広き檻の中で 第15回
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秋も終わり、もう初冬。庭に広まった落ち葉を集めるのはかなり大変です。もう慣れてきましたが。
「ふぅ………」
落ち葉を捨て、一息つきながら、正門の前に立つ。そういえばこの鉄の門、
開いているのをみたことがありません。

「純也ー!お茶の時間だから終わりにしてー!!」
「うん!わかったー!」
玄関から同じ使用人仲間の花穂から声を掛けられました。………やっぱりも元気です?
急いで片付け、台所まで行きます。紅茶を落とすのが僕の当番だからです。
皆美味しいと褒めてくれるから煎れ甲斐もあるものです。
ポットに紅茶を入れ、お皿にお菓子を乗せたらカートに乗せていざ食堂へ。
ガチャ
「あ、きましたね〜。」
「……」
既に食堂では佐奈様と奈緒さんが座っていました。
嗚呼………やっぱり佐奈様はいつ見てもきれいです。
日に当たらないため、雪の様な白い肌。毎日手入れを欠かさない黒くて腰まで伸ばした髪。
切れ長な二重の瞳。丁寧な物腰。どこを取っても「完璧」の一言です。
世間に出たら、将来は世界四大美女になるかもしれません。
ただ、これは『好き』という感じとは違うようです。
彼女はある種の芸術品という感覚なのです。その『完璧』すぎる故に、
触れたら壊してしまいそうと思うのです。
それに僕が好きなのは………
ダン!
ぼーっと佐奈様を見ていた僕に、乱暴にケーキを乗せたお皿を目の前にたたきつける花穂なのです。
……なんだか機嫌が悪そうです。
「………ナニじーっとみてんのよ…佐奈嬢を………」
「え?…えと……その………ごめん。」
なんとなく謝ってしまいます。
「まぁーた、そうやってすぐに謝る!本当に弱虫ねぇ。」
「…ごめん……あ、じゃなくて……そのー……」

だんだんと花穂の顔がイラついてくるのがわかります。僕はいつも彼女を怒らせてばかりです。
彼女には一度でもいいから笑ってほしいのに……
でも僕がすぐに謝ってしまうのは無くし物のせいなのです。
僕は『怒り』を無くしてしまいました。相手に対して不満や理不尽を感じることをできず、
全て自分のせいだと思ってしまうのです。
「あーあ。やっぱり男は祐希さんみたいでないとねぇ。」
これが彼女の口癖です。僕が怒られた後は必ずこのセリフを言います。
祐希さんというのは、高橋家の長男であり、僕より一つ年上の二十歳という若さで当主になった人です。
高橋家は昔から遠藤家と親交が深く、今になっても時々訪問してきます。
でも…なんというか僕は祐希さんは苦手です。この前屋敷に来たときも、
帰り際にこう言い残していきました。
「さて、僕は不出来な人間になる前に帰らしてもらうとするよ。」と。
普段からそんなような事ばかり言っているため、やっぱり苦手です。
でも僕が不出来な人間だというのは当たっています。実際に人として大事な物が欠けているのですから。
「ん……今日の紅茶は、まあまあね。」
「え?………」
「そうですか〜?いつもと同じで美味しいと思いますよぉ。」
「ええ、純也の入れる紅茶は、いつも美味しいわよ」
二人がフォローしてくれます。でも、あまり嬉しくなれません。
考えてみれば、花穂に褒められてもらった事なんて一度もありません。いつも不満をいわれるばかりです。
………やっぱり僕みたいな弱虫なんかより、普通な祐希さんみたいな男の方がいいんでしょうね……
「……はぁー…」
そう思うと余計憂鬱です。
もっと明るい性格だったらなぁ。
そんなあり得ないもう一人の自分に夢見ながら、お茶の時間は過ぎていった。


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