広き檻の中で 第12回
[bottom]

あれからやたらと晋也が私を避けているような気がする。
全く、自分から変態なことしといて恥ずかしがってるのかしら。
なんというか………晋也と居ると幸せな気分だ。幸せの感情を奪われなくてよかった。
……このまま過ごしていけば何時かは笑顔を取り戻せるような気がする。
でも…それは同時にこの屋敷から去ることを意味する。
この屋敷を離れても晋也がいなければなんの意味もない。
ガチャガチャ
そんなことを考えながら皿洗いをして居ると、晋也が台所に入ってくる。
………どうして目を合わせてくれないの?
「晋也!」
いつもみたいに怒鳴りつける。本当はもっと……恋人らしく優しく呼び掛けたいのに
照れ隠しのせいでこうなってしまうわ。
「ん…な、なんだぎゃ……」
背中を向けながら返事をする。失礼な返事ね!
だからそっと寄り添って背中に顔をすり寄せる。……何こわ張ってるのよ。
ん?……晋也の奴、香水なんて付け始めたのかしら。
「な、なにやっとんよ?」
晋也の声、温もり。その全てが私の感情を高ぶらせる。笑顔を取り戻せるのももうすぐだ。
「今夜……晋也の部屋にいくから……起きて待ってなさいよ。」
「……なんで?」
「ば、馬鹿じゃないの!私に言わせるの?」
まったく、新手の羞恥プレイかしら。
「……いやっはは。…わかってるべ。」
「馬鹿……」
本当に変態ね。すこし矯正しないといけないかしら。
「でもだめー。もうお前とはそういうことしないよ。」
「は?」
ナニ?
「お、お前とはもうHしないってこと!」
「……あんたねぇ、冗談もほどほどに…」
「冗談ちゃうよ。100%本気。全力で本気。」
意味が………
「…どういうことよ。」
「だからさ、お前のことは好きじゃないってことサ!」
ワカラナイ………

 

「う、嘘でしょ!いつもの冗談なんでしょ!」
「馬鹿をおしっしゃい!いつも冗談言ってるからって全部が冗談とは限りやせんヨ!」
ナンデ?ナンデ?ナンデ?
「ナンデ?」
「んー。実はねぇ、無くし物増えちゃった。お前への愛がもうないんだなぁ。」
…嘘だ……うそだ………ウソダ!
「そういうこと、じゃあな!」
そう言って立ち去ろうとする。
ガシ!
でも、逃がさないように腕をつかむ。
「ふむ、離したまへ。余に触ってはならぬぞ。」
「ダメよ……どこにも行かせないわよ……」
ポケットからナイフを取り出し、刃を腕に押しつける。
ここまできといて、この幸せを逃がしたくない。ゼッタイに!
「嘘でしょ!ねぇ?!いつもみたいに…私のこと馬鹿にして……最後は抱き締めてよ!
私から幸せを奪わないで!どこにも行かないで!」
「お、俺はそろそろ真剣さを取り戻せそうなのサ!だから屋敷やお前からもさようならだ。グッバイだ。
ま、里緒さんとでも下山しますさ。」
もう抱いてもらったんだから!私の物なんだから!!

「……そんなに私から離れたいなら…あの女の所に行きたいなら……私から離れるぐらいなら、
コロシテヤル!」

ヒュッ ズサ!

掴んでいた左腕に、ナイフを突き立てる。
「……!」
痛みを堪えているのか、声も出さずに顔を歪めている。
アア……晋也の初めて見る顔だ……

 

「ふふふふふ……大丈夫よ…里緒は悲しみを無くしているから、晋也が死んでも悲しまないわ。
だからその分、私が悲しんでアゲル!私の心の中で、永遠にイキテ!!」
「勘弁ー!」
そう叫ぶと晋也は右手に持っていた何かを私の顔に吹き付ける。
「キャア!」
怯んでいたすきに晋也は走りさってしまった。顔に吹き付けられたものは……「香…水」
晋也が付けていたのと同じにおいだ……それにこの匂いは…
「あは…あはは……あーっははは!あの、あの女か!あの女の匂いかぁ!!」
私の晋也を騙したオンナ!許さない!ゼッタイニ許さない!
死んでわびなさい!!
この瞬間、私の中から一つの無くし物がふえた…
もう取り戻せることはできない……皆殺すまで!!!


[top] [Back][list][Next: 広き檻の中で 第13回]

広き檻の中で 第12回 inserted by FC2 system