望んでいたが、人の気持ちは変わる。
「絶対、絶対に晋也さんを想う気持ちは負けません!あの女よりも、誰よりも!……これが、
その証拠です!」
近付く瞳。気付いてはいたが、体は動かない。
「…んん……ふぅ…」
重なる唇。春華とキスをしていると気付いた瞬間、体が熱くなる。嗚呼、くそ!
これは……志穂への裏切りじゃないか。
「…ぷぁ……はぁ……えへへ、これ、ファーストキスですよ?その気になれば、これ以上だって……」
「だめだ……キスだけでも、大罪だって言うのに、これ以上は、また志穂を悲しませる事になる……」
「!!……なんで?なんでですか!?志穂、志穂って………私じゃだめなんですか?
恋人になれないんですか?もう後輩止まりなんて……我慢できないですよぅ。」
「ワリィ…」
だめだ。もう耐えられなかった。その場に春華を置いて、立ち去った。
引き止められはしなかったが、背中には視線が刺さっていた。
「私だって……晋也さんの恋人に…なれるんですよ。」
それが最後に聞こえた。


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