広き檻の中で 第16回
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結局花穂の機嫌は直らないまま、お茶は終わってしまいました。
カチャカチャ
二人で皿洗いをしていると、不意に背後から視線を感じました。何かと思って振り向いて見ると………
「………」
花穂が無言で僕の顔を見ていました。ただその目には怒気が含まれていなくて………
「…な、なに?」
恐る恐る聞いてみると……
「あの、さ……さっきの紅茶さ………そのー、まあまあとか言ったけど本当は……」
「お手伝いしましょうか〜?」
花穂が話しているところへ、いきなり奈緒さんが顔をだしてきました。
「あ、もう終わったんで大丈夫ですよ。夕飯まで休んでてください。」
そう奈緒さんに言った途端、次は突き刺さる視線を感じました。
「…く…〜!!!!」
花穂でした。今までにない怖い形相で睨み付けてきます。
「え?あ、あははは……は…は。」
「この馬鹿!!!なにをでれでれ…」
「ひゃあ!!ご、ゴキブリですぅ!!」
花穂の怒鳴り声より一層大きい悲鳴で、奈緒さんが叫びました。
「え?うそ!」
ゴキブリという言葉に花穂も怒りを忘れ、逃げ回りました。
この二人はゴキブリが苦手なので、出る度に僕が始末を任されます。
「ほら!純也ぁ!さっさとなんとかしなさいよぉ!」
花穂が半泣きでせがんできます。この時だけ弱気な花穂を見れて、少し幸せです。雰囲気はぶち壊しですが。
「ほ、箒、放棄、法規!!」
微妙にアクセントが違いますが、言いたい事は分かります。
そう言いながら奈緒さんがパタパタと走って掃除用具入れを開けようとした瞬間……
頭の中に危険を知らせるイメージが飛び込んで来ました。
「!!あ、あぶない!!」
声と体か勝手に動いてました。奈緒さんの体に飛び付き、
掃除用具入れから離れる様に押し倒していたのです。

カランカラン

軽い音がして振り返ってみると………
T字箒が倒れていました。

「あれ?……」
もっと危険なイメージがあったんですが………
「純……也ぁ?」
二度あることは三度ある。さっきより殺気のこもった視線が刺さります。
「……やぁぁ…純也…君…ん!」
え?
と思い、下を見てみると………手のひらには肉まん……もとい、奈緒さんの胸がありました。
な、なんてベタな!
「あぁ!えぇっとぉ〜〜〜……ご、ごめんな……」
「なにやってんのよ!!!!!」
ゴス!
「ぐうぁ!」
怒号一発。花穂の右ローが僕の左頬を捕らえていました。
「うぅ……い、いたいよ、花穂。」
「いたいじゃないでしょ!何いきなり奈緒さんを押し倒してんのよ!私にはそんなことしないくせに……!!って、お、押し倒して欲しいわけじゃないわよ!?」
支離滅裂です。
そもそも押し倒す勇気もありませんよ、えぇ。チキンですから。
「だ、だっておのが……」
「小野もUNOもないわよ!さっさと退治しなさい。」
結局もう二、三発花穂からもらい、ゴキブリも退治しました。






「いてて……」
夕飯も終わり、風呂から上がり、部屋で氷を頬に当てています。
まだ少し痛みます。正直罵倒はまだいいとして、殴るのは勘弁して欲しいです。
それともやっぱり僕が嫌いだから殴るんでしょうか?
「はぁ……」
考えれば考えるほど自己嫌悪。
おっと。時計を見ると真上で針が重なっていました。
この時間に佐奈様に自室まで来いと呼ばれていたのです。
毎日10時には消灯する佐奈様にしては珍しいことです。
タッタッタッタ
少し早足で廊下を走っていくと………
「あ、純也。ちょうどいい所に……」

 

花穂の部屋を通り過ぎた時に、声を掛けられました。
「えっと……な、なに?」
「なにびびってんのよ……まぁいいわ。お願いがあるんだけどさ、部屋の電球変えてくれない?」
確かにあの高い天井では花穂の背じゃ届きそうにありません。
でも………
「ご、ごめん!佐奈様に呼ばれてて…急いでるんだ。じゃ!」
そう言い残して走り去りました。いつもなら交換しますが、
殴られたこととさっき考えていた花穂は僕が嫌いなのではという事が混ざり、
なんとなく花穂と一緒に居辛かったからです。
……逃げ去りながら感じる背後からの視線に、明日朝一で殴られるのではと考えると今から憂鬱です。






佐奈様の部屋の前まで来て、息を整えます。この時はいつも緊張します。
コンコン
「佐奈様、純也です。」
「開いてるわ。入って。」
ガチャ
入るとそこには、パジャマをきて、ベットに座ったまま待っていました。
………月明りに照らされた佐奈様の顔は、一段と美しいです。
「…………」
「なにをぼーっとしているの?こっちへ来て。」
「へ?あ、はい!すみません。」
用件も忘れて、佐奈様の顔に見入っていた所に声を掛けられ、声が裏返ってしまいました。
「ふふ…なにを慌てているの?…」
そう優しく微笑まれると、一層緊張してしまいます。
やっぱり美しいです。ここまでくると尊敬に値します。
「実はな、純也を詠んだのは…これを…」
そう言って一冊の本を取り出します。ブックカバーが付いていて何の本か分かりませんが。
「あれ?今日の読み聞かせは奈緒さんの番じゃ……」
「いや、奈緒にはもう読ませてもらった。純也には…その………」
佐奈様の顔が急に赤く染まっていきます。どうしたんでしょうか?
「こ、この本に書いてあるのと同じ事を……わた、私としてほしいんだ。」
奇妙な事を頼まれましたね。
「えっと…この本ですか…」
そう言って本を借り、カバーを外してみると………

 

「え?あ、な、なんだ?!」
そこにはスーツを半脱ぎした、艶めかしい女性の絵が書いてありました………
つまり……これは…か、官能小説というやつですか…
「ななな、なんですか!?これ!?『〜淫乱教師〜魅惑のレッスン』て!?」
ついタイトルを読み上げてしまいました。
僕はあまりこういう物には免疫がありません。ましてや佐奈様とふ、
二人っきりのときにこんなのを出されるとなると、緊張と驚きでアップアップです。
「だ、だから、つ、つまり私をー……抱けと……せ、セックスしろと言う事だ!」
詰まりながらも言われました。
「え?えぇっと、えぇっと……その」
状況整理中。
「無、無理です。佐奈様とそんなことは………」
確かに佐奈様はきれいだ。見てていい気分になる。だからといってそれは欲情の類いとは違う。
それに遠藤家当主にそんなことはできるわけがないです。
「!!ど…どうして!?なんで?…なんでよぉ……お前、はぁ…うぅ…」
あぁ、佐奈様が泣きそうです。見るに耐えません。
「ご、ごめんなさい。」
いつもの口癖を言い残して、部屋から立ち去りました。


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